きららダイアリー 毎日きらら☆ 冬号


10/3(月)


 文化祭が終わって、私はがっ君に大きく一歩を踏み出したんだ。


「(深呼吸がっ君、おはよう」

「うん、おはよう✨」


 あぁ、普通に言葉を交わせてる。誰よりも近い位置で、誰よりも一番に。


「おはよー。あ、今日も希良々が一番で、がっくんちょが二番って感じ?」


 うぅ……。沙絢に見透かされていた。がっ君は早く登校して、いつもスケッチブックに鉛筆を走らせる。私は興味なさそうに、ファッション雑誌を見ながら、がっ君を見やる。


 興味ないワケないじゃん。

 がっ君だよ!


 目の前にがっ君がいるのに、興味がないわけないじゃん。目の前で推しが、新作を描いていると思うだけで。それだけで、滾って――。


「分かった、分かった。なんか、圧を感じるから、希良々は少し落ち着いて。存在だけで、暑苦しいよ」

「ひどくない?!」


 そんなやり取りをしていると、ゾロゾロ他のクラスメートも投稿してきた。


「希良々、おはよー」

「おっはー」

「おはようー!」


「鷹橋、おはよう」

「おはっす、鷹橋」

「おはっ! ガッチ!」


 意外にがっ君も声をかけられることが増えた。しかも――女子が。

 むむむ。

 むー。


 良いもん、良いもん。朝一番で、がっ君に声をかけたのは、私だもん。誰よりも一番、毎日がっ君に接して。学校に一緒に居る時間が、一番長いのは私なんだから。


 大丈夫。

 アドバンテージは私にある。私にありまくり! 蟻の腕まくり!


 ――全然、あれから進展がないじゃん。それと寒い。オッサンでも、そんなこと言わないから。

 沙絢、黙って。


 今はそんな話じゃないの。

 聞き捨てならない、重要案件があるの。


「なんで茶羅が、がっ君にそんなに気安いの?」

「へ……? なに、希良々? 俺にヤキモチ?」


「だぁっ! 無い。あり得ない! 微塵も無い! 無い! 無い! 無い!」

「まったく、希良々は照れ屋さんだなぁ」


「そういう話じゃない! なんで、茶羅ががっ君にそんなに気安いのか、って話よ!」

「……あの、二人とも。僕の間で、怒鳴らなくても」


 ごめん、がっ君。今は総スルーさせていただきます。


「――それは、その。ガッチに打ち上げであんなことを言われたら、さ。親友マブダチとして、接すべきだって思ったんだ」

「意味わかんないしっ!」


 キーッとなる私をヨシヨシと宥めてくれる沙絢。ガルルとつい、噛みつきたくなってしまう。


「いや、打ち上げの時に言われたのが忘れられなくてさ」


 ポリポリ、照れくさそうに頬をかく。


「え……僕、なんか言ったっけ?」


 茶羅がポカンとした表情を浮かべる。間の抜けた、ってこういう表情を言うんだろう。


「そ、そういうトコだぞ! ガッチ!」

「へ?」


 がっ君はきょとんとしている。

 あぁ……今回ばかりは、茶羅に同意だ。打ち上げのカラオケボックスで、がっ君が言った言葉は、きっとみんな忘れてない。


 ――僕は下絵に添って、描いただけだよ。それより、缶を集めて、洗って。飾り付けをしてくれたみんなの方が絶対、大変っだって思うから。だから、本当にありがとう。


 笑顔で、そんなことを言うのだ。

 謙遜じゃなくて、本心で言っているのが分かる。


 ズルいって思う。


 その笑顔をみんなに見せたことも。

 あっさり、そんなことを言うから。



 ――笹倉さんが一番、頑張ったんだけどね。

 ズルいよ。

 至近距離で。

 私にしか聞こえないくらいの声量で。

 そんなこと、いきなり言うんだもん。


 乾杯の唱和で。

 みんな、テンションが破裂して。

 そんな盛り上がりすら、打ち消すかのように。

 私のドキドキが止まらなかった。



 だから、茶羅がそう思うのも仕方がないと思う。

 それでも、がっ君は渡さないけどね!




✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩




12/14(水)


丸亀沙絢主催グループLINK【恋する希良々を愛でる会】



 ――驚くほどに、進展がないね。あの二人……。

 ――鷹橋君って、ラブコメの主人公? あそこまで鈍感な人、私は知らないなぁ。


 ――希良々も、朝に一緒に過ごす時間だけで、満足している感あるんだよね。

 ――こっちが気を遣って、遅れて登校しているの、全然気付いてないし。


 ――遅刻寸前の茶羅と同じ時間帯に登校はちょっと、屈辱感あるけどね。

 ――民族の大移動的だよね。


 ――しかし、ここで打開策。来週のクリスマス会なのです! 見せてやるよ、クリスマス・イヴの奇跡ってヤツを!


 ――よっ! 沙絢、さすが! 名幹事!

 ――それ、大丈夫なのか?


 ――なによ、水刺すじゃん。大國ってば。

 ――だって學はバイト先の店長のデート確保で、バイトに出るから。去年もそうだったぜ。


 ――へ?


 ――え、ちょっと、それってマズいやつなんじゃ……。

 ――だって、がっくんちょ! イヴは暇だって……。


 ――あいつのことだから、イヴの日は一緒に居る相手はいないって、言いたかったんじゃねぇの? あり得るけど。

 ――え……。





「「「「「「「「「えー?!」」」」」」」」

 その夜、不特定多数の声が谺したのだった。






✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩






12/24(土)




 がっ君が来ない。

 先週から分かっていたのに。


 みんなで、楽しもう。

 そう、私が言ったのに。


 うん、無理矢理でも笑っていると思う。


 十八番のCOLORSの曲「息継ぎ」の曲も、98点をマークした。我ながら、よく歌ったと思う。歌い終わった瞬間に、どうしても、がっ君を探してしまう自分がいて。


 プレゼント交換も。

 がっ君と交換したかった。


 シャッフルするから、誰と当たるかなんて分からなかったけれど。

 厳選な抽選の結果、私が当たったのは茶羅でプレゼント。


 ――動物公園の年間フリーパス、ペアチケット。


 二人分そろって、1000円強というかなりお得なお値段。高校生特価というヤツだった。


 ソファーの上で、膝を抱えてしまう。

 歌に合わせて手拍子する、みんなに笑みを溢しながら。






■■■






 カラオケボックスを出ると、雪がちらついていた。

 ホワイトクリスマスと言うには、雪はすぐ溶けてしまうけれど。


 ――がっ君。


 呟くと、息が白い。


 ――がっ君、がっ君。


 白い息に言霊を乗せて、あなたに届けば良いのに。

 街灯のクリスマスツリー。そのイルミネーションを見上げながら、何度も何度も呟いてしまう。


 と、駆ける足音。

 息が切れるほど、全力疾走で。


 がっ君だったら――そう思って、振り返る。

 現実は、マンガのようには甘くない。


「……茶羅?」

「……や、やっと。やっと、見つけた……希良々っ」


 膝に手をついて、ゼェゼェ肩で息をしていた。


「ど、そうしたの?」

「今日だから、絶対に希良々に言いたくて」

「は?」

「今日、ずっと辛そうだったの、ガッチがいないからだろ?」


 そう茶羅に言われて、私は無意識に自分の頬に手を当てる。今、私はどんな顔をしているんだろう。


 粉雪が舞う。

 茶羅の息も白い。


「……俺なら、希良々にそんな顔させねぇ」


 違う、違うんだ。

 根本的に違うんだ。


 誰か隣に居て欲しいわけじゃない。

 誰でも良いわけじゃない。

 がっ君だから――。


「……でも、ガッチは希良々の気持ちに応えてねーじゃん!」


 応えて欲しいわけじゃない。

 だって、私は数多くいるフォロワーの一人で。


 やっぱり、多くの読者のうちの一人だから。


 がっ君が、そんな風に私を見てくれていないことだって、知っている。

 でも、それでも――。


 好きなの。

 誰に、なんて言われても好きだから。


「希良々、俺はお前が――」


 お願いだから、もうそれ以上、言わないで。

 鼻先も、指先も冷たい。


 震えて。

 それでも閉じそうになる、唇を開けて。


 言わないと。

 言わなくちゃ。


 紡がないと。

 だって、私は――。











 雪がつもる。

 珍しく、アスファルトを真っ白に染めて。

 足跡をすぐい消してしまうくらい。

 雪が降る。








■■■





「メープルさん?」


 がっ君が私を見て、ペコリと頭を下げる。

 ラーメン熊五郎は、今日も営業中。


 安芸楓メープルのユニフォームを持ってきていて良かったと思う瞬間だった。

 流石に、クリスマスイヴだからか、お店はガラガラだった。がっ君が一人で、お店を切り盛りしていたらしい。


「……店員さんは、一人?」


 この後、あの女性店員さん……バイトリーダーの高峯さんだっけ? 彼女とデートをするなんて言われたら、私はまた泣いてしまいそうだ。いや、むしろ、そっちの方が踏ん切りがつくかも――。


「なにか、辛いことがあったんですか?」


 暖かいおしぼりを目元に当ててくれる。

 泣いてたの、バレてた?


 未だに希良々わたしって、認識してくれないくせに。

 本当に、こういうトコがズルい。


「本当は冷やした方が、良いと思うんですけど。雪が降っている時に、冷たいのもイヤですよね」

「おしぼりで顔拭くの、おじさんっぽい……」

「確かに」


 しみじみ納得するので、妙に可笑しくて吹き出してしまう。きっと、がっ君は困惑した顔をしている。


「あのね、店員さん」

「はい?」


「今日は、店員さんの炒飯が食べたいなぁ」

「珍しいですね。ただ、僕のは店長の炒飯に比べて、3割減のクオリティーだと思うけど……」


「プライスレス?」

「残念ながら、お値段据え置きです」

「それ、新手のサギだよ」


 クスクス笑う。がっ君もつられて笑う。


「愛情は?」

「残念ながら――」


 がっ君はニッと笑む。


「今日も特盛りです」










「ねぇ、店員さん?」

「ん?」


 がっ君は中華鍋を振る。

 米が、舞う。


 クリスマスイヴに、チャーハンを注文している私。まるで色気もない、ロマンもないって思ってしまう。


「好きな人は気付いてもらえないのに。まるで思っていない人に告白されるの、辛いって思うの贅沢なのかな?」

「……僕はそういう恋をしたことが無いから、よく分かりませんけどね」


 がっ君は中華鍋を振るう。意外に筋肉があるんだよね、がっ君って。


「関係ない話なんですけどね、僕、実は絵を描くんですよね」

「そうなんだ」


 うん、知ってるよ。ずっと前から。

 がっ君がアカウントを開設した当初から。だって、七番目のフォロワーだもん、私。


「妥協した絵、描きたくないんって思っちゃって。バスるとしても」

「へ――」


 私はがっ君を見る。


「安芸楓メープルって野球チームは、なかなか勝てないのに、みんなずっと応援してますよね。なんでだろう?」

「ずっと応援しているチームだよ? 弱いからって理由ですぐ鞍替えなんかしないよ! そんなの、メープルファンじゃない!」


 生粋のメープルファンを自負する私は、つい語気が強くなった。


「一緒かもね?」


 炒める音。香ばしい匂いは、空腹を誘う。

 それなのに、私はがっ君の背中から、目を離せない。


「そんなに想われている、その人は幸せ者ですね」

「え?」


「だって、そうでしょう? 貴女あなたはそれだけ魅力的だから、誘われるけれど。それを蹴ってでも、一人の人を想っているんだから」


 私は、がっ君の背中にボールを投げるモーションをしてみせる。

 どんなに投げても、きっとあなったにボールは当たらない。


 それでも、諦められない。

 忘れられない。


 ムリ。

 妥協するなんて、絶対にムリ。


「店員さん?」

「こっち、向いて? すごく良いこと言ってくれたんだからさ、ちゃんと私を見て言って欲しいかな」


 がっ君の耳が赤い。あれはガラにもないことを言ったと、きっと後悔しているに違いない。


「炒飯が焦げても良いのなら」

「クオリティーはプライスレス?」

「お値段は据え置きで」

「愛情は?」






「「――特盛りでっ」」

 二人の声が重なって。笑い声も一緒に溶けていく。


 窓から見た景色は、銀色のキャンバス。

 私達がいつもいる街じゃないみたい。




 ――ごめん、迎えに行くの、もうちょっと遅れる。

 パパからのLINKメッセージ……でも丁度良かった。




「お待ちどおさまです」


 トンと置かれた炒飯。

 とたんに、お腹が鳴った。


 カラオケで、ほとんど口にしていなかったから、それも当然だった。 

 でも、今鳴らなくても良いと思う。

 あまりに絶妙なタイミング過ぎて、イジワルと思ってしまう。


 私は顔を真っ赤にさせながらも、手を合わせた。


 ――いただきます。


 カウンターをはさんで、私とがっ君。

 きっと、絵を描きたいんだろうなぁ、と。上目遣いで、君のことを見ながら。

 心の中、ボールを投げるようなモーションで。


 君に、ボールを投げる。

 投げ続ける。

 妥協なんか、しない。

 妥協できない。


 誰でも良いわけじゃない。

 君だから、好きになったの。

 炒飯を黙々と食べながら、心の中でボールを投げ続けて。


 心のなかで、やっぱり、密かに呟く。

 ――メリークリス……。


「メリークリスマス」


 がっ君が微笑む。


「これ、おまけです」


 トンと置かれたのは、餃子。店長さんが作った餃子に比べて歪で、ちょっと皮が破れてしまったところがあるけれど。


(……美味しい)


 このお店で食べたどの炒飯、餃子より美味しいと思ってしまって。

 やっぱり、心の中でボールを投げ続ける。






■■■






 外は、雪が降りしきる。

 真っ白に染めて。

 凍えそうで。


 それなのに――胸が熱くて。


 この気持ちは、いつまでたっても凍えてくれない。

 私はパパの車に乗り込んだ。


「希良々? 何か、良いコトがあった?」

 運転席のパパが、私に声をかけた。


「うん、ちょっとね」


 くすりと笑む。

 頬が痛いくらい冷えて。


 手はかじかんで、麻痺したみたい。


 それなのに――。

 胸が熱くて。






 車の窓を指でなぞる。

 がっ君、好き。

 するっと描いて。




 指先がひんやりして。

 でも、この感情――ちょっとやそっとじゃ冷めない。

 冷めるはずがなかった。


 


 

 

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