きららダイアリー 毎日きらら☆ 秋号
2022年
9/5(月)
「文化祭の実行委員長! 俺、俺、俺がやるっす!」
オレオレ詐欺かってくらい、真っ直ぐに挙手をするのはチャラ
勝手に私と沙絢の周りで騒いでいるメンズの一人だった。はぁ、と私はため息をつく。その明るさ、ムードメーカーとして一役買っているとは思う。ただ、時にあまりに無責任な行動が、好きになれなかった。
「茶羅、お前本当に大丈夫なのか……」
担任の呆れ声をBGMに、私はがっ君を見る。席替えで、ちょっとだけ近くなった。斜め左、2席前という微妙な位置。がっ君は茶羅の声なんか、まるで聞いていないと言わんばかりに、ノートに何かを書いて――描いている。
昨日、Twetterでアップしていた、女の子は可愛かった。
安芸楓メープルのユニフォームを着ていた女の子がラーメンを食べていた。
(あれ……私じゃないよね?!)
そう思いながら、ドキドキしてしまう。
「茶羅、お前は勘違いしているかもだけれど。実行委員長は三年生。お前は、実行委員だからな」
「わーってますって。まぁ俺が立候補したからには、実行委員長みたいなもんっしょ」
「わかってねぇ」
先生は頭を抱えていた。
「それじゃ、女子は――」
「あ、それは俺っちから推薦させてください」
茶羅が機嫌良さそうに、ニッと笑む。指をさした、その先は――。
「希良々。俺とベストカップル賞を目指そうぜ」
「……は?」
「茶羅、お前、全然分かってないだろう。文化祭実行委員ってのはな――」
先生が忠告した最中、チーム・チャラ男の面々が、拍手をした。
面倒な実行委員決めが終了したと言わんばかりに、クラスメートが拍手に追随する。
ゲンナリして、拍手をしない沙絢。
すっかり眠りこけている、クリ師匠。
みんなに合わせて、拍手をするがっ君先生――。
(痛い、痛いよ)
胸がズキズキ痛い。
がっ君先生と、文化祭なら近づけるチャンスと思っていたのに。彼に、茶羅と頑張ってと言われたような気がしてならなかった。
✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩
9/16(金)
――大船に乗ったつもりで居てくれ。男、茶羅に任せてくれよな!
そう、実行委員が大口を叩いたクセに。
――缶アートなら、忙しくないし。みんな文化祭を回れるっしょ。
悪い案だとは、思わない。
実際、一年生が例年取り組む、恒例の催し物の一つだ。早い段階で、着手すれば切羽つまることもない。そう思っていた。実際、みんなで缶を集めて、下絵が書ける人を募集しないと。何度も相談もしたのに。
――ま、希良々。俺に任せてよ。みんなに段取りしているから。
茶羅、君はは言ったんじゃんか。それなら、私はせめて缶を集めようと、ようやく100缶集めた。
でも、実際に集まった空き缶の総数が100って、どういうことなの?
「ハニー、そう怒るなよ。今日、生理なんだろう? 女の子は辛いよね」
「は?!」
「缶なんか、すぐ集まるよ。まだ時間もあるしね」
「……文化祭がいつなのか分かって、言ってる?!」
「もちろん。来月だよ、まだ時間はたっぷり――」
「10/1の土曜日! 二週間しかないんだよっ!」
「二週間もあるだろう? ささっと絵を描いてもらってさ」
「誰に?」
「いや、誰かいるっしょ」
「段取り、するって言ったよね?!」
力が抜けていく。
私も悪い。
指名されたとは言え、私も文化祭実行委員だったのだ。詰めが甘かった。毎日、聞く度にコイツの調子の良い「大丈夫」「大丈夫」に確認さえしなかった。
――悪りぃけど、今回は手伝えねーからな。
クリ師匠の言葉。
分かっている。
twetterでバズってるクリエイターが、このクラスには二人もいるのだ。プロに無償で力を借りようだなんて、そんなムシの良いこと言えるはずがない。
「俺、この後は用事があるから。明日から本気出すから、心配すんなっ!」
そんな調子の良いことを言って、茶羅は去って行く。
――ごめん、絵は苦手なんだ。
――他の人に頼んで。
――無理無理、マジで無理。それ以外のことはなんでもやるから。
――笹倉さん、器用そうだよね。実行委員だし、頼むね。
みんなの自由は発言が、耳の奥底でリフレインする。
(……でも、なんとかしなくちゃ。なんとか――)
廊下を歩く足音。
他のクラスから聞こえる、楽しそうな声。
反比例して、当たり前だけれどうちのクラスは無言で。
「がっ君……」
目尻をこする。絵は、私だって落書き程度しか描けない。でも、それでも、やらなくちゃ――。
「やらなくちゃ」
私はスマートフォンを片手に、参考になるイラストを漁っていく。
どれを見ても、気付けばがっ君先生のイラストばかりだった。
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9/20(火)
昨日はスポーツの日でお休み。9/23は秋分の日で、また祝日。本当に時間が足らない。それなのに、どんなに頑張っても下絵が描けない。
そもそも、教室いっぱいの缶アート、どんなイラストが良いのか、そのイメージが湧かない。
何枚目だろう。
ノート――紙をクシャクシャに丸める。
「やり直しだ……」
本当に、どうして良いのか分からない。髪を掻きむしろうとして――その手が止められた。
「笹倉さん」
「へ?」
目の前にがっ君先生がいる。
「……がっ君――」
噛んでしまった。しまった、って思う。
「え、それ僕のこと……?」
「あ、わ、わ、えっと、あの。だって、鷹橋學君でしょ! だから、がっ君!」
こうなれば開き直りだった。よりによって、がっ君先生を、呼び捨てにしてしまった。もう、自分が本当にバカとしか言いようがない。
「ま、笹倉さんらしいね」
クスッと笑う。え? がっ君呼びを許容してもらえるの?
「本当に笹倉さんて、人に壁を作らないよね」
「……それはがっ君が、壁を作りすぎだと思うけど。もっと、同じクラスなんだから、はっちゃけようよ?」
はっちゃけ過ぎなのは、私の口だ! マジ黙って!
「そうだね」
がっ君は苦笑を浮かべている。
「ちょっと、笹倉さんと一緒なら頑張れるかな、って思ったから」
「え?」
一緒に? 一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に? いっしょに? 一緒に、ってそういうこと。一生に、じゃないよね。分かってる、分かってる。一緒に? がっ君が一緒に……一緒?
どうしよう。もう、この言葉だけで口元が緩んで。唇が綻んでしまう。
「これ、僕の知り合いが描いたヤツなんだけれど。結構、良く描けていると思うんだよね」
そう言いながらスケッチブックを見せる。
そこに描かれているのは、大人も子どもも知る、ロボットアニメ。機動勇者【
BANDAMUの掌に守られるように、ヒロインと思わしき女性。
彼女はうちの制服を着た女子高生だった。もっと言えば――。
(これ私?)
明らかに、がっ君先生のタッチで描かれた私がそこに居た。
「どうかな?」
「これ、がっ君が書いたの?」
「ち、違う、違うにょ」
噛んだ。がっ君が可愛い。可愛すぎる。格好良いのに、可愛いすぎるなんて反則だよ。
「だから、僕の知り合いの話で」
「そうなの?」
「そうだよ!」
「すごいね、がっ君の知り合いの人。絶対、プロだよ! マジプロ! マジと書いて本気のプロ!」
「そ、そうだよね。僕もそう思うよ……」
そう言いながら、耳先まで赤くなっている。もう、反応がいちいち可愛い。超キュート。今すぐ、ハグしたい。ぎゅーってしてあげたい!
「でも、これだけの作品。教室だけってもったいないよね?」
「へ?」
「だって、折角の【BANDAMU】だよ? 校舎ぐらいの等身大だったら――あ、時間がないか」
「面白そうじゃん」
唐突に沙絢の声が聞こえてきた。
振り返れば、チーム・チャラ
「え? みんな――」
「いや、その……」
男子の一人が申し訳なさそうに、頭を掻く。
「鷹橋に頼まれて、さ。文化祭はみんなで作りあげるものだよねって。丸亀と大國にも、ちょっと気合いを入れられたといいますか」
あぁ……そういうこと。沙絢は、日頃、バイトで忙しい。なかなか、文化祭の手伝いができる状況じゃないから相談もできなかった。久々に現状を知って、多分、堪忍袋の緒が切れたんじゃないのだろうか。多分、物理のお話し合いになったものと思われる。
でも、それよりも、何よりも――。
(がっ君、私のことを見てくれていたの?)
胸が熱くなる。
twetterでアップされているのと遜色ないイラストのクオリティー。
これは本来、お金を払って謝礼を出すレベルの作品だった。それを、わざわざがっ君が描いてくれたっていうことだ。
「希良々、まだ感激するのは早いからね。ここから、作業を進めていかないと。とりあえず、これで涙を拭いて」
「う、うん……」
やけに細くて、ゴワゴワしていると思ったら――こ、これ! がっ君のネクタイ……?
にしし、と沙絢が笑う。
「ちょ、ちょっと沙絢――」
反論しようにも、あまりにがっ君と距離が近いせいで、硬直してしまう。
「……あ、あの、ごめん。がっ君」
「う、ん。うん、丸亀さんのイタズラだら。その、僕は大丈夫だから」
「さぁ、そうと決まれば早速、打ち合わせをしようぜ」
誰かが、そう呼びかけた。
スイッチが入ったように、みんなが団結するのを感じる。
――本当に校舎の壁面まるまる【BANDAMU】にしたいよな。
――缶がどれだけ、必要だと思っているんだよ。
――教室をコクピットとか、どうよ!
――最高だけど、できんの?
――鷹橋、お前はよくイラスト描いていたよな。缶に下絵と描ける?
――それなら、俺も手伝うぜ。
――色塗りなら、やれるから!
――待って、校舎の壁面にするのなら、生徒会執行部の許可が必要だよね?
――副会長の音無先輩を通せばイケるかな?
――黄島さん、そこは頼んだ!
私の目の前で、信じられないくらい【コト】が動き出していた。
私は唖然として、みんなの様子を眺めるしかなくて。
「全部、笹倉さんがこれまで頑張ってくれたからだよ」
がっ君が、声をかけてくれた。
私は口をパクパクさせるしかなくて。
がっ君とずっと話したかった。
相談したかった。
協力してもらうのは、無理だと分かっていたから。頑張っているね、って言ってもらえたらもう少しだけ、頑張れる。そんな気がたんだ。
でも、もう無理だと思って。
挫けそうで。
どうしたら良いかわからなった。
そんなタイミングで――。
「がんばったね」
がっ君が包み込むように、私に囁く。
もう無理、本当に無理だった。
感情が溢れて、止まらない。
「あ、え、これ、どうしたら――。僕、なにか笹倉さんに、悪いことを?」
「悪いんだけどさ、がっくんちょ。話を進めておくから、希良々を慰めてあげてくれない?」
「なぐさめ……?」
「希良々、抱え込んじゃって。ずっと一人で頑張っていたからね」
「そりゃ、もちろん。笹倉さんは本当に頑張っていたと思うし。できることは何でも手伝いたいって――」
「じゃ、よろしくね」
トンと、押された。
がっ君の胸に私は飛びこんでしまった。
想像以上に、その温もりが暖かくて。
溢れ出した感情が、止まらなかった――。
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9/21(水) 丸亀沙絢主催グループLINK【恋する希良々を愛でる会】
希良々が【がっくんちょ】に片想いているの、知らないヤツらってさ。それこそがっくんちょと、茶羅ぐらいだと思うんだけれど。
空気を読んでくれたみんな、本当にありがとう!
文化祭は二人の時間を作ってあげたいと思うので、協力ヨロね!
あと、時間ないけど空き缶アート、みんなで頑張ろう!
スーパー丸亀から、差し入れ予定だからね!
食べたいものリクエスト募るよ!
茶羅には、やらないけどね!
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10/1(土)
――ここは鷹橋に任せて、みんなで文化祭満喫しようぜ!
茶羅はそんなふざけたことをぬかし、とっとと出ていってしまった。みんなは、そんな茶羅達を白い目で見ている。
「ココ、そんなに人はいらないから。任せてもらって大丈夫だよ」
そう、がっ君は微笑んだ。
「後で、交替してくれたら良いから」
にっこり笑って、そう言う。
「笹倉さんも、みんあと回っておいでよ」
「……そうだね」
私は、立ち上がる。
安堵したようにがっ君は――欠伸を漏らした。
「がっ君、私がどれだけ君のことをみていると思っているのですか」
座り直した私は、もう夢の世界に飛び立った、がっ君に囁く。
どうせ、聞こえていないだろうけれど。
私は知っているんだ。
普通に作業していたら、到底間に合わなかった。
時間になったら、いったん解散。
翌日、がっ君とクリ師匠、それと担任の欠伸が重なることが増えて。
――外の壁面もすごかったけど、このコクピットもマジすごくない?
――マジBANDAMUの世界だよ!
そうでしょ、そうでしょ!
私は頬が緩むのを感じる。
隣で、がっ君の寝息を感じながら。
教室の隅っこ。
コクピットをイメージして、照明にまでこだわった。コクピット中央にみんな夢中で、私達は視野にも入らない。だから、ちょっとぐらい良いよね?
私はがっ君の髪を撫でる。
と――。
がっ君の姿勢が崩れた。
「へ?」
がっ君が私の肩にもたれかかる。
吐息が首筋に触れて。
ち、ち、ち、ち、近い。
でも、がっ君は無頓着で。夢の世界を満喫しているように、笑顔だった。
(ずるい、そんな顔見せるの――)
と、がっ君の唇から、声が漏れた。
「笹倉さん、本当にがんばった……」
そんな言葉がトリガーになって――耐えきれず、がっ君の髪にもう一度触れる。
彼を起こさないように。
その眠りを妨げないように。
息を潜めながら。
でも、少しだけ。あと少しだけ、あなたの体温を感じたいと思ってしまう。
「一番がんばったの、がっ君だよ……」
ありがとう、がっ君。
でも、胸が焦げ付きそう。
沙絢が「がっくんちょ」って呼ぶだけで。
他の子が「鷹橋君」って当たり前のように声をかけるだけで。
こんなに、胸がざわつくのは、どうして?
この時間がいつまでも、終わらないで――。
そう願ってしまう。
がっ君の髪を撫でて。
人差し指で、少しだけその唇に触れて。
好き。
その言葉が、出てこない。
胸のなかで。
好きって言葉が、こんなに燻って。
膨れ上がって、破裂しそうなのに。
好きだよ。
がっ君、好きだよ。
大好きだよ。
それなのに、その一言が出ない。
こんなに。
こんなに。
こんなにがっ君が
大好きなのに。
✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩
10/1(土)丸亀沙絢主催グループLINK【恋する希良々を愛でる会】
沙絢:展示会場にいる二人はそっとしておいて。ジャマするヤツは徹底的に退場の方向で!
全員:イエッサーっっ!!
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