第119話 洋服
モーメルの町を三人でぶらぶらしていると、一軒の服屋が目に入った。
王都の貴族の女性たちが使っているような高級ブティックではなく、普通のショップといった雰囲気の店だ。
庶民向けの店のようで、町の若い女の子たちが出入りをしている。
「ちょっと可愛いお店ですね」
リィラは興味を持ったようで、目を輝かせながら服屋を見ている。
「入ってみるか?」
「いいんですか!? あ、でも……」
一瞬喜んだリィラはすぐにしゅんとしてしまう。
何やら遠慮しているようだ。
「女の子向けのお店のようですし、リュクスくんたちは楽しめないと思いますよ」
「別にずっと居るわけじゃないし、ちょっと覗くくらいいいだろ。な、レオン」
「うん。ボクは別に構わないよ」
素直に同意したレオンを信じられない物を見るような目で見た後、リィラは嬉しそうに頷いた。
三人で店に入る。
店内を見渡すと、確かに女性向けの服屋のようで、男性には居心地が悪い。
メロンたちに付き合わされて数々の服屋を巡った経験がなければ、意識を失っていたかもしれない。
「へぇ……結構種類があるんだねぇ」
レオンは平坦なテンションのまま、入口付近に立っている。
「わぁこれも可愛いです。これは……ちょっと露出が多いですかね。あ、これもいい……うう、せっかくだからどれか買っていきたいですが、迷いますね」
様々な服を手に取りながら、楽しそうに迷うリィラに思わず頬が緩む。
貴族用の店では売っていない、最近の若者ファッションの店だ。
どこか憧れがあったのだろう。
「それならあっちの試着室で試してみれば?」
「試着できるのですね」
「ほら、あっちの店員に話し掛ければ使えるから」
「なるほど。レオンくん、ありがとうございます」
レオンに試着を促されたリィラはいくつか気に入った服を手に取り、試着室の方へと向かった。
「レオン……」
俺はどこか、無性に感動していた。
平穏な普通の会話など10文字も続かなかったレオンとリィラの二人。(主にレオンのせい)
その二人が、まさかこんなにも普通の同級生男女ぽい会話をしているなんて。
なんかいいな。
いつもの二人を記憶から消してこのシーンだけ切り出せば、まるでブレイズファンタジーのデートイベントのようだ。
レオンのどこかぶっきらぼうな感じが実にそれっぽい。
推しと推しが尊いとそれだけで幸せな気分になれる。
ちらっと鏡に写った俺の顔は、仏のようにニコやかだった。
「こちらで試着できますよ」
「では、お借りします」
リィラが試着室に入る。どんな服を買うのか楽しみにしていると、レオンが俺の肩を叩く。
「アイツが試着している間に店を出よう」
「鬼かよ」
期待した俺がバカだった。
やけに自然に試着室まで誘導したなと思ったらこれだよ。
「んなこと出来るかよ……ウキウキで試着室のカーテン開けたらみんな帰ってたって」
トラウマレベルだろ。
「リュクスは優しいなぁ……でも特に買いたいものの決まってない女の買い物って長いよ?」
「それはまぁ、覚悟の上だろ」
服屋に入るのを後押しした時点で、一時間はここで使うと覚悟を決めてたぜ俺は。
「物好きだねリュクスは。ボクはあの女のファッションショーに付き合う気はないから」
終わったら合流しようと言い残し、レオンは店を出て行った。
レオンが出て行くと、一時的に女性向け洋服店の中で男一人。
気まずい……。
チラっと店の奥を見れば、ランジェリーも置いてある。
どうしよう。カーテンで仕切られているとはいえ、リィラが着替えている試着室の近くに行くのもあれだし。
俺も外で待たせて貰おうか。
そう思った時、若い女性店員さんが声を掛けてきた。
「彼女さんがお着替えの間、彼氏さんも洋服を見てみませんか?」
「え、男性向け商品もあるんですか? あと、彼氏彼女じゃないです」
「いえ、男性向け商品はありません。貴方が選ぶのは、彼女さんの服です」
「だから彼女じゃないって」
しかし、リィラの服を選ぶとはどういうことだろう。「まぁそういうことにしておきますよ」とニヤニヤしている店員に尋ねてみた。
「あの子に着て欲しいと思う服を選ぶんです」
「俺が?」
「はい。こっちの棚に男性好みの女性の服を取りそろえております」
「こ、これは……」
丁寧に畳まれているので気づかなかったが、店員が示した棚は宝の山だった。
メイド服にチャイナドレス、ナース服にバニーガールなどetc.
「こんなブツを取りそろえて……イケナイ店ですな」
「ですが、お好きでしょう?」
うん、大好き。
メイド服は見慣れているので、俺はその横にあるバニーガールの衣装を手に取ってみる。
ド○キに売ってるコスプレ品のようなものを想像していたが、それを遙かに超えるクオリティだった。
「凄いな……見ただけでしっかりした作りだとわかる」
「流石お客様、お目が高い。こちら激しい行為に耐えられるよう、耐久性にも力を入れております」
激しい行為、何のことかな?
「彼女さんへのプレゼントにいかがでしょう? 夜も大盛り上がり間違いなしですよ?」
「だから彼女じゃないって。しかしううむ」
シンプルにクオリティが高い。
いつか未来の彼女に着てもらうためにも、ここで一着購入しておくのもありだろうか?
「お待たせしました」
真剣に考えていると、試着室の方からリィラの声が聞こえた。
俺と店員さんはリィラの方へ向かう。
「おおっ」
「どうでしょう……似合いますか?」
色々と試した後、水色のブラウスにロングスカートというシンプルなスタイルに決めたようだ。
服の質もあって王女感は上手く消せている。
しかし、シンプル故に溢れる高貴なオーラのせいか、いいところのお嬢様感が溢れる素晴らしい仕上がりだった。
「爽やかでいいね。その服好きだ」
「ふふ、ありがとうございます。では、これを購入しましょう……さっそくお会計を……あら?」
リィラの目線が俺が手に持つバニーガール衣装に向いた。
俺と店員が同時に「やばい」と顔を合わせる。
「その衣装は知っています。確かバニーガールでしたか?」
「え、えっとだなリィラ……これはその……」
こんなもん買おうか悩んでたなんてバレたら嫌われる。そう思ったのだが。
「なるほど、リュクスくんはそれが着たいのですね」
なんで一番先にその結論に行きつく?
「とっても似合うと思いますよ」
「いや違……」
「では誰かに着せる為に買うのですか? その相手は誰ですか? そんなエッチな衣装を着せたい相手というのは?」
ずいずいとこちらに近づいてくるリィラ。
「まさかレオンくんじゃないですよね?」
あ、なんか怖いリィラが怖い。あと二連続で候補に男が出てくるのはおかしいと思う。
俺は否定の意味で首を振った。
そして、助けを求めるように店員さんを見る。
店員さんは「任せろ」とでも言いたげないい顔で親指を立てた。
「実は私が嗾けたのです。彼女さんへプレゼントはいかがですかと」
「いや、そんな。彼女なんて……私たちはまだ」
「あら、お似合いでしたので私てっきり」
「もう、お上手ですね」
リィラの機嫌が一瞬で直った。
何故かはわからないが店員さんナイス。
「で、でもちょっと過激過ぎませんか?」
「このくらいで男の心を掴めるなら安いものだと思いませんか?」
「た、確かに……失うものは何もありませんし」
恐ろしい店員だ。
あのリィラが丸め込まれようとしている。
コイツは……危険なヤツだな。
「り、リュクスくんがどうしても私のバニー姿を見たいと言うのでしたら……プレゼントしてくれてもいいんですよ?」
「良かったですね彼氏くん。彼女さん、着てくれるって!」
「だから彼氏じゃないです」
「むぅ。そこまで全力で否定することないじゃないですか」ぷくー
むすっとするリィラの手からバニーガール衣装を取り上げると、元あった棚に戻す。
「いいんですか?」
「ああ。ほら、俺ってリィラに何かプレゼントとかしたことないだろ? 初めてのプレゼントは……もっとちゃんとしたヤツにしたい」
あんなエロ目的のじゃなくて、初めてはちゃんとした贈り物がいい。
「ふふ。妙なところで真面目ですね。わかりました。リュクスくんからの初めてのプレゼント、期待しています」
「あはは……こりゃハードル上げちゃったかな」
リィラの服の会計を済ませ、外に出る。
「そうだ。次は男ものの服屋さんに行きましょう!」
「男の?」
「はい。リュクスくんをコーディネートさせてください。もっと格好良くしてみせますよ」
「いや、俺はジャージで十分だから」
「駄目です。私だけ普通の格好をしていたら不自然です」ぷくー
「はいはいわかりましたよお姫様。どこへなりともお付き合い致します」
「よろしい! では行きましょう!」
幸い、メロンたちに遊ばれているお陰でお人形にされるのは慣れている。
俺たちは少し離れた位置に見つけたメンズ向けのファッションショップに足を踏み入れるのだった。
***
***
***
あとがき
近況ノートの方にて、番外編を公開しました。
https://kakuyomu.jp/users/KurujiTakioka/news/16818093072963330884
本編より1年ほど前のリュクスの初恋のエピソードになります。
また、新規読者獲得のため、小説家になろうの方にも本作の投稿を開始しました。
そちらにもポイントを入れて頂けると、とても嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます