第126話 黒の聖女

「ぱぱげんきになってよかったね!」

「ああ。心配かけたな」


 オリエンテーション三日目。

 風邪を引いた俺は一日中寝込んでしまっていた。


 モルガと看病に来てくれたリィラのお陰で、なんとか半日程度で回復することができた。


 聞けばキメラはレオンやイブリスと親交を深めたようで、一安心だ。

 あとで何かしらお礼をしておかなくては。


 そしてその夜。

 俺はリハビリがてらに合宿所の周辺をキメラと一緒に散歩している。

 すると、暗闇に紛れるように街灯の当たらない部分を歩きながら近づいてくる女性がいた。

 喪服を思わせる、黒を基調とした戦闘服に黒く長い髪。


 切れ長の瞳と無表情さが冷たい印象を与えてくる女性だ。


 その女性は不躾にキメラの姿を観察すると、不快な何かに耐えるように顔を歪めた。


「貴様がキメラだな。ということはその横に居るのが……」

「リュクス・ゼルディア。一年です」

「だろうな。私の名はセレナ・セメタリア。周囲からは……」

「黒の聖女……ですよね?」

「知っているか。話が早い」


 ブレイズファンタジーのヒロインの一人、セレナ・セメタリア。


 5人のヒロインの中で唯一学年が一つ上で、主人公レオンとは模擬戦後に交流を開始することになる。


 ローグランド王国の国教であるエリュシオン教の聖女にしてテイマー。

 ……なのだが、代々聖女が契約してきた天使と契約することが出来ず、代わりに堕天使と契約したという異例の存在である。


 故に侮蔑と畏怖を込めて、黒の聖女と呼ばれている。


「新しいダンジョンの探索は終わったのですか?」

「ああ。完全クリアとはならなかったが、ランク付けは正確に行えたよ」

「ちなみにそれは聞いてもいいことでしょうか?」

「極秘だが……黙っていても君はこの後、学園長に聞きに行くんだろう?」

「ええ」


 当然だ。


「では私が秘匿する意味は何もない。あのダンジョンのランクはAとなるだろう」

「Aですか……」


 ということは推奨レベルは50以上ってところか。

 俺とレオンが居れば余裕かな。


「自分ならば……クリアできるとでも言いたげな顔をしているぞ」

「いえ、そんなことは」

「謙遜することはない。これほどのモンスターをテイムしたんだ。少なくとも私は、君の実力を疑うことはない。学園長が今後の調査を君に任せると言った時は正気を疑ったけどね」


 なるほど。

 ダンジョンからの帰還早々に俺の所にやってきたのはそういうことか。


 俺の実力を確かめに来たのだろう。


 そして、キメラを見て、そのキメラをテイムした俺の実力も認めてくれたというわけだ。


「君は魔眼の力で魔物を支配するようだね」

「ええ。呪われた悪しき力とはわかっているですが……力はただ力。ならば善悪を決めるのは使い方だと信じています」

「力はただ力か……。私も君の考えに賛成だ。私が従える堕天使たちも本来は悪しき力だからな」


 セレナは自嘲気味に笑った。


「おねえちゃんわらうとかわいいね!」

「……」


 少し卑屈ぽかったとはいえ、初めて俺たちの前で笑ったセレナだったが、キメラが話し掛けると再び真面目な表情に戻った。

 キメラが「え?」と表情を曇らせるが、俺は彼女がそうしなければならない理由を知っているので、敢えて黙っている。


「コホン。ところでリュクス・ゼルディア」

「はい」

「聞けば、君は魔眼で見た魔法をコピーできるそうじゃないか」

「コピーなんて大層なものじゃありません。でっち上げる……と言った方が正しいかと」

「謙虚だな……だが面白い表現だ。では今から面白いものを見せてやる。刮目せよ……というのも変な言い回しだが」


 セレナはそう言うと、手を天に掲げた。

 どうやら魔法を発動するようだ。俺は魔眼を起動する。


「よく見ていろ――コール! バッドメッセンジャー」


 上空に魔法陣が広がり、そこから一体のモンスターが喚び出される。

 無機質な図形を組み合わせたドローンのような黒いモンスターの名はバッドメッセンジャー。


 下級堕天使だ。

 だが、本題はこのモンスターではない。


「今の魔法は?」

「テイム状態にあるモンスターをワープさせてくる魔法だ。どうだ、ちゃんと見たか?」

「はい。しっかりとこの眼で」

「うん。ならばいい」

「うー?」


 俺とセレナの会話についてこられないキメラの目線がバッドメッセンジャーに移る。


 セレナはその目線から自らのモンスターを体で隠すようにすると、ちょんちょんとその背を叩く。


 すると、バッドメッセンジャーは再び魔法陣に囲われ姿を消した。


 どうやら元の場所に戻したようだ。


「さて、これで私の用は全て済んだ。私は学園に戻らせて貰うよ」

「今からですか!?」

「私も冗談だと思いたいが、公欠が使えるのが今日まででね。君は、明日にでも新しいダンジョンに挑戦するのか?」

「はい。学園長に許可を頂いてからにはなりますが……俺なりにメンバーを集めて挑戦してみようと思います」

「そうか。よい知らせを期待している」

「はい。それではお気をつけて」

「ああ」

「……」

「……」


 さよならしてから一分ほど。


 セレナが帰らない。


「う?」


 そしてセレナの視線がチラチラとキメラの方を向いている。

 なるほど。

 我慢するのかと思っていたが……我慢できなかったかぁ。


「その……セメタリア先輩。俺、向こうに行っているのでご自由にどうぞ」

「な……なんの話かな?」

「キメラと二人で話したいことがあるのでしょう?」

「わ、わかっているじゃないか」

「え? ぱぱなにをいっている?」

「いいかキメラ。数分でいいから、このお姉さんと遊んであげてくれ」

「えーいいけど」


 俺はニッコリ笑うと、少し離れたベンチの方へと向かう。

 俺が離れると、セレナはニヤっと笑う。


「き、キメラちゃん……尻尾、触ってもいい?」

「しっぽがさわりたいのか? いいよー」

「ありがとう……はぁモフモフ! 尻尾のモフモフ気持ちいいよぉ。くんくん」

「キメェ……」

「ありがとうございますありがとうございますぅ!!」

「うへぇ……」

「ねぇキメラちゃん。うちの子にならない? そしたら毎日モフモフさせてぇ!」

「かえれ」


 セレナ・セメタリアは強力な力を持った堕天使を従えることができるローグランド王国最強のテイマーである。


 だが彼女は堕天使しかテイムできない。


 そしてブレファンの堕天使は機械的なロボのようなデザインである。


 しかし、セレナは大のモフモフ好きなのだ。


 常にモフモフに飢えている。


「はすはす……はうううう。もうずっとここに住みたいよぉ~ねぇいいでしょうキメラちゃん~」

「キメェ」


 気持ち悪いだろうが耐えてくれキメラ。

 俺はヒロインが望むことはなるべく叶えてやりたい、そんなヤツなのだ。


***

***

***

あとがき


割と前から作品タイトル新しくしようと思っているけれど何もええ感じのが思いつかない……


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