第139話 超越者
次で最後……一体どんな姿に……。
「あ……あれは」
輝きの中から姿を表したのは、人間の子供だった。
性別を感じさせない中性的な見た目をした子供が、大仏様のポーズで座っている。
「まったくビビらせてくれちゃって……ねぇリュクス? 今までで一番弱そうだよ」
「あ……ああ。そうだな」
楽勝そうではある。
ここまで常に驚異として立ちはだかってきたモノゾイドメタルの装甲はなく。
さらに目の前の少年は俺たちに対してあまりにも無防備だった。
「私がやるよ」
剣構えたクレアが一瞬で敵に距離を詰め剣を振りかぶる。
「さぁ、これでダンジョンクリアだ――っ!?」
だがその剣を敵に振り降ろすことなく、慌てて距離を取った。
「どうしたんだクレア!?」
「何かされたのですか?」
「いや……」
困惑した様子のクレアは口に手を当てて、何か言葉を紡いでいる。
「アイツを切ろうとした瞬間なんだけど……まったく切れるイメージが沸かなかった。無防備なはずなのに……隙が無いというか。いや違う。隙しかない?」
「はぁ?」
「いやそう言いたくなる気持ちはわかるんだけど……何故だろう。私はあの子供に勝てる気がしない……」
「なんだよそれ」
「けどクレアがそう言うんだ。あの子供には何かあるんだろう」
とはいえ、あの子供から敵意は感じない。
俺は近づくと、子供は目を閉じたまま口を開いた。
『どうした俗人どもよ』
なんだこのガキ……妙に迫力があるな。
待て、油断するな。
こんな見た目だがダンジョンボスの最終形態だぞ。
「えっと……何故あなたは座っているのでしょうか? あなたはダンジョンボスで、さっきまで侵入者である俺たちと戦っていた訳で」
俺が問うと、子供はため息をついた。
『やれやれ人間とは何故こうも争いが好きなのか』
「知らねーよ先に仕掛けてくるのはお前等だろ」
後ろでレオンがキレているが、俺は子供の言葉を待つ。
『私が戦わない理由だったな。そうだな……敢えて言うなら……戦いの中に私が求める
「真理……か」
なるほど。この問答で俺は理解した。
この少年……いや、ここのボスは……。
「ちょっと……どういうことなのよリュクス」
「何かわかったのですか?」
「ああ。ここのボスは……」
「ここのボスは?」
「頭が良くなりすぎて戦いとかどうでもよくなってしまったんだー!」
「「「なんだってー!?」」」
驚愕の声をあげるレオンたち。
「た、確かに得体の知れない感じはあるけど、さっきまでの強さは微塵も感じないね」
「ああ。おそらく魔法を使えば一発で倒せるだろう」
今まで科学文明を象徴する姿をとりながらこちらの戦いに対応してきたクロニクルの名を冠したボスたち。
そいつは最後の最後に頭の良さに極振りした進化を遂げたことで、あんな風に悟りを開いたみたいになってしまったのだろう。
人間の子供の姿をしているのは技術的にはバイオ生命体というところか。
「ふ~ん。だったらそのまま倒してダンジョンクリアと行こうよ」
レオンが子供の首筋に剣をあてがう。
「何か言い残すことはある?」
『ない。対話ではなく暴力ですべてを解決しようとする貴様等に、最早私は語る言葉を持たない』
「ぐっ……な、なんか負けた気になるんだけどぉ……」
『お前達が私を殺したいと思っているのも十分理解している。だが私が求めるのは対話だ。お前たちが武器を置いて、対等な立場として私の前に座るなら、私も対話に応じよう』
珍しく言い負かされたのが効いたのか、レオンがぐぬぬと顔を歪めている。
そして、剣を引っ込めるとトボトボこちらに帰ってきた。
「なんかやりづらい」
「わかる」
なんというか、確かに「楽勝じゃんラッキー!」って感じではあるのだが。
「例えボスモンスターとはいえ、あんな無抵抗なのを殺したら、なんかこっちが人として終わっている感じになるというか……」
「今までとはまったく違うベクトルの強敵ね……」
「でもどうしよう? 素材アイテムを貰えるように説き伏せるしかないのかな?」
ううむ。
俺とレオン、そしてリィラ、エリザ、クレアが相談し始めた時だった。
「えい!」
いつの間にかビームガンを握っていたイブリスが、何のためらいもなく子供に向かって引き金を引いた。
『――ふっ……愚か。お前たち人間や魔族は、そうやってずっと……戦い続けているがいい。だがきっと後か――ッ』
そして何かを言いかけていた子供に追加の一撃。イブリスは見事なヘッドショットで子供の頭を粉砕した。
子供は光の粒子となって消滅し、周囲に素材を撒き散らした。
「やったやったー! ようやく自分も活躍できましたー! ってあれ?」
俺たちからの視線に気づいたのか、イブリスが固まった。
「ええと……自分、何かやっちゃいました?」
「い、いや……イブリスはボスモンスターを倒しただけだ。何も問題ない」
「で、ですよね! じゃあ自分、素材回収に向かいますね!」
スキップで素材回収に向かうイブリスを見送りながら、レオンがぽつりと呟いた。
「前々から思ってたけどあの女結構ヤベーヤツだよね」
「イブリスはなんというか……あれで意外と目的のために手段を選ばない人なんだよ」
「まぁ確かに……客観的に見ればモンスター相手に対話とかしようとしてたさっきまでのボクたちの方がおかしいのか」
レオンはそう言うが、自分たちを越える知性を感じる相手に、さらに敵意のない相手を武力で制圧するなんて真似はなかなかできない。
その辺、イブリスの空気の読めなさに完全に助けられた。
釈然としないもやもやは確かにあるが、そもそもダンジョン産のボスモンスターと対話なんてしようと思っていた俺たちがどこかおかしかったのだと。そう思ってやり過ごすしかないだろう。
「あった! ありましたよ!」
イブリスが赤黒く輝く玉を持っている。
おそらくあれが進化の宝珠なのだろう。
イブリスは胸ポケットから究極の呪縛札を取り出すと、早速作業を開始するようだった。
「おいおい。何もここで作業しなくても」
帰ってからでもいいんじゃないか?
「でもどうせならキメラさんをビックリさせてあげたいじゃないですか! 元の力を取り戻せるってなったら、きっと喜びますよ」
「元の力か……。見た目とかどうなるんだろうな」
「きっと可愛らしい美人さんになるのではないですか?」
「あはは! 私たちと同い年くらいの見た目になったりして」
俺とイブリスの会話に、リィラたちも混ざってきた。
どうやらイブリスの作業が気になるようだった。
「力を戻すって言っても、具体的にどうやって戻すのよ?」
「それはっすねぇ……それは……」
エリザの質問にイブリスは固まった。
「えっと……あれ? は……んん? あれ? どうやるんだっけ?」
「はぁ!?」
困惑するイブリスに呆れたような声をあげるエリザ。
「ち、ちょっと大丈夫なのアンタ?」
「あんまり……大丈夫じゃないかも……あれ? 進化の宝珠を手に入れてそれで……。え? それで……それで」
「だ、大丈夫なのかイブリス?」
「ちょっと尋常じゃないんだけど……」
イブリスの様子に、流石のレオンも心配している。
レオンだけじゃない。俺たち全員が言い知れぬ不安を抱いた。
キメラの約90%の力が封じられた究極の呪縛札を解析し、その力を解き放つ方法をイブリスは突き止めた。
その力をキメラに返すために進化の宝珠が必要だとイブリスは言った。
イブリスがその天才性によって見出したキメラ完全復活の為のルート。
だが進化の宝珠を手に入れた途端、頭の中にあったはずの手順が綺麗さっぱり消え去っていたというのだ。
「な、なんで? さっきまでは確かに……」
「少しは何か残ってないのか?」
「そうです。ヒントのようなものでも覚えていればそこから」
こんなことならイブリスから進化の宝珠入手後の手順も聞いておくんだった。
俺たちは「専門外」だからと、そのあたりのことをイブリスに任せきりにしていたのだ。
「駄目っす……何も……何も覚えてない……なんで……こんなこと今まで一度も」
イブリスの困惑は、やがて悲痛な叫びのようになっていく。
俺は今にも頭を掻き毟りそうなイブリスを安心させようと、肩に手を置いた。
「イブリス、一度地上に戻ろう」
「だね。ゆっくり休んで、それから考えよう」
「キメラの件は早急に解決すべきことじゃない。ゆっくり思い出してくれたらいいから」
「み、みなさん……。はい。キメラさんの力については、地上に戻ってゆっくりと」
『おひょひょひょひょ。その必要はない』
突如聞こえた、しわがれた老人の声に全員が警戒を強める。
この声……聞き覚えがある。
確か……。
「あっ」
その瞬間。
究極の呪縛札から老人の手が伸び出でて、進化の宝珠を鷲づかみ、再び札の中に戻っていった。
「あ……ああ!?」
思わず究極の呪縛札を手放し、震えるイブリス。
俺とレオン、クレアは宙に浮かんだ呪縛札に剣を構えた。
『うひょひょ。これじゃこれじゃ。この素材が欲しかったんじゃ。ようやった小娘』
歓喜する老人の声と共に、呪縛札から溢れるように肉が。肉がグログロと吹き上がってくる。
その肉は巨大な球体の形となって定着。そしてその球体の上には、屈強な老人の上半身が生えていた。
以前ピエールさんに変身して見せてもらった姿に似ている。
あれは間違いない。
「伝説の大魔族……トルルルリ・ピルプッケス」
「むひょひょ。ワシの名を知っているとは……感心じゃのう魔眼の」
キメラに食われ死んだはずの男が、何故か目の前に現れた。
***
***
***
あとがき
いよいよ長かった3章のラストバトル開幕です!
細々とした説明は次回…!
ちなみにボスの最終形態を銃殺したイブリスは操られていたとかではなく素です。
また、月替わりからか、ギフトをたくさん頂けました。いつもありがとうございます!
この場を借りて感謝を!
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