『エア今さま』

やましん(テンパー)

『エア今さま』 上


 村の中心から離れた、深い森の中には、古びた神社があった。


 相当に古くて、鎌倉時代以前からあったとされるが、建物自体は江戸期のものらしい。


 しかし、そこの奥社には、非公開の秘密のご神体が安置されている。


 神主さんと、一部、村の重鎮だけが、そこに入ることを許されるのである。


 その、薄暗い社殿の中には、『エア今さま』と呼ばれるご神体があった。


 そもそも、これが、何なのかを知るものは、いないのである。


 しかし、神主さんは、使い方だけは知っていた。


 今夜は、夏の村祭りを控えた集まりである。


 新しい村長が呼ばれていた。


 彼女は、村始まって以来の、外来村長である。


 というのも、ここ5年来、村は、猛烈な暑い夏を迎えていた。


 文明崩壊以降、村は、他地域からは隔離状態にあった。


 もともと、深い山、荒ぶる川、深い谷に阻まれた地域であり、道路が寸断された後は、まさに、ひとり孤立していたのである。


 それでも、気候がやたら温暖になり、食べるものは、わりに、勝手に出来たのである。


 亜熱帯というより、熱帯性気候になっていたからだ。


 しかし、気象は、荒くて、変化が激しく、なかなか人の手には負えなかったので、村人は、ごく限られた比較的安全な場所に身を寄せあって生きていた。


 森には、危険な、昔はいなかった生き物も、多数生息していた。



 その、新しい村長さんは、ある日、暴れ川に流されてきた。


 しかし、自分がどこから来たかは、まるで、覚えていなかった。


 ただ、彼女は、非常に聡明で、いまは廃れてしまった、科学というものを知っているらしかった。


 また、作物のことに、非常に詳しかったのである。


 加えて、このところ、七代続けて、村長は短期間のうちに不気味な死にかたをしていた。


 祟りであろう、とされていた。もはや、成り手が無かったのである。


 中央政府は、また、地方自治体もあるやらないやら、さっぱり分からず、長くそうした関係者はだれも来ない。


 通信手段はなく、電気も水道も止まって長い。


 ラジオ、テレビなどの情報機器で、生きているものは無かったのである。電話も、無線機もない。


 しかし、あったとしても、ここは、なかなかの、難視聴地域であったが。


 学校も閉じたままだった。


 警察官は、居なかった。


 病院もない。


 店もない。


 役場もない。


 ただ、神社だけが、一種の統治機関を兼ねていたのである。



        ⛩️


 

 


 


 

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