『エア今さま』 中


 新村長さんは、自分の個人情報がわからない。

 

 助けられた際には、所持品はなかったのだ。

 

 たったひとつ、持っていたのは、御守りだった。


 しかし、その御守りに書いてあるお寺か神社かの名前については、だれも知らなかった。


 『白旗院』と書かれた御守りである。


 『まあ、お寺でしょうな。しかし、当社には資料もない。あ、昔はありましたがね、なにやら、ごたごたがあって、廃棄されたらしい。世も末ですな。白旗といいますのは、大体東国に多いが、はっきりは、言えんのですな。まあ、降参です。』


 なんとなく、楽しい神主さまでは、あった。


 『あなたは、宮司さんですか。』


 村長さんが尋ねた。


 『ここは、小さな社でしかないです。本当は、ちょっと離れた本社がありましたが、もはや連絡も途絶えました。この国全体に、何かがあったらしいのですが、わかりません。わたしは、ひらの、神主さん。では、村長さま、ご神体を観ていただきます。村長の大切な務めですぞ。こちらへ。』


 神主さんは、小さいとは言いながら、本殿の裏にある奥社に案内をした。


 『普通、入れません。』


 『なにか、お払いとか?』


 『いや。特には要りません。』


 『じゃ、実は、誰でも入れるのですね。』


 『まあ、入ろうとしたら、ですが。しかし、勝手に入れば、ばちがあたる。そう言われています。実際に、強行したものは、死んだのですから。』


 『はあ? なんだ、そりゃ。』


 『ふん。……じゃ、中に入ったら、閉めます。はい。で、これ、着てください。ご神体に対面するための、正式な衣装です。あ、脱がなくていいです。失礼ながら。下からごそ、と、履きます、頭まで。』


 その服は、あからさまに、怪しいものだった。


 赤、青、黄色、緑、白、黒。


 目が眩みそうな配色で、全体的に、やや、分厚い感じだが、全身が繋ぎになっている、スピードスケートのユニフォームみたいな服だが、なるほど神秘的でもある。


 しかし。


 それを見たとたんに、村長さんのなかで、何かが大爆発した。


 『わ! わ! な、なんで? これは、なに? 見たことがあるよ。どこかで、………』


 『どうなさいましたか? 村長さま。』


 『めが、くらむような………』

 

 『ぎはははは。たしかにそうなのです。ま、わが神社独特の参拝装束なのです。あの扉の向こうに、ご神体に入る入口がありますが、あそこから先は、わたくしの指示による以外は、無言に願います。』


 『は、はい。はい。…………』


 村長さんの意識のなかで、いまや、何かが形を成そうと悶えていた。

 

 

        🛹

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る