第7話 接近

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あの雨の日以来、弓月とオリバーの距離は急激に近づいた。それは周りにもわかるほどで、「最近仲良いね」とよく言われるようになったほど。

弓月は「そう?」と流していたが、小さく微笑むその表情に混ざる柔らかさはオリバーだけがわかるものだ。

「今日は仕事が無いから、久しぶりにゆっくり学生できるよ」

「そう。部活までやってく?」

「もちろん。試合もやらないと勘が鈍るしね。弓月、相手してよ」

「いいけど三十秒もたせてよね」

「三十秒か……頑張ってみようか」

そうはいうものの、と弓月は思う。

元々フェンシングも相当やりこんでいたようで、試合の勘はかなりのものだ。

正面を向いて剣を振るう剣道と違って、フェンシングは半身に近い動作で動く。すり足が基本の武道と違いかかとから足が出るなどの癖が出てはいるが、最近はそれも直ってきているし。

弓月相手に三十秒ねばるくらい、すぐ出来るようになると思っている。

「さてと。お腹すいちゃった。学食行かない?」

「いいね。学食のカレー美味しくてさ……日本のカレーはうちの国から伝わったはずなのになんでこんなに違うのか……」

「……欧風カレーもあるけど?」

「どっちにしてもあの味を知ったらイギリスのカレーはコレジャナイって思っちゃうんだよ」

笑うオリバーに、弓月もつられて笑う。

学食はそこそこ広く、味もいいしボリュームもある。生徒たちは割と喜んで利用していて、弓月もその一人だった。

「俺はどうしようかなあ。うち、和食が多いから学食だと洋食食べたくなるんだよね……うーん、でも生姜焼きも捨て難いな……」

「生姜焼きこの間食べたよ、薄切りのバラ肉っていいよね、ソースがよく絡んで、白米と合うっていうのかな。でも一般的にはロース肉の場合が多いんだって?」

「あー、たしかにロース肉の方が多いかも……ていうかオリバーすっかり和食の食べ方マスターしてるし!……決めた、今日は俺ハンバーグにしよう!」

そうして二人で昼食をとっていた時だった。

「弓月、最近随分つれないと思ったら、新入りとずいぶん仲良くしてるようじゃないか」

突如声をかけてきた男子生徒に、弓月ははっと顔を上げた。

「慧介」

身長は、180ほど。

170cmの弓月よりも大きい彼は、わりとがっちりした体格をしているためか、さらに背の高いオリバーよりも威圧感を感じる。

「パーティに誘ってもつれなく断られるし、お前の家に行っても不在がちだし、随分じゃないか」

「……最近忙しいから」

「そこの新入りの相手か?そんなことをしている程暇じゃないだろ、お前。ああ君、そこどいてくれるか」

慧介は弓月の隣で食事をしていた他クラスの女生徒を威圧し席を譲らせようとした。

体格のある男に上から見下ろされては、女の子達は怖いだろう。

「ちょっと……そういうのやめてっていつも言ってるでしょ!」

それを見咎めた弓月が指摘するも、彼は意にも介していないようだ。


近衛原慧介。

小学校からの弓月の知り合いの一人であったが、正直、弓月はこの男があまり好きでは無い。

近衛原家はバブル期に不動産で成り上がった家系だが、元は地方の小さな会社だったらしい。あまりこういうことは言いたくないが、正直、その行動を見る限りは育ちがいいとは言えない。

財力にまかせてそれなりの教育を受けてきたようではあるのだが、外面のよさで隠して人を馬鹿にしているのが透けて見えるタイプだった。

「……彼は弓月の友達?」

嫌そうな弓月の表情を見て取ったのか、オリバーはそう問いかける。

弓月は逡巡したが、

「小学校の頃からの腐れ縁」

と答えた。嘘は言っていない。特別仲良くしたい訳では無いし、彼のせいで怪我をしそうになったことも少なくないから、あまり近くにいたくないのだ。

ただ、どうしようもない理由があるせいで、強く断れないだけで。

「そうなんだ。……どうもはじめまして。弓月には仲良くしてもらっているよ」

オリバーはいつもの人好きのする笑顔を浮かべ、慧介に挨拶をした。けれど慧介はそれを無視し、オリバーを舐め回すように眺める。

「あんた、学生社長だって?なんの会社?」

「そうだね。分類はITかな」

「ふうん。ああ、うちは不動産やってるんだ。高校出たら大学行きながら親父と仕事するつもりでね。あんたも家の一軒や二軒建てられるくらい稼げるようになったら言ってくれよ、紹介してやるから」

明らかに、オリバーのこともバカにしているのが見て取れる。弓月はいよいよ眉をしかめ、慧介を追い払おうと口を開こうとした。が、オリバーはそんな慧介を意にも介していないようだった。

「ありがとう、でももう間に合ってるんだ!今度白銀原に家を建てるんだけどね、もうほとんど話も纏まってるんだよ。でもそうだな、日本に支社を構える時にはオフィス物件の紹介をお願いするかもしれないよ!」

例えるならば袈裟懸けに一太刀、そんなところだろうか。

オリバーは慧介のマウントを軽く乗り換えし、まるで瑣末事であるかのように笑った。

弓月は思う。

この人一体、どれだけ稼いでいるんだろう。

専属の秘書をつけて日本まで来て生活基盤を築き、今住んでいるマンションだって相当な所だ。

父親は貿易業で相当財を築いているということらしいが、オリバー自身は親に関係なく自由にやっているそうだから、多分自力で相当稼いでいるはずだ。

弓月自身、あまりそういうのは興味がなかったためオリバーの会社について調べたことは無かったけれど、クラスメイトの女子達が「天才企業家特集で取材されてた!」とか騒いでいたから、結構大きな会社になっているのかもしれない。


オリバーには何のダメージもないと認識した慧介はわずかに面白くなさそうな表情を浮かべ、弓月に向き直った。

「8月のパーティ、同行してくれよ。ドレスはこっちで用意するから」

「だから、合宿あるから無理って言ったでしょ。ほかの人に頼んで」

「合宿?休めばいいじゃないか。俺と合宿とどっちが重要なんだよ」

「……あのね、国体前だから外せない合宿なの」

「そう言ってこの間も断ってきたじゃないか」

「……とにかく行けない」

そんなやりとりをする2人を、オリバーは黙って見ていた。


「……大丈夫?」

早々に食事を終わらせ逃げるように食堂を出た弓月を追いかけたオリバーは、そう問いかける。

弓月は少し躊躇った後で、渋々といったように口を開いた。

「……ただの腐れ縁なんだけど……ちょっと知られたくない事を知られているというか。……俺、舞台では女性役やってるでしょ。それもあって、パートナーとしてパーティに付き合わされることがあって……」

「弓月は行きたくないんでしょ?」

「まあね……断ると「人に知られたくない事」をバラすぞって言われちゃって」

「なるほど」

「まあ、断るけど。今後は付き合い方も考えないとね……」

ため息を着く弓月の肩に、オリバーはそっと触れた。

「俺が協力できることがあったら言って」

無理に聞き出そうとしない、必要な時に必要なだけ踏み込んでくれる。

そんな距離のとり方が心地いい。

「……ありがと」

肩に触れた彼の手の温度が、とても暖かく思えた。

ところで、とオリバーは続ける。

「合宿って何?八月?」

「ああ……そっか、オリバーいない時に言われたんだった。八月の三週目に強化合宿があるんだよね。場所が軽井沢の総合体育館なんだけど。ほら、この日とこの日、二日間。行けそう?」

聞かれて、オリバーはスケジュールを確認した。

「……その週なら大丈夫だよ。俺も呼ばれてるパーティがあるけど……丁度場所が軽井沢なんだ。合宿の次の日だから、そのまま行こうかな」

「相変わらず忙しい……」

苦笑いする弓月を、オリバーはじっと見つめる。

その表情には、僅かな逡巡。何か言いたいことがあるのかと弓月が目で促すと、オリバーは、もしよかったらだけど、と切り出した。

「……弓月も一緒にどうかな。俺の友人の親がホテルの支配人でさ。今回のパーティは新館のお披露目会みたいなものなんだけど、友達も一緒にどうぞって言われてるんだ」

突然のお誘い。弓月は一瞬固まって、そして苦笑いする。

「……いや、俺が行っても……」

「……無理にとは言わないけど……一緒に来てくれたら、俺が嬉しいんだ。もちろん、衣装はこちらで用意するからさ」

どうかな、とお伺いを立ててくるその声の優しさに、ふわりと胸が温まる。

慧介に誘われた時と違い、オリバーに誘われるとなぜか浮き足立った気分になる。

こんなふうに誘って貰えるなら、きっと気分よく了承するし、慧介へのイメージだって多少マシになるんだろうに。

ついでなら、いいか。

そう思った弓月が「ならいいよ」と答えると、オリバーはやはりとても嬉しそうに笑うのだった。





八月。今年のインターハイはまたしても準優勝。積年の目標となっている優勝は例年通り惜しくも達成成らずだったが、残るは国体となった剣道部は強化合宿のために軽井沢の総合体育館に来ていた。

「おお、来たな弓月ちゃん」

「あ、インハイぶり」

今回の合宿は、実力の高い高校が数校集まって行う合同稽古だ。先に来ていた春永高校剣道部の副主将、南条神楽が声をかけてきた。

「その人が新入部員?」

「そう。元々はフェンシングやってたんだけど、結構筋が良くて……初めて半年くらいだけど、もう勝てるようになってる」

「へえ……」

神楽は、オリバーをじっと見つめてきた。

身長は、オリバーと同じくらい。日本人にしては相当背が高い方だろう。

目鼻立ちが完全に整っていて、少し人間離れしているような気がするのは、腰まである長髪が嫌に様になっているせいかもしれない。

「オリバー・アルバート・トールキン。イギリスから来たんだ。よろしく」

挨拶で握手を求めてしまうのは、海外育ちゆえの癖だ。日本ではあまりしないと知ったのはこっちで暮らすようになってからだが、長いことしてきた習慣はなかなか抜けない。

インターハイは丁度仕事が入ってしまったので行けなかったが、ネット配信は見ていた。

決勝戦で見た神楽と弓月の試合は見応えがあって、剣道初心者のオリバーでもその凄さが分かるほどだった。現場で生で見たかった、そう悔しく思ったのは記憶に新しい。

神楽は差し出されたオリバーの手を素直に握り、そしてふと破顔する。

「……これはまた、見事な王子様に好かれたもんだな、弓月ちゃん。俺は南条神楽だ、よろしく」

「ほらね、みんなが「王子様」って呼ぶ理由わかるでしょ」

多分、オリバーのいない所で色々話していたんだろう。けれど神楽は意味深に笑ってみせた。

「前にも話したけど、神楽君は今年のインハイ優勝者。去年の国体でも優勝してるから相当強いし、あとで相手して貰ったらいいよ。……あと、神社の息子さんなせいか霊感めっちゃ強い人だから、オリバーが持ってる幽霊屋敷見てもらったら?」

「神社……霊感……?ああ、psychicer?それは面白いな、ぜひ見てもらおうかな!」

オリバーは現実主義者だ。たしかに幽霊物件は持っているが、いつか科学で解明されるだろうと思っている。

が、そういうものがあるのも楽しいから受け入れていた。実際、イギリスでは幽霊付き屋敷は長い歴史の証明書のようなもので、なかなかに人気が高い。

「信じてないだろ?じゃあなにか君の隠し事を当ててみようか」

「占いみたいなものかい?隠し事か、まあ無いわけじゃないけど……なにかな」

占いなんてものは統計学みたいなものだ。それを前提としていたオリバーは、次の神楽が囁いた言葉にガッチリと固まった。

「そうだなぁ……君の上にいるのは九十人くらいかな?"王子様"」

意地の悪い笑み。どう?という表情をされたオリバーは、寒気というものを初めて感じた。

「……その言葉がもし、俺の思うものなんだとしたら……オフレコにしておいてくれ。色々面倒なんだ」

あまり、弓月にも聞かせたくない。さりげなく当たりを確認して小声で返すと、神楽はにやりと笑い、軽く肩を竦めた。

「はは、わかってるよ!…そんなわけだからまあ、よろしく」

この男は、あまり敵に回したくない。オリバーはなんとなくそう思う。

この一回の接触だけで神楽という男のことを全て知れた訳では無いけれど、この手の直感は信じた方がいいのだ。

「オリバー、早く着替えないと」

「あ、うん。……じゃあまた後で」

こそこそ話をしている2人に痺れを切らした弓月が声をかけたことで、その場は一旦お開きとなった。


道着袴を着た外人に、他校の生徒達がちらちらとこちらを見てくる。

そりゃそうだ。だってオリバーは見た目完璧に王子様だもん、と、弓月は思う。

普段は笑顔も爽やかで明るくて、行動も発言もスマートで、そして紳士で。

あの雨の日以来、オリバーのいい所ばかり目がいってしまって、弓月はどうも落ち着かない毎日を過ごしているのだ。

だがしかし。

「……強すぎだろう、あれは……」

「まあ、粘った方じゃない?」

一日最後の試合稽古が終わって、オリバーは珍しく呼吸を乱していた。

試合で神楽に手合わせを頼んだものの、コート中を引っ張り回されて無駄に体力を消耗させられてしまった。わざと隙を作って何本か打ち込ませてくれるあたり、弓月の方がまだ優しいと思う。

「少しは上達したと思ったけど、全国レベルにはまったく歯が立たないな。……ていうか弓月も俺であそんでるもんね、いつも」

「そりゃ、始めたばかりの素人相手に本気出したら可哀想だし……」

「……いつか必ず一本とるからね……」

えへへ、と笑う弓月は、可愛いやらなにやら。勝てない悔しさ以上に、愛しさが募る。

それにしても、と、オリバーは思う。

目の前で、弓月と神楽の本気の試合を見た。

身長差は16cm、体格差だけなら明らかに力負けするだろう。けれど弓月の身軽さはまるで舞でも見ているかのようで、パワーが足りない部分は柔軟さで補っているようだった。見れば見るほど引き込まれていく試合。他校の部員達も、自分達の試合を止めてまで2人の試合に見入っていた。だって、実質全国トップクラスの選手同士のぶつかり合いだ。見逃したら次に見られるのは半年先か1年先か。

延長戦で一本取られてしまったけれど、オリバーは弓月の試合が好きだ。

まったく無駄のない動き、鋭い一太刀に、自分が普段いかに手加減してもらっていたかを知る。フェンシングではそこそこの実力があると自負してはいるけれど、弓月と神楽の試合を見てしまうと、まだまだだなと心を新たにしたほどだ。

「弓月の剣は本当に綺麗だ。君の心をそのまま映し出しているように感じる。いつか、君の全力の試合の相手が出来るようになりたい。君のとなりに肩を並べて立てるように」

「……またそんなこと言って……」

「本気だよ」

たとえば挨拶などで並ぶ時、基本的には運営(主将、部長など)、レギュラー、以下学年、入部順だ。

弓月の隣に名実ともに並ぶには、オリバーが急激に腕を上げてレギュラーのトップをむしり取るか、部の運営に入り込むかだ。

けれどいずれも実力次第。どちらにせよ、今よりもっと強くならなければ、弓月の隣には立てないのだ。

二日間、みっちり稽古をした。流石の弓月もくたくたになっていたし、割と鍛えている方だと思っていたオリバーも、正直最後の方は立っているのもしんどかった。

弓月に言わせれば、初めての強化合宿で、最後まで参加して「しんどい」で済んでいるなら上出来ということだけれど。

一年に至っては途中でダウンする部員もいて、まだまだ体力作りからやらないとね、なんて言っている弓月を、後輩達は鬼でも見るかのような目で見る。


「香井とオリバーは別で帰るんだったか」

「明日行かなければならないパーティがあるので、弓月にも同行を頼んでいるんですよ。一人で参加はやっぱり寂しいので…」

「世界が違うなあ」

主将、苅田の問いかけに答えるオリバーは、にこりと品良く笑ってみせる。

さっきまで散々扱かれまくってヘトヘトになっていたのに、もうそんな姿は微塵も感じさせないこの男。元々の地力があるのだろうが、外に向けた顔の強固さは、弓月とどっこいどっこいだなと思う。

その隣では、弓月も当然、涼しい顔をしている。

最近この2人は随分と仲がいいが、そういうところが限りなく似ているんじゃなかろうか。


ロータリーに迎えに来たバスの向こうに見える、白のベンツ。執事らしき初老の男性がオリバーと弓月の荷物を受け取っているのを見て、苅田は本当にあんな世界があるのかと心底感嘆した。

苅田自身もそこそこの家の出だが、執事やメイドを雇えるほどでは無い。

実際、弓月の家の方が格としてはずっと上だが、弓月はそういうものでの順位付けをあまり好まないので、普通の先輩後輩としてやってきていた。

だが、おそらくオリバーはさらに上だ。海外のことはよく知らないが、なんとなくそんな雰囲気を感じる。

彼はこの部活に入ってきてから、不思議と部員達の信頼を勝ちえている。

たまたま他の部活と活動場所が被って揉めてしまったときも、なぜかオリバーが間に入ってうまくまとめてしまっていたり、稽古とトレーニングのバランスについての発言も、非常に的を得ているのだ。

剣の腕はまだまだ、だが、組織運営、人の動かし方という点においては、おそらく彼の右に出るものはないと思う。

話を聞く限り、長くこの学園に留まるつもりらしいし、それなりの立場を任せてもいいのでは無いだろうか。多分、他の部員達も納得するだろう。

なにより、穏やかなようで気難しい弓月を側で支えられるのは、あの男しかいないのではないか。そう思ってしまうのだ。


***


「ねえ、こんなにいい部屋、大丈夫なの」

前泊すると聞いて連れてこられたホテルは、明日開館するホテルの本館にあたる。

「エグゼクティブの部屋だから、スイートほどの広さはないよ?」

「いや……うん、そうなんだろうけど……」

それでも、誘われて来た立場の弓月としては、なんだか申し訳ない気もするのだ。

「俺がお願いして来てもらったんだから、弓月は気にしなくていいんだよ。……疲れただろう?今日は美味しいものを食べてゆっくり休もう」

オリバーにそう言われると、なんだか気が緩む。

弓月は広いベッドにぽすりと腰を落とすと、そのままぱたりと倒れ込んだ。

「……疲れた」

「俺も」

隣のベッドに同じように倒れ込んだオリバーは、弓月に柔らかく微笑む。

あの笑顔が好きだ。そんなに離れたところに居ないで、隣に来てくれたらいいのに。

そう思ってしまい、弓月ははっとした。

(俺、今何を)

今まで誰にも、こんなに心を揺さぶられたことはない。こんなにも、側にいたい、触れて欲しいと思った人はいない。

(どうしよう……俺。いつの間にかオリバーのこと、こんなに好きになってたんだ)

いや。気がついていないわけではなかった。本当は見ぬふりをしていただけ。頑なな自分を壊したくなくて、意識して拒否していただけ。

けれど、多分もう無理だ。

次に好きだと言われたら、気持ちが溢れてしまいそう。

「……少し、仮眠していい?」

「もちろん。俺もなんだか眠いや」

起きた時には、この胸のざわめきが収まっていますように。弓月はそう願いながらそっと目を閉じた。

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