第112話 合宿の雰囲気が女子を積極的にさせる

 学園長の説教から解放された後。


「学園長話なげぇ……すっかり湯冷めしちゃったな」


 なんとなく二度目の風呂にでも入るかと、一人合宿所の廊下を歩いている時だった。


「あ、あの……こんなとこに呼びだしてごめんね」

「別にいいよ。それより」

「ん?」


 遠くから男女の声が聞こえてくる。


 そこの廊下の角からだ。


 こっそりと様子を窺うと……。


 同じ学園の男女が二人、照れくさそうに向かい合っている。


 ほほう。これはこれは……なんと。


 どうやら俺は、告白シーンに遭遇してしまったようだ。


 男子の方はデスマッチに参加せずこっそり抜け出していた……ええと名前は確か……クロウくん。


 女子の方は名前はわからないが、何度か教室や授業で見かけたことのある子だ。


 頬を真っ赤に染めて、緊張した様子でクロウくんを見つめている。


 学園が始まって一ヶ月。


 色っぽいことなど何もない一ヶ月だったが、ようやくカップルが誕生するのか?


「えっと、その……その。わわわわわたし」

「落ち着いて。ちゃんと待ってるから」

「はわっ。うううごめんね。言うから。絶対言うからもうちょっと待って」


 なんともじれったいが初々しい。

 こちらまでドキドキしてきたぜ。


 さて、この恋の結末はどうなるのか。


 我が学年最初のカップル誕生なるか?


 これは見届けなくてはなるまい!


 そしてカップル誕生の暁には祝わねばなるまい!


「……?」


 その時、誰かに方をトントンと叩かれた。


 おい、今いいところなんだから邪魔するなよ。


 そう思って振り返ると。


「……」ニッコリ


 姉を彷彿とさせる恐い笑顔をしたエリザがいた

 エリザに連れられ、俺はこの場を後にする。


「やったー」


 遠ざかる告白現場から、微かに女の子の喜ぶ声がした。


 どうやらカップル成立のようである。


 心の中でおめでとうと、祝福を送るのだった。


 ***


 ***


 ***


「まったく覗き見なんて趣味が悪いわね」

「返す言葉もない」


 窓ガラスに覆われた合宿所のエントランスのような場所にやってきた俺たちはソファに腰掛けた。

 エリザは怒っていると言うよりは呆れたといった様子である。

 さっき風呂から上がったばかりなのだろう、頭に巻いていたタオルを外すと、ふわっと髪が広がった。

 その髪を束ねながら、責めるような瞳でこちらを睨んでいる。


「でもさ。あんな甘酸っぱいシーンに遭遇したら、見守りたくならない?」

「ならないわよ。失敗して、泣いちゃうかもしれないのに。そんなところ他人に見られたくないわ」

「俺は失敗するとは思わなかったな」

「なんでよ?」

「あの女の子、凄く真剣だったし。あれは男なら断れないって」


 恋する女の子は可愛い! と言うが、間違いではないのだろう。


 飛び抜けて美少女という感じの子ではなかったが、それでもあの決意と緊張と期待、そして不安の入り交じったあの顔は魅力的に見えた。


 遠目で見ていた俺でさえそう感じたのだ。


 対面していたクロウくんにはもっと魅力的に感じただろう。


「ふぅん。それじゃあアンタは、女子の本気の告白には絶対に応じるっていう訳ね? 例え相手が誰であっても」

「え……?」


 なんでそうなる? と思ってエリザの方を見て、ドキっとした。


 壁一面が窓ガラスになっているエントランスには、青い月明かりが注いでいて。


 少し湿ったエリザの桃金色の髪を、淡い青色に光らせていた。


 ああかぐや姫がいたらこんな感じなのかなとか、そんなことを思ったりした。


「もし今。私が本気で告白したら……応じてくれるのかしら?」

「え……? いや、俺は」


 俺は、今は恋愛する気はない。

 そのつもりだけれど。


 エリザの手がこちらに伸びる。


 まるで選択を迫るように。


 エリザが告白してきたら?


 俺は……。


「俺は……痛っ」

「バカね。冗談よ」


 エリザは軽いデコピンを食らわせてきた。

 そして、昔のような無邪気な顔で笑った。


 コイツ……。


「ちょっと酷くない?」

「同級生の本気の告白を覗いてた罰よ」

「まぁそういうことなら、甘んじて受け入れるよ」

「ああいう時は黙って立ち去るものよ。それもわからないなんて、アンタ案外まだ子供なのね」

「人間そんな急には変わらないって」


 とはいえ。

 エリザの方は、昔に比べてかなり落ち着いたように思う。


 ゲームでは劣等感から取り巻きを従え、嫌みな言動や意地悪なことをしてくる彼女。

 だが、何故かルキウス様がどうでもよくなったらしいこのエリザは、年相応の落ち着きを持った女の子に成長したように見える。


「なんだろう……エレシアさまに似てきたのかな?」

「ちょっ……アンタ、何言ってるの!?」


 両手で自分の胸を隠すようにしながら、エリザは言った。


「変態……」

「いや身体のことじゃなくて。っていうかエレシアさまの話=胸っていうエリザの考え方も結構失礼じゃないか? 俺とエレシアさまに」


 ていうかその部位に関しては全然似てな――


「アンタ、何か失礼なこと考えてない?」

「いや別に」

「でもまぁ、お姉様に似ていると言われるのは、悪くない気分だわ」

「そうなの?」

「ええ。昔はいろいろあったけど、今はお姉様のことを素直に尊敬している。学園も主席で卒業したし、今も殿下の右腕として頑張ってる。私も負けていられないって思うもの……って、なんでアンタが笑ってるのよ」

「はは、別に」


 ゲーム版エリザの前でエレシアさまの話なんてしたらどんなことになるかわからない。

 もうNGワードと言って良いくらいの地雷だった。


 でも今、目の前に居るエリザにとって、姉エレシアは尊敬できる存在なのだ。


 それが少しだけ寂しくて、とても嬉しい。


「そうだ。今度ウチに遊びに来なさいよ。アンタの活躍を聞いたからでしょうね、お姉様も会いたがっていたわよ」

「えぇ……」


 嫌寄りの嫌だ……。


「何よ。露骨に嫌そうな顔するじゃない。もっと喜びなさいよ」

「わかった。エレシアさまが居ない日に誘ってくれ」

「なんでよ!? 会いたがっているのはお姉様でしょ!?」


 いや、エレシアさま苦手なんだよ。恐いし。


 そこからしばらく雑談をして。


 そろそろ消灯時間の22時を回ろうという頃合い。


 互いに別れて部屋に戻ろうと立ち上がった。


 そのとき、ふと窓の外を見たエリザが呟く。


「あの子……誰かしら?」

「えっと……ああ。あいつはイブリス。イブリス・ロワール。ほら、例の登校免除の特別特待生だよ」

「あの子が噂の……初めて見たわ。で、アンタはもう顔合わせ済みと」

「え、エリザさん? なんか顔が恐くないですか?」

「そうかしら? でも、こんな時間に一人でどこへ?」

「まさかアイツ……」


 イブリスの歩いている先には、ダンジョンの入口施設がある。

 俺とエリザ、二人で様子を窺っていると、イブリスがこちらを見上げてきて、目が合った。


「あ、ヤベ見つかった」という顔をしているな。


「まさかあの子、ダンジョンに一人で潜る気?」

「わかんないけど、そうだったら不味い」


 俺とエリザはとりあえずイブリスを止めようと、外へ向かうのだった。


***

***

***

あとがき


誰だよ3章はサクっと終わるとか言ってたヤツ……


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