第7話
目が覚めたら、日が暮れかかっていた。ヤバイ、仕事行かないと……と思ったが、そう言えば今日は定休日だった。朝早くに起きたせいで、こんな時間まで眠り込んでしまったようだ。〈シュウ〉からの電話で安心したからかも知れない。
そう言えば今日は一度も外に出ていないと思い、夕飯の買い出しも兼ねてコンビニでも行こうかと、スウェットのままで松葉杖を取った。財布と携帯電話だけをポケットに突っ込んで、なんとかうまく階段を下りる。なかなか要領が良くなってきた。雨さえ降らなければ、案外スムーズに昇降できるようだ。幸いにして、明日も晴れそうだし。
日が暮れてくると、裏起毛のスウェットに上着を羽織っても寒い。しかし、松葉杖を突いて外を歩くと、コンビニに着く前に汗ばんできた。結んでいない後ろ髪が首筋に張り付いてくる。
春日は馴染みのコンビニで弁当と栄養ドリンクを含め、最低限の買い物をした。松葉杖で両手が塞がっているので、大量の重い荷物は運べないのだ。500mlのペットボトルを二本買っただけで辛い。それでも買い物を済ませてなんとか帰宅し、弁当を温めて食べた。
普段〈シエスタ〉にいる時は、まかないという程ではないものの、マスターが何か食べるものを用意してくれる。もともと少食な春日だったので、朝食抜き、昼はカップ麺という生活でもまったく構わなかった。ただ、環にはよく「ちゃんと栄養付けないとだよぉ」と言われる。身長のわりに細いし、筋肉もそれ程ないので、一見華奢に見えてしまうのは自分でも嫌だったが、食生活を変えるよりも、筋肉を付ける方が楽そうに感じた。
松葉杖を使うようになってからそう日は経っていないのだが、何となく二の腕に筋肉が付いた気がするのは楽天的な思い込みだろうか。
環に連絡して、2Lの水を数本買って来てもらおうかと思ったが、春日より華奢そうな彼女にそんな雑用を押し付けるのも気が引ける。普段は箱買いする水も、最近持ち帰れないせいで残りが寂しい。今時なら、ネット注文すれば翌日に配達されるのだが、パソコンも持たず、スマホも通信料を減らして最小限のプランにしているため、春日は年齢のわりにそちらの方には案外疎かった。
どうしても困ったら、マスターに言えば水の一本くらいくれるのだが、なるべく他人に迷惑をかけずに生きてきた、そしてこれからもそう生きていきたい春日は、それを躊躇ってしまう。代わりに店が終わる頃に、少しのアルコールとたらふくの水を飲んで帰るのだ。
片足にヒビが入っただけで、普通の生活がこんなにも大変なのがよくわかる。病院代もばかにならないし、せめてギプスが外れるまでは、この不自由な生活を続けなければならないのかと思うと、さすがの春日もやや気が滅入った。
しかし明日はリハビリの後、〈シュウ〉に会えるのだ。楽しみを優先的に脳裏に描き、春日はいつになく高揚していた。
これまで春日の渡すメモに連絡をくれた誰に会う時も、それなりに気持ちが昂ぶって緊張もしていたが、なんだか今回の恋愛は、これまでの誰よりも本気なのかも知れない。やたらと「拒否されたらどうしよう」という不安がつきまとう。〈シュウ〉に拒否されたら、なんとなく春日史上最大のダメージを浴びそうな気がした。環に玉砕した時もかなりショックは大きかったが、今回はその比ではないようだ。
環は見た目が女なのに、「オトモダチから」と言われても癇に障ったりはしなかった。しかし男にそう言われたら、多分不快な思いをするだろう。中途半端は嫌いな春日だったので、「男ならハッキリしろよ!」と感じてしまうのかも知れない。多分「オトモダチ」と言われた時点で恋心は冷める。
しかし〈シュウ〉だったらどうだろう。ちゃんと「オトモダチ」から始めて、なんとか振り向かせようとするかも知れない。どんな手段を使ってでも落としたいと思うだろう。
春日は食べ終えた弁当の容器を洗って資源ごみの袋に入れ、また布団に寝転がった。食べてすぐに寝ると太ると言うが、それで体重が増えるなら大歓迎である。しかし体質なのか、春日は食っちゃ寝の牛のような生活を送っていても、まったく太らない。まぁ、食べるものを食べていないので当たり前なのだろうが。
昼間に考えていた洋服のコーディネートは、結局諦めるしかなかった。ギプスを付けている時点でジーンズに足が通らないし、上半身だけキメても逆にセンスがない。二度もスウェット姿を見られているのだし、もし付き合うようになったなら、存分に小洒落たスタイルをして〈シュウ〉を驚かせてやろう、という考えに落ち着いた。
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