第161話 ただ金のために

 ローグランド王国の国境付近に存在する廃村に、奇妙な館がある。

 朽ちた建物しかない廃村の中で、その館だけが綺麗に、今尚当時のまま存在している。

 その主なき館の客間には、眼鏡をかけた青年が一人。


 魔王復活教幹部、ラゼンテル・ラディロンゾルがソファーに腰掛けていた。


 落ち着かない様子で、指で膝をトントン叩いている。


 そこへ、顔色の悪い男が現れた。

 場違いなほどかっちりとしたビジネススーツ風の装いにオールバックの髪。


 55という年齢を感じさせない長身とスラッと伸びた背筋。


 そして人間離れした眼圧。


 知らない者が見ればこいつの方が魔族なのでは? と思うほどの威圧感を放つその男の名はゼグリス・ロワール。


 商業ギルド『ロワールの会』の会長にしてイブリスの義父である。

 彼はラゼンテルの正面にドカっと豪快に座る。

 そして、口を開いた。


「金は持ってきたんだろうな?」


 戦闘力はほぼ皆無のはずのゼグリス相手に、ラゼンテルは少し怯みながらも頷いた。

 そして、足下のトランクをテーブルに乗せ、開く。


「二億ゴールドある。こちらにサインをすればこの金は君のものだが……」

「そう急かすな。わかっている。ほれ、約束のブツだ」


 ゼグリスが指を鳴らすと、テーブルの上に人形が置かれた。

 それは、イブリスが持っていたのと同じ、デッサン人形のような魔道具。


「ほう……これが」

「【ゲノムアクター】。我が義娘むすめと魔族の魔法技術の提供でなんとか完成させることができた」

「素晴らしい……」

「感謝しろ。これを完成させるために俺は可愛い義娘を騙すようなことまでしたんだからな。ああ、胸が痛んで仕方がなかったぞ」


 さしてそう思ってなさそうな口調でゼグリスは言った。


「テスト機で実験もさせたが、問題なし。『見た目はコピー元と一緒』『記憶もコピー元と一緒』『人格はなし』『食事から魔力を生成しほぼ無限に稼働』『外部から停止方法はなし』だ。あ、命令は聞かないが問題なかったよな?」


「ああ。そこは我々でなんとかする」


「そうか。では金は受け取った。ブツは渡した。取引終了だ。俺はこれで失礼する」


 受け取ったスーツケースをアイテムボックスに収納したゼグリスは立ち上がる。


「待て」


 そんな彼を、ラゼンテルは引き止めた。


「ゼグリス・ロワール。君は私がこのゲノムアクターを使って何をしようとしているのか……気づいているんだろう?」

「まぁ概ねの想像はつく」

「鋭いな」

「貴様の持ってきた要望書が具体的すぎる。使用目的が想像できるレベルでな。これからはもっと上手くやるといい」

「アドバイスとは余裕だな。狙いに気づいているならなぜ作った? 君たち人間を危機的状況に追い込む可能性だってあるんだぞ?」

「金だ。俺は金さえ貰えればなんでも作る」

「金……それだけか?」


 ラゼンテルは驚き、軽蔑の眼差しを向ける。

 しかしゼグリスは悪びれない。


「なんだそのゴミを見るような目は。お前たちだって情弱を言いくるめて、宗教というビジネススタイルで大金を稼いでいるじゃないか」


「私たちの魔王復活教は君たち人間の宗教とは違う。この混沌とした世界を立て直すには、魔王さまによる支配が必要だ。そして……」


 ラゼンテルはみがわり人形――ゲノムアクターを手に取る。


「君の作ったこのアイテムこそが魔王さま復活の鍵となる。君は後悔することになるだろう。このアイテムのせいで多くの人間たちが死ぬことになる」


「知るかそんなこと。お前がそれを使って何をしようと俺には責任はない。人が包丁で刺されたとして、包丁を作った職人が裁かれるか? そんなことはないだろう? 俺は無関係だ」


「呆れた男だな」


「寧ろ、貴様らは早く魔王を復活させろ。そして戦争をしろ。そうすれば武器がもっと売れる。俺はもっと儲かる。素晴らしいじゃないか」


「金。金。金。そればかりか。案外、つまらない男だな君は。いくら金を手に入れても、幸せなんて掴むことはできない」


 魔族の青年、ラゼンテルはそう言った。

 そんな彼を、ゼグリスは鼻で笑った。


「青いな魔族の若造。金は幸せを手に入れるためのものじゃない。不幸をなくすためのものだ。俺は金の力で不幸をなくしてきた。貨幣という概念が生まれてから今日、人間のありとあらゆる不幸は金がないから起きるものだ。覚えておけ」


 そう言って、ゼグリスは去って行った。

 客室に一人残されたラゼンテルは疲れたようにため息をついた。


「人間とは実に複雑な生き物だ。だが……ようやく手に入れたぞ」


 ラゼンテルはゲノムアクターを手に取る。


「魔王様復活まで……あと少しだ」


 そして、静かに笑うのだった。


 ***


 ***


 ***


 屋敷を出たラゼンテルは、廃村の外までやってきた。

 そこには召喚術を扱える腹心が鳥の召喚獣ガルーダと共に待っていた。


「待たせたな」

「お早いお帰りで」

「よし、ではさっさと王都に戻るぞ」

「へい」


 ガルーダが飛び立つと、あっと言う間に廃村が見えなくなっていく。


「しかし旦那。よかったんですかい?」

「何がだ?」

「あのみがわり人形……お嬢の実験ログを見る限りじゃ、全然仕様通りの仕上がりじゃなかったじゃないすか」


 ラゼンテルからもたらされた二つの魔法を元に、基礎設計を作ったのは元技術者のゼグリスだった。

 いくら天才のイブリスが手伝ったとはいえ、元の設計に間違いがあれば、思い通りのものはできない。

 結果、英雄の息子レオンを模した実験機は散々な結果となってしまった。


「改善が済むまで待ってもらったほうがよかったんじゃ」

天才少女イブリスが組み上げたものを俺の腕で直せるものか。それに今回の取引相手は魔族だ。そこまで真摯に付き合う必要はない。適当でいいんだよ。適当な、それっぽい何かで。どうせクレームなんてつけようがないんだからな」

「へへ。違いない」

「俺たち人間が、敵である魔族相手にまともな商売なんてする訳がない。ラゼンテルとか言ったか……。あんなのが今のボスでは……魔族の栄華もいよいよ終わりだな」


 ゲームのレオンと化したり、コントロールが効かなくなったり。

 イブリスの想定外の動きをした今回のみがわり人形騒動。


 リュクスは設計思想にイブリスの狙いとは違った真の目的があるのではと睨んだ。


 だが実際はもっと醜悪で最悪なものだった。


 イブリスの発明を初めて見た瞬間から……ゼグリス・ロワールの職人魂は砕けて消えていた。

 職人としての誇りをすでに失っていたゼグリスの真意。それっぽいものが出来上がれば売って金にする。

 そんなプライドのカケラもない、あんまりな真相を見抜くことはできなかった。


 リュクスも。イブリスも。そしてラゼンテルも。


 ラゼンテルはみがわり人形改めゲノムアクターが魔王復活のための鍵になると言った。

 だがそれは、彼の望んだスペックのものができていればの話である。


 魔王復活教の執念と。汚い大人の悪意が生み出したアイテム【ゲノムアクター】は物語を次のステージへと運んでいく。



***

***

***

あとがき


魔族の青年は人間で言うと二十歳くらいを想定しています。

魔族の運命を背負うには若すぎますね。

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