第118話 二日目
オリエンテーション二日目。
特別特待生であるイブリスがはじまりのダンジョンの奥にて新しいダンジョンを発見したことは、学園長により夜の間に各地に広まった。
今日、学園長が用意した調査チームが新ダンジョンを調査することになった。
俺たち1班はというと、昨日の時点でラインセンス取得条件を満たしたため、今日は自由時間ということになっている。
本当なら昨日と同じ5人でディープスパイダーと戦ってみたかったのだが、調査隊の邪魔になるから駄目とのこと。
学園長から「絶対に行くんじゃないよ」と言われたので、今日はのんびりする予定だ。
「これって前振りだよね?」というレオンをなんとか宥め、ダンジョン入口の施設にあるカフェスペースにてくつろいでいる。
「うぇ……苦ぁ」
「だから甘いヤツにしとけば良かったのに」
リュクスと同じのがいい~! と言ってブラックコーヒーを頼んだレオンは、一口で諦めたようで、砂糖とミルクに手を伸ばした。
そんな俺たちが座る席の向こう側、ダンジョンの入口に、重厚な装備を調えた一団が集まってきた。
「あれが捜査隊?」
「ああ。ウチの先輩たちで構成されているみたいだな」
「本当だ。あ、ババアも居る」
装備で顔が見えない人が殆どだが、王立学園の二年生と三年生。そして学園長でチームを組んで調査に向かうようだ。
「というか、なんでババアが調査隊を用意するのさ」
「色々理由はある」
まずはじまりのダンジョンを管理する御三家トライメア家は、王家と深い協力関係にある。
5日間とはいえ、学生のためにダンジョンを貸し切ってくれるのはそういった王家の出である学園長と懇意だからだ。
「貸し切りってそんなに凄いことなの?」
「ああ、普通はないぞこんなこと」
ダンジョンはこの地域の経済の要だ。
ダンジョンがあるから冒険者たちが集まり、冒険者たちが集まるからそれをサポートするための商売が成り立つ。
宿屋だったり武器やだったり病院だったり。
そしてそういった商売人たちが生活するために家が必要になるし、その人たちのための生活用品を売る店ができたり。
「まぁ今回は貸し切り期間中なのが裏目に出たかもだけどな」
ダンジョンが使えないため、毎年この時期は冒険者は違う土地に遊びに行っている。
また、この初心者用ダンジョンで腕を上げた冒険者が次のダンジョンに挑戦するため旅立っていくのもこの時期なのだ。
何が言いたいかというと、この5日間、この土地は冒険者がとても少ないということ。
「つまり、調査のために学園側から選りすぐりの実力者を派遣したんだな」
未開のダンジョンに挑戦できる機会なんて滅多にない。
学園長はそのための学習に、今回の件を利用したのだろう。
「実力者ねぇ……見たところババア含めて全員雑魚だけど」
「そう言うなよ。新しいダンジョンが見つかったらまず、ランク付けをしないといけないんだから」
ダンジョンのランク付け。調査隊は新しいダンジョンがどの程度の難易度なのかを設定しなくてはならない。
適切なランク付けを行うことによって、犠牲者が出ることを防ぐのだ。
「俺たちが行って『楽勝でした』って報告しても、他の冒険者たちの参考にはならないだろ」
「ふふ、それって僕たちが強すぎるからってことだよね?」
「そうなるな。それに……」
「それに?」
「先輩方が失敗したら、俺たちの出番が来ると思うぜ?」
「へへ。それは楽しみだね」
レオンはどこか勝ち誇った顔で先輩たちを眺める。そして優雅にコーヒーを啜ると、また顔を歪めた。
結構砂糖を入れていたが、まだ苦かったらしい。
「ところでレオン。あの黒い装備の人を知っているか?」
「黒い鎧……うぇ何あれ……葬式かよ」
口を慎めと言いたいが、まぁそう言いたくなる気持ちもわかる。
だがあの漆黒のドレスと鎧が合体したような装備を纏っている人こそブレイズファンタジー最後のヒロイン、セレナ・セメタリア。
俺たちより一つ上の上級生で生徒会長でもある。あ、この時期だとまだ副会長か?
「う~ん、知らないかな」
「そうか」
やはりレオンは、五年前の十年祭ではリィラ以外のヒロインとは接触をしていなかったらしい。
フラグは……立たないよなぁ。
俺としては誰かしらとくっついて欲しいんだが……。
レオンはしばらく先輩たちの様子を眺めていたが、やがて興味を失ったのか、再びコーヒーに視線を戻した。
俺はといえば、学園では見られなかったセレナを見つけることができて興奮の真っ最中だ。
今すぐ近づいて話し掛けたいのをぐっと我慢している。
「よし。このコーヒーはリュクスにあげよう。ねぇ嬉しい?」
「どうした突然。ってか、いらないんだけど」
飲みやすい甘さにするのを諦めたのか、レオンはコーヒーの入ったカップをこちらに押しつけてきた。
レオンに押し返して、またこちらに……そんなことを繰り返している内に、調査隊はダンジョンの中に入っていってしまった。
「いらないなら捨てればいいだろう」
「それは勿体ないじゃん」
「はぁ……じゃあ俺が飲んでやるよ。えっと、レオン。お前どこに口つけて飲んだ?」
そこを避けて飲もうと思ったが……。
「秘密~」
「お前……」
関節キスロシアンルーレットとか勘弁してくれよ。
しかしどこから飲んだか全然わからないな。レオンは持ち手を無視して両手で持って飲んでた。
というか、どこから飲んだか目視でわからないのならもうどこから飲んでも同じなのでは?
そう思い、普通にレオンの残したコーヒーを啜る。
「甘……」
病気になりそうな甘さがした。
溶け切れていない砂糖が口の中でジョリっとした。
そういえばジョリスさん、元気かな?
「へへ、引っかかったねリュクス」
コイツ……さては砂糖を入れ過ぎたからこちらに押しつけてきたな。
「相変わらず仲が良いですね」
恨めしくレオンを睨んでいると、リィラがやってきた。
「おはようございますリュクスくん」
「おはようリィラ」
「ゼシオンさまがいらっしゃるのは調査隊の戻る、夕方頃になるそうですよ」
ゼシオンとはトライメア家の現当主、ゼシオン・トライメアのことだろう。
俺は会ったことはないが、王家であるリィラや同じ御三家であるエリザは面識があるようだった。
ゲームにも登場はしない人物なので、どんな人なのかは不明。
「そうでした。リュクスくんは会ったことがなかったのでしたね」
「ああ。ずっと領地に引きこもっていたし、十年祭の後は海外留学だったからな」
「とても良い方ですので、リュクスくんもすぐに仲良くなれると思いますよ?」
「そ、そうか」
リィラは少なくとも、ゼシオン・トライメアを良い人と評価するようだ。
昨日エリザから聞いた話と結構違ってくる。
エリザ曰わく「トライメア家の主要勢力は二人。兄と妹、両方ヤバいわ。でも兄のゼシオンはまだマシ」ということ。妹の方が出向いてくるなら顔は出さないとまで言っていた。
ゲーム版ならともかく今のエリザがそんなことを言うなんてと気になったが、どうヤバいかは教えてくれなかった。
まぁ優秀な跡継ぎを確保しなければいけない貴族の当主という立場なのに34歳でまだ結婚していない辺り、どこかヤバめな雰囲気を感じるが。
「しかし夕方到着か。それまで暇だな」
俺がそう呟くと、リィラはぱっと顔を輝かせる。
「でしたら! 一緒にモーメルの町に出かけませんか?」
「町か……」
聞けば、俺たちと同じく今日一日待機になったクレアとプロテアは町に既に出発した後らしい。
みんな俺を責めることはないが、約束を破って一人でボスを倒しに行った埋め合わせもしておきたい。
「よし、せっかくだし行くか」
「決まりですね。レオンくんはどうしますか?」
「う~ん。リュクスが行くなら行く」
「ではみんなで出かけましょう!」
飛び跳ねて喜ぶリィラが可愛らしい。
友達と町に出るなんてあまりないだろうからな。
という訳で、俺とレオン、リィラの三人で町へと遊びに向かうことになった。
***
***
***
あとがき
投稿前に読みかえして思ったけどレオンにも声かけるリィラやさしいな…
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