第121話 母親とは

 キメラを食堂に連れて行くと、まだ残っていた生徒たちに囲まれてしまった。


「かわいいー!」

「尻尾もふいー!」

「あの時は助けてくれてありがとうな!」


 あの凶悪なフォルムの時はそうでもなかったが、可愛らしい幼女フォームになったお陰か、あっと言う間に生徒たちのアイドルのようになってしまった。

 みんなに囲まれて怖がっているかと思いきや、キメラも満更ではないようで、チヤホヤされるのを楽しんでいるようだ。


 俺とエリザは離れたテーブルでその様子を眺めながら、遅めの夕飯を食べていた。


「ふぅん……あのキメラ、随分と弱体化したんだね」


 髪をタオルで巻いたレオンがやってきた。

 どうやら風呂に行っていたらしい。


「進化っていうらしい。多分、俺たちと対等になるために敢えて力を抑えて可愛い姿になったんだと思う」

「なるほどね。まぁ確かに、あの姿じゃ人と心を通わせるのは無理か」


 そしてしばらくジッとキメラを観察していたレオンは、ぽつりと呟いた。


「今のうちに始末しておくのも手じゃない?」

「ちょっとアンタ……正気?」


 レオンの言葉に怒りを露わにしたのはエリザだった。


「あんなに小さな子を殺すですって? 英雄の息子の発言とは思えないわね」

「正気じゃないのはお前だよ。小さな子? 違うよ。あれは小さな子供の姿をしたモンスターだ。いつボクたちに危害を加えてくるかわからない。だったら今のうちに倒すことも視野にいれるのが貴族ってヤツなんじゃないのかな? あれが今後どんな成長をするかわからないんだからさ」


「大丈夫よ」


「はあ? 何を根拠にそんなこと言ってる訳?」

「まだほんの少ししか話してないけど、あの子にはちゃんと心があるわ」

「だから……そう見えるだけだよ。心があるかのような動きをするモンスターかもしれないじゃないか。そうやって人間を欺くモンスターは沢山いるよ?」

「いいえ。あの子にはちゃんと心がある。だったら簡単よ。沢山愛情を注いであげれば、きっと私たち人間の友人として暮らしていけるようになるわ」

「はっ。寝言は寝て言って欲しいね」

「失礼ね。起きてるわよ。そもそも人間の子供の見た目になったことこそが、あの子が人に歩み寄って生きていきたいって思ってる証拠でしょ。きちんと愛情を持って育てれば」

「モンスターに愛情? バカじゃねーのお前」

「バカはアンタよ。あーあやだやだ。まともに愛情を受けて育ってこなかったからあんな可愛い子を倒すとか言うようになったのかしら? まったく親の顔が見てみたいわ」

「生憎母親が居なかったからね。無償の愛情とは無縁に育ってきたよ。お人好しな父親のお陰で強くならなくちゃ負けて死ぬ。賢くならなきゃ飢えて死ぬ。そんな人生だったからね。優しい母親に甘やかされて育ってきたお前とは違うのさ」

「まったく。人間、母親からの愛がないとこんな冷酷な人間に育つのね」

「あはは! そうかもね。お前の言うとおり、ボクがこんな風になったのは母親からの愛情を受けられなかったからなんだろうね。で、この女こんなこと言ってるけどリュクスはどう思う?」

「あ……」


 エリザの顔がみるみる内に青ざめていく。


「ち、違うのリュクス。今のはその……」

「ねぇリュクス。この女は母親がいない子供はみんな冷酷な人間に育つって言ってるけど?」

「だ、だから違うの……」

「何が違うんだよお前がそう言ったんだろ」

「……」


 何も言い返せずに俯いてしまったエリザに追い打ちを掛けるがごとく畳みかけるレオン。


「母親がいなかったのはボクのせいじゃないのに、酷いよね。ボクにはお前の方がよっぽど冷酷――だっ!? い、痛いよリュクス~」

「レオン、言い過ぎ」


 流石に度が過ぎると思い、レオンを頭をひっぱたいた。


 もっと早く止めようと思ったのだが、レオンとエリザの言い争いがあまりにもゲームにそっくりだったので、つい懐かしく聞き入ってしまった。

 エリザには可哀想なことをしてしまったな。


「リュクス……ごめんさい。わ、私そんなつもりじゃなかったのよ……つい頭に血がのぼってしまって」

「わかってる。売り言葉に買い言葉だよな。ってか、途中からレオンが誘導してたと思う」

「てへへ。バレてた?」

「てへへじゃねーよ」


 可愛く言っても駄目。

 俺は肩を震わせるエリザの頭に手を置いた。


「でも私、二人に酷いこと……」

「大丈夫。エリザが本当は優しいの知ってるから。それに――」


 俺はレオンの首の襟を掴んで引き寄せる。


「俺もコイツも、母親が居ないのまったく、これっぽっちも気にしてないから!」

「そ、そうなの?」

「レオンは前に自分で言ってたし、俺も全然大丈夫。だからエリザは泣かないでいい」

「……うん。ありがとう」

「エリザがキメラのことをどう思っているのか知れて良かったよ。アイツのことを信じてくれて、ありがとう」

「うん……」


 一通りエリザが泣き止むのを待ってから、レオンに向き直る。

 ふて腐れたようにそっぽを向いているレオンの顎を掴んで顔をこちらに向ける。


「という訳だレオン。俺も、アイツが人間の味方になってくれることに賭けようと思ってる」

「正気とは思えないな。まぁリュクスが言うならボクが口を出すことは何もないよ」

「ああ。見守ってくれると助かる」

「でも将来、手に負えなくなったとしても……ボクがこの件で君たちに力を貸すことはない。それは覚えておいてね」

「大丈夫だレオン。そんな未来は来ないよ」

「どうだか」

「ほら、見ろよ」


 俺はみんなに囲まれたキメラを指差す。

 与えられたご飯を何も考えずにパクパクしていた為か、まるでハムスターのように両側の頬が膨らんでいる。

 そしてむせたのか、鼻水まで出している間抜けな姿。


「あれが人間に仇なす存在に見えるか?」

「大丈夫かもね……」


 尖ったナイフのようなレオンですら毒気を抜かれる光景だった。

 あれが人間を欺くための擬態……だと思いたくはない。


 その後、しばらくキメラを観察していたレオンだったが、「もう寝るね-」と食堂から去って行った。

 興味を失ったのか、敵として驚異ではないと判断したのかはわからない。


 エリザに謝ってから行けと言おうかと思ったが、また口喧嘩のようになっても面倒なのでやめておいた。


「レオンには後できつく言っておく」

「別にいいわ。アイツがどういうヤツかはわかってたのに、挑発に乗った私も悪いのよ。ええと、本当にさっきのは本心じゃなくて」

「だから気にするなって。エリザは悪くない」

「そ、そういう訳にはいかないじゃない! 何かお詫びをしないと気が済まないわ」

「えぇ……」


 マジで真面目だな。

 だが本人のためにも、何かしてもらった方がいいのだろうか。


 そう思っていると、キメラを囲う生徒たちの輪の中から、ティラノとエルが手招きしていることに気が付いた。


 俺とエリザはなんだろうと近づいてみる。


「なんだ、どうした?」

「ようリュクス。この子から聞いたやで」

「リュクスくん、自分のことパパって呼ばせてるんだって~?」

「またそれか。あのなぁ。呼ばせてるんじゃなくて、コイツが俺のことをパパだと思ってんの」


 本当なら「マスター」とか呼ばせたいところなのだが、上手くいかない。


「いやいやリュクス。ウチらは別にそれを笑いたい訳じゃないんだよ」


 ラトラ曰わく、どうやらパパと呼ばれている俺をからかうのが目的ではないらしい。


「リュクスがパパならさ。ママは誰なのかって話をしてたわけ」

「それそんなに重要か?」

「重要に決まってるでしょ!」


 えらく力強くラトラが言う。


「仮初めのパパとママ。娘を育てるという共同作業を行った偽りの夫婦はいつしか本当の夫婦に……ってなるかもしれないじゃん!」


 いやそうはならんやろ。


「だからさ。今からこの子のママを決めようよ」

「ってかラトラの理屈だとママ認定された子が俺の嫁みたいな扱いにならないか? その子が可哀想だろ」


 悪い噂は収まったとはいえ、悪名高き魔眼の子だぞ?


「まぁさっきのは冗談だよ。純粋にさ。ウチらはこの子のママ役を作ってあげたい訳」

「せやせや」

「まぁそういうことなら」


 くだらねーと思いつつ、まあこういうのも学校生活の醍醐味かと、付き合うことにする。


「本人がオッケーだって言うなら、好きにしたらいいよ」

「オッケー。一応確認するけど、リュクス的には誰がこの子のママになってもいい感じ?」

「ああ」

「だってさアズリア。ママに立候補しちゃいなよ」

「えええ!? 私!?」


 後ろに控えていたアズリアがエルとラトラに引きずり出される。


「じゃあ第一候補アズリアってことで」

「が、頑張る!」


 胸の前で手を小さくぎゅっとするアズリア。こんな下らないことに巻き込まれても真面目に付き合ってくれるなんて、本当にいい子だなぁ。


「私も立候補するわ」

「え、エリザも!?」


 驚いた。

 普段、クラスのこういうノリには関わってこないのに。


「この子にちゃんと愛情を注いであげたいの。間違ってもあのバカみたいに育たないように」

「そ、そうか」


 どうやらさっきのことを根に持っているらしい。


「他にエントリーはいないのか?」


 このままだとアズリアとエリザの一騎打ちになるのか?


「やぁリュクス。話は聞かせて貰ったよ」

「クレア……」


 その時、食堂に颯爽と現れたのはクレア・ウィンゲート。

 ファンの女子たちの「キャー!」という声援を背に優雅に登場した。


「机から降りろよ」

「君があのキメラだなんて信じられないな。随分可愛くなったんだね」

「うー!」


 机から飛び降りたクレアはキメラに顎クイしながら、その顔をじっと見つめる。


「リュクスの子供ということは、私の子供でもあるわけだ。この勝負、私も参加するよ」

「クレアも参加するのか……意外だな。あと話聞いてたなら剣はしまってくれな」


 多分強さで決める訳じゃないと思う。


 クレアも参戦し、これで三人。

 正直こんな茶番に付き合ってくれるヤツが三人も居ることに驚きだ。


「もうママ候補はいないのかな?」

「じゃー締め切る?」

「お待ちください」

「あ、アンタは……」


 ここで最後のチャレンジャーが現れた。


 リィラ・スカーレット。この国の王女だ。


 もう一度言うがこの国の王女である。


 謎のオーラを纏いつつ、食堂に王女リィラが現れた。


「私も参加します。構いませんね?」

「はい。じゃーこれで四人ね~。そろそろ締め切ろっか」


 キメラのママ決定戦、参加者はアズリア、エリザ、クレア、リィラの四人に決まった。


「ところでラトラ」

「んー? 何よリュクス」

「ママを決めるって、どうやって決めるんだよ?」

「それは」

「それは?」

「これから決めるしかないっしょ」

「えぇ……」


 ノリだけで突き進んでるからメッチャ適当じゃん。


「ぱぱ。こいつらなにをしてる?」

「う~ん……ママゴト?」


 興味なさそうなキメラを他所に、最強のママ決定戦が開始されようとしていた。


***

***

***

あとがき


前半のあれはちょっと酷いかなと思いつつ、「こんな茶番には参加しなさそうなエリザの動機作り」と「丸くなったけど必ずしもリュクスの全肯定マンじゃないレオン」を描写したくて入れてみました。

レオンとキメラの絡みは三日目ですかね。


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