きららダイアリー 毎日きらら☆ 夏号

2022年

6/18(土)


 色々な友達ができた。

 そのなかで、沙絢は本当に気兼ねなく、相談ができる。


 結局、一緒にいる時間が多いのも沙絢な気がする。

 逆に、もっと近づきたい人とは、全然、距離を埋められない。


「鷹橋は、陰キャだからね。あいつ的にハードルが高いんじゃない?」

「陰キャって言い方、好きじゃない」


「ぶすっとしないの。だから、気晴らしに遊びにきたんじゃん。あんまりね、思い詰めると、相手にも伝わるもんだよ」


「ん……それは一理、ある」

「肉食獣は、もっと息を潜めないとね」

「うんうん」


 納得――?


「ちょっと、沙絢? それじゃ、私が肉食系みたいじゃない!」

「ほぅ? 鷹橋とそういう関係になりたくないと?」

「う……」


 なりたいです。がっ君先生と、メチャクチャお話したいです。


「鷹橋と遊びに行ったり」

「う……」


 イチャイチャしたい。もっと仲良くしなりたい。一緒に遊びに行きたい。それかそ、遊園地デートして……観覧車のてっぺんで、キスしてもらって――。


「うちの街のドコに、そんなものがあると」

「へ?」


 声に出ていた? ウソ、どうしよう……はずかしすぎる!


「バリバリ。めちゃくちゃ恋しちゃてるじゃん。正直、鷹橋の良さが私には分からないけどね」

「なんで? めっちゃ格好良いじゃん!」


 いや、でも良いの。がっ君先生の良さを知っているのは、私一人だけで良い。


「はい、おまちどおさまです」


 店員さんが私達の目にラーメンを置く。

 ぽかん、と私はそんな彼を見ていた。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか? それじゃ、ごゆっくり」

「……は、い。ゆっくりします……」


 コクンコクン、私は頷くしかできない。


「ちょ、ちょっと。え? 今の鷹橋?」

「……がっ君……」


 ぽーっと、彼の姿を追いかける。


「ちょっと、食べないの? のびるよ?」

「たべりゅ。格好良い……」


 ちゅるちゅる。


「余所見して食べるなし」

「余所見してないよ」


「明らかに、首が90度直角だよ!」

「ずるいなぁ、あんな笑顔を他の子に向けて」


「店員スマイルでしょ。早く食べなよ。忙しい時間帯に、長居したら悪いよ」

「お代わりしよう!」


「は? 希良々、まだ入るの?」

「むりー。沙絢、食べて」

「アホか!」


 アホです。アホです。どうせアホの子ですよー。良いじゃん、少しぐらい抜けている方が可愛いって、Twetterでがっ君先生は言ってくれたんだもん。



 がっ君先生が、ラーメン屋さんでアルバイトをしているのを発見してしまった。

 今世紀最大の大発見だよ!

 ベストイノベーションだよ!


 神様!

 最高の出会いを、本当にありがとうございます!



✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩




6/26(日)



 また、来ました。

 がっ君先生に会いに。

 ついでに、ラーメンを食べに。

 このラーメン熊五郎に。


 ぱちぱちぱちぱち👏


 服装は完璧です。野球チーム、安芸楓メープルのユニフォーム、野球帽を被って。いわゆるメープル女子って、ヤツです。コミックバザール、コミバでコスプレをしている神に比べたら、全然、たいしたことがない。


 でも、私が笹倉希良々ではなく、数多くいるメープル女子と思ってもらえる方が重要なのだ。


 がっ君先生に当たり前のように接して欲しい。

 欲を言えば、気付いて欲しい。でも、それは無理だって分かってる。


 できれば、他のお客さんより、私に笑顔を向けて欲しい。そう思うけれど――難問に今ぶち当たっています。前回、食べた時に思ったんだけれど、ちょっと味付けが、私には濃いのです。

 がっ君先生には会いたい。でも、毎回食べるにはちょっと――。


「もしかして、濃いですか?」

「へ?」


 がっ君に声をかけられてしまった。口をパクパクさせて、私、きっと世界で一番、不細工だ。何か喋らないと、ちゃんとお返事しないと――。


「スープは【あっさり】ネギを多めがお勧めですよ。あと、麺を固めにすると、するっと食べられますね」

「あ、あんまり固いのは苦手で……」


 バカ、バカ。がっ君先生がお勧めしてくれたのに、何言ってるの。バカバカ!


「それなら、固めよりは普通ゆでで、調整してみましょうか。後は、チャーシューの脂身を少なめにしてみますね」

「ご、ごめんなさいっ」


 なんて無茶な要求をしているんだろう。申し訳なさ過ぎる。でも、見ればがっ君先生は不思議そうに首を傾げていた。


「大丈夫。どうせなら、美味しく食べて欲しいので」


 にっこり笑って、そんなことを言う。

 あぁ、あの時と重なっちゃう。

 Twetterで、初めて感想を書き込んだ時だ。


 ――いきなり、感想ごめんなさい。でも、本当に感動して。こんなことしか言えなくて。言語崩壊してますけど、控えめにいって最高で。あー、感想になってない!


 ――そんな風に感想を言ってくれる人、貴重なんですよ。どうせなら、そんな風に感想を寄せてくれる人に、次はもっと楽しんで欲しいって思いますから。遠慮なく言ってくださいね。


 文字だけのやりとり。

 それなのに。


 今でも、こんない胸が熱くて。

 暖かくて。


 今でも私は熱に浮かされているようだ。

 がっ君が――。

 こうやって、目の前で笑ってくれるから。


「あ、あの!」


 気付けば、私は口走っていた。


「愛情も入れてもらえますか?」


 がっ君はぽかんと、口を開けて。それからクスリと微笑んだ。

 何を言ってる、私?!


「抜けないので、むしろ特盛りでいきましょう」

「お願いします!」

 私は自然と笑顔が溢れていた。

 




 私のラーメンは、全部がっ君が担当してくれているのが見えて。

 嬉しくて、嬉しくて。

 転げ回りたくなるくらい、嬉しくて。

 自分の顔、鏡で見れないくらい。

 きっと今、ニヤけてる。




✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩



8/14(日)


 夏休み中は、ラーメン【熊五郎】でがっ君を眺める。いつものがっ君スペシャルを食す。その途中、がっ君先生と、バイトの女の子が仲良く、笑い合っているのを見ると、胸が疼く。


 でも、今の私はがっ君先生を見守ることしかできない。


 ――めんどくせぇよな、お前。

 LINKで激励を飛ばしてくるのは、クリ師匠こと、漫画サークル【鷹の目団】のクリスティーナさん。


 がっ君先生が同じ学校なら、クリ師匠だって――そのことをすっかり失念していた私だった。沙絢の知り合いだったのだから、世の中は本当にに狭い。ピアスの趣味がオシャレと思っていたら、正体はクリ師匠。私の一生分のヲタ運を使い切った気ががした。


 ――どうせお前、學にしか興味ねぇだろ。

 そんなことはない。がっ君先生99%。その他、1%。そのなかにクリ師匠もちゃんと含まれている。


 ――お前、本当に素直だな!

 えへへ。褒められた。



 ――褒めてないけど、まぁがんばれ。

 そんなクリ師匠の言葉に背中を押されて、私はコミックバザール――コミバの現地に立っている。


 新刊を購入するため。

 そして、サインをもらうために。


 連れてきてくれたお父さんには、本当に感謝。でも、もうすでにコミバの熱気に負けそうな私だった。


 ただ、一言。

 サインをください、って。そう言えたら。


 がっ君先生と距離が近いのに。未だ、まともに話せない。

 だったら、サインをもらえたら。


 それだけで。

 

 遠くで見守るだけで、満足するから。

 だから、その一言を――。


「ちょっと早くしてよ!」


 苛々した罵声が飛んできて。私はびくんと体を震わす。


「ちょっと待ってくださいね」


 がっ君先生がそう言葉を紡ぐ。


「サインが欲しいんじゃねぇの?」


 そう助け舟を出してくれたのは、クリ師匠だった。


「サイン? 喜んで」


 がっ君先生が微笑んでくれた。


「名前は?」

「あ、そ、の。【Kirala】で」

「え?」


 がっ君先生が、マジマジと見やる。もしかして私に気付いてくれた――?


「Twetterで、いつもメッセージをくれるKiralaさん? すごく、嬉しい! いつも、ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げる。

 さらさらっと、それからサインを書いて。


「はい、どうぞ。これからも、よろしくお願いします」


 がっ君は私に気付かない。

 そりゃ、そうだ。コミバ仕様で、今日の私は本当に地味な容姿コーデ


 でも、少しだけ。

 ほんの少しだけ、私を認識してくれた。


 今は、それだけで良い。

 群衆の波に呑まれそうになりながら。


 ただ、サインをしてもらった本を落とさないように抱きしめて。





 あなたをずっと応援しているから。


 話せなくても。

 触れられなくても。


 認識されなくても。


 群衆の海に溺れそうになりながら。

 猛暑を気にする素振りもなく、サークルの本を捌く彼を――そんながっ君を。






 ずっと、私は見ていた。

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