第110話 お疲れ様です

 戦いの火蓋が切って落とされた。


「おっと……結構滑るな……これは慎重にいかないと」


 既に何十人が使った浴場の床は石鹸や水でヌルヌルになっており、非常に滑りやすい。

 迂闊に攻めに出れば自爆してしまうだろう。

 だがレオンはそんなこと関係ないとばかりにこちらに突っ込んでくる。


「そのタオル、もらった!」

「甘いぜレオン――俺の秘密兵器を食らえ!」

「なっ!?」


 俺はタオルの中、尻で挟んでおいた薄い石鹸を取り出すと、レオンの足下目掛けて投げる。


 その石鹸を踏んだレオンはスッ転ぶと、尻を強打した。


「きゃいん!?」


 そして尻を押さえながら、涙目でこちらを睨む。


「それズルじゃん!」

「いやいや。俺はたまたま尻に挟まっていた石鹸を捨てただけだぜ? そもそも石鹸は武器じゃないから反則じゃない。だよなゲリウスくん?」

「まぁ、リュクスくんの勝ちでいいんじゃないかな?」

「そんなー!?」


 ちょっとめんどくさくなってきているのか、投げやりにゲリウスくんは言った。


「ああくそ~悔しい」


 尻をさすりながら、浴場を後にするレオン。

 ゲリウスくんが「ここを片付けるのを手伝え」と叫ぶが、俺が止める。


 尻を怪我しているのは本当だから、今日は早めに寝かせてやろう。


「レオンー! 片付けたら写真撮ろうぜ!」

「わかったー! 部屋で待ってる」


 レオンの背を見送って。


「さてみんな。騒がしくして悪かったな。先生たちに見つからない内に片付けようぜ」

「そうだなリュクスくん」

「いや待った」


 早々に片付けを開始した俺とゲリウスくんに待ったをかける者が現れた。


「そのデスマッチ」

「俺たちもやりたい」

「みんなで沢山勝負しようぜ」


 他の男子たちだった。


「お、お前ら……」


 合宿でテンションハイになってやがる……(本日二度目)


 ***


 ***


 ***


「はぁいいお湯だったなぁ」

「やっぱり大浴場はいいよねぇ」

「じゃ、この後はアズリアの部屋に集合ってことで」

「ええ!?」

「オッケー! 恋バナしよう!」

「早く寝ないと……明日もダンジョンだよ?」

「おいおいつれないね~」

「今夜は寝かさないぜ」

「もう~……うん?」


 アズリア、エル、ラトラの三人が風呂から上がり、自室へ戻ろうと歩いていた。


 だが男湯の前に女子達が集まっていて、何事かと思い声を掛けてみた。


「どしたん?」

「みんな集まって」


「それがですね……男湯の中から男子たちの盛り上がっている声が聞こえてきまして」

「何がそんなに楽しいのか、わたくしたち気になって」


 どうやら異様に盛り上がっている男湯の様子が気になるらしい。

 とはいえ入る訳にもいかず、ここで悶々としながら中の様子を窺っているという。


「なるほど……流石貴族のお嬢様方。男子たちが楽しそうにしてると、気になっちゃうのかぁ。乙女だねぇ」


 とシニカルに言いつつ部屋に戻ろうとするラトラだったが……。


「気になる」

「気になる」

「ってアンタたちもかい!」


 アズリアとエルも中の様子が気になるようだった。


「はぁ……最悪。うわ、なんだお前ら!?」


 と、入口に群がる女子たちを押しのけて、レオンが男湯から姿を現した。

 女子たちは怖がって道を空ける。


 そして、女子たちはエルやラトラに「事情を聞いて?」と目で訴えてくる。


 仕方ないなぁとため息をつきつつ、ラトラはレオンに尋ねた。


「ねぇ、レオン」

「うん?」

「男湯が異様に盛り上がってるみたいだけど、男子たち、中で何やってんの?」


 ラトラの質問に苦い顔をするレオン。


「ええと、リュクスと……はっ」


(中で行われているのはデスマッチ……でも……リュクスに負けたなんて知れたら、コイツらになんて煽られるかわかったもんじゃない……ぐぬぬ)


「い……言いたくない」

「え?」


 頬を真っ赤にして、目に涙を溜めながら、レオンはそう言った。


「いいたくない……」

「え、何? 何かあったの?」

「べ、別に。もういい? ボク疲れてるから部屋に帰るよ?」

「う、うん。お休み」

「おやすみー。あ、いたた……もうやだ」


 そうして、自分の尻をさすりながらレオンは消えていった。

 レオンの姿が見えなくなった後。


「どどどどういうことですわ!?」

「レオンさん、リュクスって言いかけてましたわ!?」

「リュクスさんがレオンさんに!?」

「やっぱりお二人の関係って!?」

「レオンさんお疲れになったって言ってました!」

「リュクスさんにお突かれたんですわー!」


 楽しそうにキャーキャーと騒ぎ出す貴族のお嬢様たち。


「いやいや……確かにあの二人は並んでると絵になるけど」


 アイツらのことだから絶対そんなピンクな内容じゃないでしょと、ラトラは苦笑いをした。


(まったく貴族のお嬢様方は……男に夢見過ぎだよ。どうせ中でやってるのもアホみたいなことでしょ)


 さぁ部屋に行こうと友人二人の方を見ると……。


「れ、レオンくんがあんなに弱るなんて……」

「一体中では何が行われているの?」


「お前らもかーい」


 どんな想像をしているのか顔を真っ赤にする友人二人を見て。


「はしゃいでんなぁ」


 と、微笑ましく思うラトラだった。


***

***

***

あとがき


最初はリュクスがレオンの弱点である尻の怪我をネチネチ攻める展開を予定していましたが、主人公がこれはちょっと…と判断し今の形に致しました。


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