第129話 いざ新ダンジョンへ
探索メンバーとして選ばせてもらった6人には、昨夜の内に学園長から連絡が行っていた。
集合時間は朝の8時。
オリエンテーションを受ける他の生徒たちと重ならないよう、少し早めの出発となる。
ダンジョン入口の施設には出発10分前だというのに、すでに全員が集合していた。
俺、レオン、リィラ、クレア、エリザ、イブリスの6人。
そして……。
「だから、お前はついてきちゃ駄目だって言ってるだろ!」
「いくー! ぜったいいくのー!」
「駄目だ」
最初は「おみおくりしたい」と言っていたキメラが、自分もダンジョンに入りたいと駄々をこね始めたのだ。
「申し訳ありませんリュクスさま……もうキメラちゃん。さっきまであんなにいい子だったのに。どうしたの?」
「甘やかさなくていいよモルガ。泣いたらなんでも思い通りになるなんて思われても困る」
「キメラもいきたい。だんじょんいきたい。ぱぱつれてって」
「だから駄目だ」
「ばかあああ!」
泣いて叫びながらレオンに縋るキメラ。まるで「わかってくれるだろ?」みたいな態度だった。
「あのリュクスくん。可哀想だから連れて行ってあげてもいいのでは?」
「そうよ。私の側に居れば守れるし」
「こいつの心配をしてるんじゃない。コイツを連れていってみんなが危険になる可能性を考慮してる」
俺とリィラ、エリザが話していると、無言だったレオンがしゃがんでキメラの頭を撫でた。
「お前、足手まといだってさ」
「うわああああ。れおんのばかあああああ」
「ははっ。どっちみちそんな泣き虫は連れて行けないな~」
「そういうこと」
とはいえ、このまま暴れられても困る。
イブリスが自作だというおもちゃを取り出して渡してみるが、効果がなかった。
さてどうしようかと思っていると。
「君の考えていることはわかるよリュクスくん」
「プロテア・インザバース……」
「ダンジョンに興味はないけど、子守は任せて!」
「助かるよ」
チームからは外れてもらったプロテアだったが、元々そこまでダンジョンに感心はないらしく、あっさりと引き下がってくれた。
その上キメラの子守まで引き受けてくるなんて……。
「という訳でモルガ。キメラが暴れたらプロテアになんとかしてもらってくれ」
「助かります。私では抑えられませんから」
「ぱぱのばか……」
「ふふキメラちゃん。今日はお姉ちゃんと遊ぼうか」
「お、おまえは!?」
「筋肉の素晴らしさについて教えてあげるよ」
「きんにく?」
「まずは筋肉体操からはじめよう」
どこからともなく流れてくるBGM。
「よし、今のうちに出発しよう」
プロテアがキメラの気を引いている内に、俺たち6人は転移ゲートの方へ移動した。
***
ダンジョンにはいくつかの転移ゲートが設置されており、ライセンスカードにゲートを記録させることで、自由に行き来ができるようになる。
俺たちのライセンスカードは発行されていないが、入学前にこの国のダンジョンに潜っていたイブリスだけは、特例でカードを持っている。
もちろん先日倒したディープスパイダーのボス部屋にあった転移ゲートも記録してあるので、一気に移動。
今日はそこから探索を開始することができる。
「本当によかったんですか? キメちゃんを連れてこなくて」
「ちょっと可哀想でしたよね」
ボス部屋に転移してくると、リィラとイブリスがそう言った。
「いくら元があのキメラとは言っても、子供のように可愛がっている子を連れてきませんよ」
「それもそうですね」
リィラの疑問にエリザが答える。
リィラは納得したようだった。
だが俺の考えはちょっと違う。
「いや。別に可愛がっているから連れてこなかった訳じゃない。実際キメラなら新しいダンジョンでも活躍できるだけの強さはあると思う」
「リュクスの親馬鹿……ってほほえましい話ではないんだよね?」
そう問いかけてきたクレアに頷く。
「ならどうして……?」
「ダンジョンにはイレギュラーがつきものだ。突然ガリルエンデより強い魔物と遭遇する可能性もゼロじゃない」
このメンバーは、もしガリルエンデと同等かそれ以上のモンスターとイレギュラーな遭遇をしても全員で協力すれば生還できる。
それだけのメンバーを選んだつもりだ。
「そこにアイツが加わるとバランスが崩れる」
「バランス?」
「例えばリィラやエリザは、キメラがピンチになったら身を挺して助けに行きそうだ」
「リュクスくんは違うのですか?」
「できるだけ助けるけど……もしもの時は切り捨てると思う」
少なくともアイツをリィラやエリザ、クレアのようなヒロインたちの身の危険と天秤にかけるようなことはしない。
「親子ごっこで麻痺してるかもしれないけど、アイツは元々モンスターだからな」
「そう……ですね」
リィラが悲しそうに目を伏せる。
「ふふ。命の価値は平等じゃないからね。認めたくはないけど、そこに居る王女様とあのキメラを比べたら、優先されるべきは王女様だ」
一方のレオンは愉快そうだ。
そして、横に立つと俺の頭をわしわしと撫でる。
「だから連れてこなかったんだよね」
「な、なんのことだよ」
「シンプルな答えだよ。大事だから置いてきたんでしょ? ボクにはわかるよ」
「そんなんじゃねーし」
「悪ぶるなよリュクス~このこの」
「やめろって。ああもうせっかくセットした髪が」
しばらくやって満足したのか、俺から離れるとレオンは意地悪い笑みを浮かべる。
「君たちと天秤にかけたら、どんな命だって切り捨てる対象になる。そういう損切りをしたくないから連れてこなかったんだろ?」
「そうなのですか?」
リィラやエリザ、クレアの目線が俺に刺さる。
俺はしぶしぶ頷いた。
最悪の事態が起こった時、キメラがいればその選択を迫られることになる。
俺はそれを避けたかった。
もしもの時、切り捨てるのは俺自身でいい。
「まったく、素直じゃないわねアンタは」
エリザに言われた……。
「あはは。今はわからないかもしれないけど、リュクスの気持ちはいつかきっとキメラに伝わると思うよ」
「ああ、サンキューなクレア」
「でも、それならもうちょっと優しく言ってあげても良かったんじゃない?」
エリザが首を傾げる。
「父上も兄さんもアイツを甘やかしているし、俺ぐらいアイツに厳しくしてやらないと、駄目になる。泣けば、暴れれば自分のわがままが通るなんて考えの人間に成長して欲しくないからな」
例え本人に嫌われても、そういう方針を持った人間が近くには必要だろう。
少なくとも俺はそう思っている。
「リュクスくん……」
「うん? どうしたリィラ?」
「お父様にそっくりですね」
「え……」
リィラがにっこりと笑いながら言い放った一言に、何故か物凄いショックを受けた。
「え? えぇ!? なぜそんなに落ちこんでいるのです!?」
「はぁ……」
慌てるリィラに「わかってないなぁこれだから王女様は」とレオンが絡む。
「父親に似ているなんて言われて喜ぶ男子はいないんだよ」(レオン調べ)
「え……ですがグレム様は領民に慕われる立派な方で……」
「そういうことじゃないんだよなぁ」
リィラはガチ善意なんだろうけど、やっぱちょっとショックよな。
なんだろう、女の子はそういうのないんだろうか?
俺? 俺はショックだったよ。
父上のことが嫌いとかそういうのはないけど。
不思議とショックだった。
「ちょっと横になりてぇ」
「何言っているのよ。ほら、そろそろ新ダンジョンよ。シャキっとしなさい」
「はぁい」
エリザに背を叩かれ、気合いを入れ直す。
そして俺たちは、新ダンジョンへと足を踏み入れるのだった。
……。
今思えば。
全てが終わった今から思い返せば、不自然なほどに「ついていきたい」と言っていたキメラ。
かつてないほどのわがままは何かのサインだったのだろうか。
もしかすると、アイツはこれから起こる事件のことを。その予感をどこかで感じ取っていたのかもしれない。
***
***
***
あとがき
ちょっとやってみたかった不穏な感じの終わり方。
あんまり不評だったら変えるかも。
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