一週間後に引っ越しをして●●になる彼女と想い出作りをする話

8/14（月）🌤

　密閉された空間だと言うのに、セミの声が窓越しに、やかましいくらいに鳴いているのが聞こえた。

　夏なんだよな、って思う。

　――みんみんみんみん

　容赦ない、奴らの大合唱。

　あいつらの鳴き声は、求愛行動――愛の歌なのだという。

　メスは一切、鳴かない。雄からのみの、愛の告白。それこそ、命を燃やすかのような。

　花火にかき消される程度の声量でしか、本音を漏らせなかった僕は本当に情けない。

　遮断するように、タオルケットをかぶりなおして、惰眠を貪ろうとした。昨晩から、ずっとこの調子だ。目を閉じれば、笹倉の笑顔が焼きついて――灼きついて離れない。

　欠伸が出る。

　寝たいのに、眠られない。思考がぐるんぐるんと回る。

　我ながら、バカだなって思う。

　あれだけ悪友に頼み込んで――いや、Cafe Hasegawaの皆さんに協力してもらったのに。

　本当に、多くの人に迷惑をかけた。それなのに、僕ときたら満足に、想いすら告げられない。

　――みんみんみんみん。

　本当に蝉の声がうるさい。

　スマートフォンに手をのばす。

　今頃、笹倉はどの辺りなんだろう。

　多分、もうこの街を出て――。

（せめて、転校先ぐらい聞いておけば良かった……）

　LINKをしたら良いのに、その勇気も無い。

　思い返せば、ああすれば良かった。こうすれば良かった、と。そんな想いばかりよぎって――。

　汗がたらりと流れる。

　連日、35℃を越える猛暑日。笹倉のことだから、日焼け止めは万全だと思うが、水分補給の発想は抜けていて。動物公園でも、プチ熱中症になりかけたっけ。扇子で扇いであげながら、すり寄る彼女を見て。お願いだから転校しても、そんな無防備な表情（カオ）を他のヤツに見せないで欲しいと思ってしまって――。

「みんみんみんみん♪」

「……何やってんの？」

　寝起きに母親のどアップほど、おぞましいものは無い。見れば、窓が全開。そりゃ、セミの声がやけにうるさいワケだ。おまけに、セミのモノマネ選手権。出場者、母一人。非常にうっとうしい。

　昨日までコミックバザール――コミバという戦場で、奮戦してきた人の顔ではない。余力ありまくりじゃない？

「なんで、窓を全開にしてるの？　電気効率、悪すぎるじゃん」

　そうでなくても夏場は電力需要が高いのだ。効率的な節電に協力すべきじゃなかろうか。

「言ってたでしょ、今日はお隣さんが引っ越して来るんだって」

「……あぁ、言ってたね」

　欠伸をかみ殺しながら、起き上がる。それにしても、もうちょっとスマートな起こし方があると思うのだが。

「でも僕は関係ないよね？」

　だいたい、マンションだ。お隣さんもクソもない。人との関係が希薄な現代社会。同じ建物に住んでいる人の顔すら分からないこともザラで。

「始めが肝心なのよ。ほら言うでしょ『汝（なんじ）自らの如く、汝の隣人を愛せよ』って」

　『旧約聖書』－レビ記19章18節って……うち浄土真宗じゃん。

「ほら、いいから行くわよ！」

「わ、分かったって。ちょっと顔洗わせて！」

　さすがに中学生の娘さんとご対面するかどうかは分からないが、寝起きのままご挨拶する度胸は持ち合わせていない。僕は慌ててて、洗面所に駆け込んだのだった。

　去る人がいれば来る人がいる。人の縁は一期一会。僕は余計な雑念を洗い流したい一心で、水道の蛇口を捻った。

「がっ君先輩ですよね？」

「へ？」

　邂逅一番、例の娘さんからそんなことを言われた。玄関を出て、外廊下でご対面と相成ったわけだが。向こうの両親も、僕をマジマジと見て、それから深々と一礼する。見れば、うちの両親も。

（なに、これ？）

　僕も慌てて頭を下げた。体験したことはないが、この厳かな雰囲気。婚前前、両家の顔合わせかというくらい、重圧感がある。

「……あの」

　申し訳なさそうに、彼女は俯く。その面影に、つい先日まで、長く時間を共にした人と重ねてしまう。どれだけ、重症なのだろう。少し似た人を見かけただけで、希良を探してしまう僕がいて。それなら最初から、ちゃんと伝えておけば良かったのに、それなのに――。

「お姉ちゃんが、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません」

「は、い？」

　深々と頭を下げる彼女に、僕は面食らってしまう。

「……もう、お姉ちゃん！　本当にいい加減にしてよ！　散々、ご迷惑おかけしてるんだよ！　そのうえ、がっ君先輩を待たせるの、無神経にもほどがあるよ！」

「で……でも、星伶奈（せれな）！　髪、おかしくない？　昨日……嬉しくて、寝られなくて。がっ君が『好き』って言ってくれたから、興奮しちゃって……。クマはメイクで隠したけど。髪、髪！　髪は変じゃないよね？！」

「……ポンコツも隠せてないよ」

「え？　なに？」

「いいから、早く出てきて！」

　しびれを切らした妹に急かされ、ようやく出てきた姉は――。

（うそ？）

　目を疑う。

　目が痛い。

　もう会えないと思っていた人が、照れくさそうに僕を見る。

　焼きつけたはずなのに。

　あれほど、見たいと思っていた笑顔なのに。

　視界が滲んでしまう。

　なんて、情けな――。

「がっ君っ！」

　笹倉希良々（ささくらきらら）が、僕の胸に飛び込んできた。

■■■

　引越祝いは蕎麦。こんな風習を知る人は少ないのではないのだろうか。その由来は「お傍に越してきた」から。しゃれっ気というヤツだった。

　我が家のキッチンでは、父さんと笹倉パパが、蕎麦を打っている最中だった。どうやら町内会――オヤジの会で蕎麦打ちをしあった旧知の仲らしい。

　かくして、笹倉家内はこれから荷物の整理で煩雑な状況なので入室不可。鷹橋家のキッチンは、意気投合した両親達と、気を利かせてくれた妹ちゃんが占有。

　そして僕は自分の部屋で、希良と二人っきり。今に至る。

　どうしよう、言葉にならない。

　やっぱり、ぐるんぐるんと思考が回る。

　妹ちゃんの言葉が、今も脳裏に響く。

　転勤族だったパパが、そろそろ腰を落ち着けようと、物件を探そうって流れまでは良かったんですけどね。一件目の物件から、ココが良いと言って、聞かなくて。

　ワガママを言わないお姉ちゃんを問い詰めたら、こういうことじゃないですか。呆れちゃいますよね。いくら、がっ君先輩のファンだからって言ってもね、ものには限度ってものがあると思うんですよ。

（ファン？）

　お姉ちゃん、がっ君先輩――がっ君先生の初期からファンでしたよ？

　twettwr（ツエッター）にイラストだけアップをしていた時から。フォロワーに【きらりん】っていません？　あれ姉です。

（……忘れるわけない）

　下手くそなイラストの時から、ずっと見守ってくれて、励ましの言葉をかけてくれたフォロワーさんだった。

　――キモッ

　そう言われた時。

　もう絵を描くのを止めようと思った時【きらりん】さんからもらったメッセージがどれだけ嬉しかったことか。

　――がっ君先生のイラストをバカにする人、みんなハゲになっちゃえっ！　ハゲハゲ！　マジカルマジック、ジヒドロテストステロン！

　その投稿は、まるで子どもの癇癪のようだったけれど。それでも、背中を押してもらえた気がしたのは事実だった。ずっと、自分の心の中にブックマークしていたんだ。

　そうか、って思う。ずっと傍に希良が居てくれたのか。そう思うと、胸が熱い。

「希良？」

　そんな彼女は、デスクに飾っていた1枚の鉛筆画に釘付けになっていた。

　思い出しながら描いた、花火の日の希良と僕だった。

　いつか、この気持ちを整理ができたら、色を塗ろう。そう思っていたから。

「がっ君……」

　ボソリと呟く。

「希良……？」

「がっ君は、私がずっと転校すると思っていたんだよね」

「いや、だって！　それは希良が――」

「私は引っ越しするとしか、言ってないもん」

　記憶を辿る。

　――私、引っ越しをすることになって。この夏の想い出、作りたいって思ったの。がっ君、手伝ってもらっても良いかな？

　そうだ、確かに。希良は一言も転校なんて、言っていない。

「でも、想い出って……」

「もう、見ているだけじゃイヤなの。この夏一番の想い出にしたいって思ったから。だから、勇気を出したんだよ。それにがっ君が勘違いしてくれるなら、それはそれで良いかなぁって。そう思ってくれた方が、大胆に行動できるから」

　それは、希良にとっての宣言だったんだと思う。考えてみれば、人に垣根なく接する希良だけれど。節操なしのタラシなワケじゃない。適度に距離感を保つのが上手いのも笹倉希良々という女の子だった。

「がっ君は、私のことを忘れたら……同じように、他の人のことを描くの？」

　彼女の目が揺れている。僕は首を振った。同じように描くなんて無理だと思う。手が届かないと思っていた希良だから。忘れたくないから。苦しくても、描く度に紙が滲んでも、鉛筆を走らせる手が止まらなかった。

（僕も大概に重いヤツだ――）

　僕は、小さく息を吐く。

「希良だから、描いたんだよ」

　コクンと彼女は頷く。安堵したように、何度も何度も頷いて。

「……あの時、がっ君の声ちゃんと聞こえていたよ。聞き逃すわけないじゃん。私を誰だと思っているの？」

「えっと……【きらりん】さん？」

「せいかいっ」

　ふふふって希良は笑う。笑いながら、双眸から感情が溢れて。

「でも、私から言いたかったの。がっ君をびっくりさせたかったの。何を言っても信じてくれない、がっ君だから。絶対に私の口から言うって思っていたの」

「別に信じていないとかじゃなくて……ただ、僕と希良じゃ釣り合わな――」

「そんなの、勝手に決めないで！」

　真剣な眼差しで、僕の言葉を遮る。

「がっ君って、自己肯定感が低いよね？　twetter（ツエッター）の投稿でもそう思っていたけれど」

　グサグサ突き刺さる。僕はフォロワーの感想に一喜一憂していた時期があった。悪友の作品がバズることをやけに気にして。その度に、現実に引き戻してくれたのが【きらりん】さんだった。

　――私、がっ君が好き。

「だから、重いって言われても。なんて言われても。こんなにもがっ君が好きなんだぞ、って。誰よりも一番最初に応援してきたんだよって、がっ君に教えてあげるの。私はがっ君の作品に救われたから。ずっとそう思っていたから。文化祭の準備期間で、あなたに触れて。もっともっと、がっ君を知りたいと思って。がっ君から見たらバカって思われるかもしれないけれど、それでもそれでも――」

「でも、イヤだ」

　僕が紡いだ、唐突な拒絶の声。

　希良の瞳が揺れる。

　お構いなしに、僕は唇で希良の言葉を奪った。

「……なんて言われても、一番に希良に好きって伝えるの僕だから。好きだよ希良。ずっと、好きだった。文化祭で一緒の時間を過ごした時から。希良が好きになるより先に、僕がきっと君を好きだった」

「ちが、私の方が先に――あっ」

　奪う。言葉ごと。外で鳴くセミよりも、命を燃やして。

　あんなに好きって言葉を躊躇していたのに。言葉に紡いだら、今度はとめどなく溢れてしまう。溢れたら、止まらなくて。

　ラフのスケッチに視線を向けながら。

　希良と、どんな色を塗ろう。

　これから、どんな色を彩ろう。

　好きだよ、好き。二人の声が重なる。好き。私の方が好きだもん。僕の方が好き。私がラーメンを食べに行った時、気付いていなかったくせに。それを言われると辛い。でも、好きだよ。好き。好きだから。好きなんだ。

　とめどなく、好きが溢れて。これまで飲み込んでいた「好き」を、全部さらけ出すかのように。

　あと、もうちょっとで夏休みが終わる。

　でも、これで終わりじゃない。

　むしろ、これから始まる。

　希良と一緒にスケッチを描く感覚で。

　でも、今は――。

「「好きだよ」」

　言葉だけじゃ足りないから。もっと、しっかり伝えたいから。より確かめたいから。スケッチブックにラフを描く感覚で、求め合って――お互いの色を塗るように。何度だって言う。何回だって言うから。

　――好きなんだ。

■■■

「今頃、話し込んでますかね？」

「どうかなぁ。學はヘタレだからね」

「そういうお姉ちゃんも、ギャルっぽく見せてますけど、あれは高校デビュー……いや、がっ君先輩デビューですからね」

「そこんとこ、詳しく」

「おばさんも知っている話ですよ？　Twetterのハッシュタグ #突き刺さる性癖で、がっ君先輩は『ギャル』って答えていたんですよね」

「あぁ、あの当時の描きたい画ブームだったね。その頃から希良々ちゃんは、一途だったワケか」

「そうそう。だから、がっ君先輩がいるだけで、お姉ちゃんは24時間問題なく過ごせると思います」

「重症だねぇ。でも折角の蕎麦だから、早く食べたいしね」

「ですね。むしろ、早めの回収がパパ的にはダメージが少ないかと。あ、良いこと思いつきました。ノックなしで入っちゃいます、おばさん？」

「お主もワルよのぅ。でも良いね、楽しそう。その案のった！」

「それじゃ、いきます？」

「せーので、いこう」

「「せーのっ！！」

　バタン。

　そして、ドアは開かれた。

一週間後に引っ越しをして【お隣】になる彼女と想い出作りをする話

【Fin.】

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※作者注

ジヒドロテストステロンは、薄毛・脱毛の原因と言われてる成分です。

ということはさておいて……(笑)

真夏の創作祭り、第二週としてエントリーしていましたが、これにて完走でございます！

間に合わないかと思った(笑)

通常、コンテストでもなければ、尾岡作品なんて★30もいけば良いっていう、閑古鳥作家なわけですが。

今回はタイトルのせいなのか。

（自主企画にも参加させてもらったので、そのせいもあるかと思います。巡回しなくては）

このあとがき執筆時点で、★78

本当に有り難いことです。

★80いったらアフターストーリー書こうかなぁ、とか（ウソです、ごめんなさい

そんなことなくても、本当に有り難いし。皆様に応援してもらって、頑張れたなぁって思います。

ちょっと、バッググラウンドな話を。

●書いたキッカケは？

真夏の創作祭りのブックカバーが欲しかったからです（ひでぇ

●各話のお天気マークの意味は？

二週間目の天気予報で、実際はこっちの地域の天気予報にあわせてプロットも変更しました。一応、Real timeストーリーを自負しています。

●希良々ちゃんのスリーサイズを教えてください

希良々「だめぇっ！　がっ君意外には教えませんっ///」

がっ君「///」

●Cafe Hasegawaを予約したいのですが？

夏休み期間中は繁忙期につき難しいかもしれません。

●上川君と下河さんにまたお会いしたいのですが？

拙作「君がいるから呼吸ができる」で再会できるかもしれません。

https://kakuyomu.jp/works/16816452219719674555

ここまでお付き合いいだき、本当にありがとうございました！

作者　拝