第123話 貴方の幸せこそが

 みんなと遊んだのがそんなに楽しかったのか、眠ってしまったキメラをベッドに寝かせる。


「すやすや……」

「ふふ。眠っていると天使みたいですね~」

「おいほっぺたつつくな。起きちゃうだろ。さて……」


 俺は改めてゼシオン様が用意してくれた部屋を見回す。


「なぁモルガ」

「はい」

「ここは俺の部屋なんだよな?」

「はい」

「なんかベッドが二つあるんだけど」

「それは私もここで寝るからですね~」

「なんでだよ」


 何やってんだよゼシオン。

 おかしいだろ。

 主人とメイドの関係とはいえ男女ぞ?


「安心してくださいリュクスさま」

「何も安心できない」

「キメラさんと私が同じベッドで眠りますので」

「それはそれでなんか申し訳ないな……」

「え!? それじゃあリュクスさま……私と同じベッドで?」

「なんでだよ!」


 普通俺とキメラが同じベッド使う方を考えるだろ。


「まぁ。それじゃあキメラはモルガに任せるよ。こっちのベッドは一人で使わせてもらう」

「ああそうだリュクスさま。あともう一つ選択肢がありますよ?」

「もう一つの選択肢? 俺が床で寝るとか?」

「いいえ。三人で同じベッドを使う……とか」

「ねーよそんな選択肢」

「イッツファミリ~」


 コイツは何を言っているのか。


「そんなに嫌がらなくても。仮にもパパとママと呼ばれる関係じゃないですか~」

「……」


 相変わらずどこまで本気で言っているのか読めないモルガの笑顔。

 思えば俺は、この思わせぶりな笑顔に何度も振り回されてきた。


「ところでモルガ。着替えはあるのか?」

「ありませんよ?」

「ないんだ」

「下着はお屋敷でお風呂に入った後に履き替えたので大丈夫として……服はリュクスさまの服を借りることにします」

「ああ。それじゃあ鞄から好きなの着ていいよ」

「は~い」


 モルガは鼻歌を歌いながらガサゴソと俺の鞄を漁る。


「あ、あっち向いててくださいね」

「わかってるよ」

「覗いても構いませんからね」

「覗かねーよ」


 それは残念と呟きつつ、モルガは着替えを始める。

 無音になると衣擦れの音に意識が集中してしまいそうだったので、俺はモルガに気になっていたことを尋ねてみた。


「着替えてるところ悪いんだけど一つ聞いていいか?」

「はい。なんなりと」

「キメラにママって呼ばれてるみたいだけど……自分で呼ばせたのか?」


 モルガの動きが止まったのがわかった。


「それを聞いてどうするんですか?」

「お前が無理やりそう呼ばせてるなら止めさせる」


 俺の精神衛生上よくない。


「残念。キメラちゃんが勝手に呼び始めただけですよ」

「はぁ……まぁそうだよな」

「はい。ですので諦めて下さい」

「わかったよ。ところで父上は? 何か言っていた?」


 俺がパパと呼ばれるのは構わない感じだったが、メイドがママと呼ばれるのはどう思ったのか。


「ええ。グレムさまはキメラさんにつきっきりでしたから、当然聞かれましたよ。私がママと呼ばれているところを」

「それで?」

「溺愛するキメラちゃんのやることですから、得に反対はしていませんでしたよ。ですが……『決してその気にはなるな』と。一言釘を刺されてしまいました」

「……」


 やっぱりそうか。


 ローグランド王国の貴族社会は恋愛に寛容だ。

 そういうゲーム設定だったものが、この世界でも引き継がれている。


 基本的に恋愛至上主義で、例え家名のレベルに差があったとしても、本人たちの意志が尊重される。


 だがそれはあくまで貴族同士に限った場合である。


 貴族と庶民が結ばれようと思うと、その障害はとてつもなく高くなる。


 まぁだからこそ、レオンとヒロインたちの恋愛が盛り上がったのだが。


 俺の前では少しもそんな素振りは見せないが、おそらくメイドたちは皆、俺や兄さんに色目は使うなと忠告されているはずだ。


 仮に。


 もし仮に俺がメイドに手を出したとしよう。


 子供とかがデキちゃって、正式に結婚したいと思ったとしよう。


 それを父上に相談したら……まず反対される。


 メイドは妾、第二夫人のポジションに置いて、第一夫人はちゃんと貴族にしなさいと。


 それに納得できなければ……父や兄を敵に回し、家名を捨て家を出ることになるだろう。


 父上の発言も、俺がそうなることを恐れてのことだろう。


 まぁ無理もない。

 だって俺も一年前は本気で……。


「ですがグレム様から信用されていないのはショックでした。私が一番に考えているのは、リュクスさまの幸せですよ?」

「うん……知ってる」

「その私がリュクスさまにとって不幸になるようなこと……当主様やデニス様との繋がりを絶たせるようなことをする訳がないじゃないですか」

「ああ。痛いほど知っているよ」


 モルガは自分の幸せより、俺の幸せを願っている。誰よりも強く。

 そんな彼女の思いを、俺はよく知っていた。


「ふぅ。着替え終わりました。もうこちらを向いてもいいですよ~」

「おう」


 振り返ると、モルガは俺のTシャツと短パンを履いていた。


「うふふ。シャツからリュクスさまの匂いがしますよ」

「ちゃんと洗ったヤツだぞ」

「それでも……です」


 幸せそうなその顔を見て、恥ずかしいからやっぱ脱げなんて言えなくて。

 俺は黙ってしまう。


「ねぇリュクスさま?」

「うん?」

「やっぱり止めさせましょうか? キメラちゃんに、私のことをママと呼ばせるの」

「自分から言い出したんだろ? 言って辞めるようなヤツじゃないだろ」

「そんなことないですよ。ちゃんと言って聞かせれば、わかってくれます」

「そうなのか」

「そうですよ」


 サイズの合っていない歯車のようなぎこちなさで会話が途切れる。


 俺はしばらく考えて。


「モルガはどうしたい?」

「私は……今のままがいいです」

「今のまま? ママって呼ばれるのが嬉しいってこと?」


 モルガは頷いた。


「リュクス様がパパと呼ばれていて。私がママと呼ばれている。まるで、夢みたいじゃないですか? だからしばらく、このままがいいです」

「モルガがそれでいいなら、俺は何も言わないよ」

「えへへ。ありがとうございます」


 そう言うと、モルガは愛おしそうに寝ているキメラの頭を撫でた。


「パパのお陰で今日は楽しかったですね~」

「……ん……むにゃむにゃ……」

「ママもお疲れさま。ってか、本当に疲れただろ? 今日は早く寝よう」

「えへへ。実はちょっとフラフラしてました。あ、でも……」

「ん?」

「主より先に寝るなんて……メイドとしてはちょっと」

「俺と二人きりの時は気にしなくていい」

「そうでしたね」


 電気を消して、それぞれベッドに入る。

 闇に慣れてきた目で、しばらく天井を見つめる。

 静まりかえった部屋の中で、モルガの寝息が聞こえてくることはなく、とうとう俺の方が先に眠りに落ちる。


 モルガが近くに居るからだろうか。


 波の音。海の見える景色。遠くに沈む夕日。そして君の眩しい笑顔。

 あの島国に置いてきたはずの……遠い記憶を夢に見た気がした。


***

***

***

あとがき


二日目終了でございます。

町での様子とかちょっと巻いちゃってすいません。

キメラ参戦でいよいよオリエンテーションの話も動くかも?


いや、まだかも…


なろうの方、ジャンル別日間が13位、総合日間でも74位と波に乗れてきた感じがあります。

ポイント入れてきてくれた方、ありがとうございます。

モチベもりもりです。

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