第124話 ぱぱのしんゆう

「は? 風邪?」


 オリエンテーション三日目の朝。


 朝食をリュクスと食べようと部屋に向かっていたレオンは、メイドのモルガに引き止められた。


「風邪というか……少し発熱がありまして」

「それ大丈夫なの?」

「薬は私が持参しておりましたので、今日一日安静にしていれば大丈夫かと」

「熱か……可哀想だなぁ。よし。それじゃ今日は一日リュクスの側に居てあげようかな」


 風邪を引くと心細くなる。

 親友の具合が悪いなら側に居てあげようと思ったレオン。


「いえ、レオンさんにはキメラさんの面倒を見ていて欲しいのです」

「よっ!」


 モルガの後ろから、キメラがひょっこり顔を出した。


「え? いやボクはリュクスの方を……」

「そちらは私が。ふふ。風邪を引いた時のリュクスさま、ちょっと甘えん坊になってとっても可愛いんですよ?」

「え、何それ気になる。やっぱりリュクスのお世話がいいんだけど」

「いえ。あのリュクスさまをゼルディア以外の方にお見せするわけにはいきません」

「えぇ……ってかキメラの世話だったらあの王女さまの方がいいんじゃない?」


 リィラがキメラにかなり執着していたことを思い出したレオン。

 だが王女というワードを出した瞬間、キメラの顔が青ざめた。


「あいつなんかこわい」


(何をしたんだアイツは……この化け物をここまで恐れさせるなんて)


「リュクスさまのご指名なんですよ。今日一日、キメラさんの面倒を見て欲しいと」

「はぁ……わかったよ。その代わり、お礼はちゃんとしてもらうからって伝えておいて」

「はい」

「よろしくな! ……ああまて、れおん」

「置いていかれたくなかったら必死でついてきな」


 早歩きで進むレオンの後を、キメラがパタパタと追いかける。

 大丈夫かなぁと、モルガはその背を見送った。


 ***

 ***

 ***


 合宿所内に居ると王女と出くわしそうだったので、キメラを連れて町に繰り出した。

 町の様子が物珍しいのか、キメラは何かを見つけては立ち止まって目を輝かせている。


「れおん、これはなんだ?」

「飴だな」

「あめかー。ほうせきみたいだ」

「宝石見たことあるのか?」


 店に並ぶ商品。飛んでいる虫。道ばたの変な草。犬。


 様々なことに興味を引かれては立ち止まる。


 全く先に進めないことにストレスを感じる。


 が、別段目的があるわけじゃない。


 ボクは特に何もすることはなく、はしゃぐキメラの様子を見ていた。

 するとキメラは、古びた一軒の店の前で止まった。


「おおお! おもちゃがいっぱいある」

「へぇ……玩具屋さんか」

「はいるか?」

「え、入らないよ?」

「え……」


 入ったらなんか買ってあげなきゃいけない感じになりそうだし。


「みせのなか、きらきらしてるな?」

「うん」

「こどもがたくさんいるな?」

「うん」

「れおんもはいりたいな?」

「興味ないね」

「ぐううう」


 獣のように唸るキメラ。

 そして。


「もおおお! はいるの!」

「痛っ」


 キメラはボクの腕を掴むと、強引に引っ張った。

 突然のことで、ボクは前のめりに倒れてしまう。


「あっ……れおんだいじょうぶか!?」

「心配しなくていい。お前に心配はされたくない」


 痛いが、それを堪えて立ち上がる。

 コイツに弱みを見せるわけにはいかない。


 ボクが立ち上がると、キメラはバツが悪そうに目を泳がせていた。


「ご、ごめんなさい」

「別に謝らなくていいよ。自分のわがままを武力で押し通す。うん。実にモンスターらしいじゃないか」


 リュクス。

 君がどう取り繕おうと、やっぱりコイツの本質はモンスターだよ。


「どうする? ボクに言うこと聞かせるためにまた暴力を振るうかい?」


 ボクはキメラを挑発する。

 そうなればこっちのものだ。

 幸い人目は多い。

 多少暴れさせて状況証拠を作ってから始末する。


「ほら。かかってきなよ。お前には全てを思い通りにするだけの力がある」

「でもそれしたらぱぱとままにおこられる」

「へぇパパとママに……ん?」


 ママって誰だ?


「だからいい。すまなかったれおん」


 そう言って、キメラはボクの腹部をさすった。

 ボクもなんだか気を削がれてしまった。


「まぁいいや。ところでキメラ」

「ん?」

「ちょっと早いけど昼飯食べに行くか」

「いくー!!!」


 ボクとキメラは大衆向けのレストランに移動した。


 コイツがうるさくしてもいいように外の席に座る。


「好きなの頼んでいいぞ」

「ほんとうか!」


 目を輝かせながらメニュー表をしばらくみていたキメラ。


「これにする!」

「お子様ランチ? まぁいいか。店員さーん」


 暇そうにしていた店員を呼びつける。

 店員は一瞬ぎょっとした様子でキメラの角を見たが、すぐに慣れたようで、普通に注文をとってくれた。

 今は少ないが、普段は冒険者で溢れている町だ。


 亜人や獣人のハーフも見慣れているのだろう。

 それでも、角が生えているのは珍しいだろうが。


 注文を終え、料理が到着するまでしばし待つ。


 昨日も来たが、店はガラガラで貸し切り状態だ。


 オリエンテーションの行われるこの時期は閑散期らしく、ピーク時のお昼でも客足は少ない。

 ホールスタッフも一人で回せるのだろう。


 若い女が一人でやっている。


「れおんのおごりーおごりー!」

「え? 割り勘だけど」

「わりかん?」

「自分の食べた分のお金は自分で出すって意味。常識だよ」

「ええええええ!?」


 リアクションがいちいち面白いなコイツ。


「き、キメラおかねもってない……ぱぱとまま、なにもあたえてくれなかった」


 だからママって誰だよ。


「冗談だよ。お子様ランチだけは奢ってやるから」

「おれんじじゅーすもな」

「ああ。だから安心して食べなよ」

「ふぅ……れおんのじょうだんはしんぞうにわるい」

「お前、心臓とかあるんだ」


 なんてやりとりをしていると、ボクの頼んだ食事とお子様ランチが届いた。


 目の前に置かれたプレートの上に盛られた料理を見て目を輝かせるキメラ。


 さて食べようかとした時。ボクとキメラは何者かの視線に気が付いた。


 その視線の先に目をやると、離れたテーブルの影から薄汚い子供が3人、こっちを見ている。


「す、すみません。すぐ追い払いますから」

「いやいい。それよりあの子たちは?」


 慌てた店員を止めて、事情を聞いてみる。


「おそらく、この町の冒険者の子供ですね」

「冒険者の?」


 冒険者は本来、このはじまりの町で腕を磨き、より稼げるダンジョンのある町へと旅立っていく。

 だが大した実力を身に付けられないまま何年もこの町でくすぶり続け、やがて行きずりで子供をこさえて住み着いてしまう底辺冒険者も多いのだそうだ。


 そんな冒険者がダンジョンで大金を稼ぐことなど不可能で、大半は毎日ダンジョンに潜ってはその日暮らしをしているのだとか。


 オリエンテーション中に外に遊びに行けるのなんて冒険者の中でも上澄み。


 底辺冒険者は稼げないこの時期、ひたすらひもじい思いをして過ごすのだという。


 あの子供たちは、そんな底辺冒険者の子供らしい。


 なるほど、ということは2日はろくに食事をしていないのだろう。


 キメラの前に置かれたお子様ランチを凝視し、涎を垂らしている。


「なぁれおん。あいつらにもなにかたべさせてやってくれ」

「無理だね」

「おなかがすくのはつらいぞ」


 そんなことはボクが一番よくわかっている。

 お前に言われるまでもない。


「よしきめた。きめらのをわけてあげる」

「いいのか? お前も食べたかったんだろう?」

「べつにいい。またたのめばいい」

「悪いけど……お前のために頼むのはその一皿だけだ。そのお子様ランチをアイツらに渡したらお前は何も食べられないぞ」

「うう」


 決断が鈍る。

 いいことをしたらボクが褒めてくれて、また新しく注文しなおしてくれるとでも思っていたのだろう。


 リュクスやあの王女とかなら、そうしたのかもしれないな。


 でもボクはそんなに甘くない。


 そういう偽善的な行動は大嫌いだ。


 だからボクはもうこれ以上お前のために金は使わない。


 ならお前が選ぶ選択肢はひとつだ。


 あんな子供は放置して、自分のためだけにそのお子様ランチを楽しめばいい。


 むしろ、うらやましがるガキ共の視線を受けながら食べることに愉悦に感じるくらいでなければ、この世界を生き抜くことは不可能だ。


「うん。きめた」


 そう呟くと、キメラは立ち上がった。


「みんなーこっちきてー! ごはんいっしょにたべよー」

「え?」


 困惑する店員と子供たち。


 子供たちは「いいのかな?」と顔を見合わせていたが、空腹には勝てなかったのだろう。

 ボクたちの座るテーブルに近づいてきた。


「いいのか? コイツらに分けたらお前が食べる分が少なくなるぞ」

「べつにいい。みんなでたべたほうがたのしい」

「へぇ」

「ほらみんな。えんりょせずにたべろ」

「……」


 なんとなくだけど。

 不器用にお子様ランチのハンバーグを切り分けようとしているキメラを見て、もう大丈夫だと思った。


 ボクの危惧するような未来は訪れないのかも知れないと、そう思った。


 あのピンク髪の言った通りになったのは気に入らないが。


「キメラ、切り分けなくていい。店員さん」

「は、はい?」

「同じものを三つ。この子達にも」


 キメラと子供たち、そして店員からの「大丈夫?」という目。


「心配しなくてもお金ならある。ほら、お腹空いてるんだから早く持ってきてよ。仕事でしょ?」

「は、はい。すぐにお持ちします」


 店員が去った後、子供たちがお礼を口にした。


「ありがとうございます」

「おにいちゃんありがとう」

「ありがとー」


「礼とかいいから。ああそうだ。君たちみたいにお腹空かせてる子、他にもいない?」


 子供達は顔を見あわせる。どうやら近所に同じ状況の子供たちが沢山いるようだ。


「料理が届くまでに時間あるし、全員連れてきなよ。で、あと三日分持つように沢山食べていきな」

「は、はい」

「呼んできます」


 子供達も去った後、キメラはじーっとこちらを見つめてきた。


「なんだよ」

「れおん、おまえいいやつ」

「は、違うけど? ボクは善意でやってる訳じゃないから。勘違いするなよ」


 ボクは子供がお腹を空かせているのを見るのが嫌いなだけだ。


「だから断っても無理やり食べさせるから。ほら、善意なんかじゃないだろ? ボクのわがままさ」

「そういうことにしておいてやる」

「お前……リュクスに似てきたな」

「ぱぱにもこのけんをほーこくする」

「駄目だ。リュクスには絶対秘密にしろ」

「うんうん」

「本当にわかっているんだろうな……」


 その後、さっきの子供達が20人ほどの子供を引き連れてきた。


 困惑する店員をチップで黙らせ、全員を腹一杯にしてやった。

 手持ちをすべて使い果たしたけど、まぁ悪くない気分だった。


***

***

***

あとがき


レオンの財源→ミミックのレア素材。二日目の単独行動時に換金。


例の番外編ですが、なろう版の順位が結構上がってきて、今朝いっきに3つ条件を満たせたので、順次公開していきます。

「何の話や?」という方は作者の近況ノートまで!



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