させた疑いっていうけど

浅賀ソルト

させた疑いっていうけど

子供の泣き声が好きな人なんていないだろう。俺も嫌いだ。聞いているとイライラして腹が立ってくる。慣れてくると泣きそうになる雰囲気が泣く前から分かるようになるので泣く前に泣くなと言って引っ叩くこともある。それで泣き声を聞かなくて済むと分かってからは予防もするようになった。

予防は効果的で、起きて部屋に出たら最初に「泣くなよ」と言っておく。子供はびくっとしてこちらを怖がる。顔を見るたびに言うようにしておけば俺の前では泣かない。

それでも泣き始めると美紀(みのり)が抱えて外に出る。最近は夜でも暑いので着替える必要がないのはいいことだ。冬だとコートだのマフラーだのを着てから外に出るので、準備中に泣かれることがあった。泣いてるガキを美紀と一緒に外に出し、コートとマフラーも放り出す。外に出てから着れば効率がいいのに、なんで着てから出ようとするんだよ。それじゃ泣き声がこっちに聞こえてイライラするだろ。

冬の話はどうでもいい。夏は楽だ。サンダルだけ履かせて外に出せば快適に寝れる。

まだこっちが寝る前に入ってこようとすると玄関の音がうるさいので最近は鍵をかけて完全に締め出すようにした。というのも、分かると思うけど、何回かやってくると家に入ってくるときのカチャという音を耳をすませて待つようになり、完全にそれ待ちでベッドで待機するようになった。俺だって怒りたくて怒っているわけではないのだ。だがそうやって玄関の音を待っていると、待ってましたとばかりにベッドから飛び起きてとにかく大声で怒鳴り、とりあえず息が切れてふーと深呼吸するところまでがセットになってしまう。ベッドで、いつ玄関がカチャっと音を出すかを今か今かと待ってしまうし、第一声の怒鳴り声のための発声練習をイメージトレーニングしてしまう。

第一声は最初はまだ寝てねえだったが、いつのまにか何回言えば分かるんだとかうるせえとか戻ってくんなとかになり、最近はうおおおおと本当にただ吠えるだけになってしまった。怒りたくないと言ったが、この吠える瞬間は溜まっていたストレスが消えるので気分はいい。

なんの話だったっけ? そうそう。風呂の話だ。

子供も三歳になると風呂も自分でできるようになる。俺は尚平——しょうへいだけど大谷翔平とは関係ない——を風呂に入れて、ちょっと時間ができて外で半分裸のままスマホをいじっていたんだ。気がついたらずいぶん時間が経っていて、何も音がしないことに気づいた。

バスルームの扉を開けると浴槽に尚平が浮かんでいた。

シャワーだけでよかったんだが、美紀は必ずお湯につかろうとする。俺が入ったときはその湯が残ったままだった。美紀が抜いておけばよかったんだが、まあ、洗濯にも使うからそんなことは無理か。もったいないし。それを美紀のせいにするのは残酷ってもんだ。もちろん、美紀もシャワーだけで済ませていればこんな事故は起こらなかったんだが。

あまり思い出せないが、正直なところを言うと、すぐに思ったのは、これは俺のせいにされるということだ。すぐに救急車を呼べばよかったのにとあとから言われたが、もう死んでいるのは分かったし、死んでいたら救急車を呼んでも無駄だ。死んだ尚平をどうするかを考えた。

なんか色々考えようとしたがうまくまとまらなかったのでとりあえずいったん煙草を吸いに外に出て、そこで煙を吐きながらどこをどうすればいいかを考えて、子供がふざけていて風呂のフチから落ちましたとか最初に考えたんだったかな? そんなことをまとめているうちに家の中から美紀の悲鳴が聞こえたっていうわけだ。

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