第108話 思わぬバトル

「▇▇▇▇▆▆▆▅▂────!!」


 初級エリアの最奥から伸びる細道。

 数々のトラップがあるその道を進んでいくと、少し開けたドーム状の場所がある。


 そこには所謂ボスモンスターが立ちはだかっており、先へ進む冒険者を阻む。


 その名も巨人アトラス。


 人間の倍の3.6メートルもの巨体と不気味な一つ目が威圧的なモンスターである。

 巨大な棍棒による近接戦闘を得意とするアトラスは、初心者冒険者にとっては強敵。

 一撃でも攻撃を受ければ戦闘リズムが崩れ、一気に全滅の可能性も出てくる。


 なので、一瞬の油断もなくみんなで協力して倒すのがセオリーなのだが。


「▇▇▇▇▆▆▆▅▂────!!」

「ぎゃあああああああああ」


 プロテア・インザバースの雄叫びとアトラスの悲鳴が響く。

 筋肉を増幅させた彼女は、アトラスに連続パンチを打ち込み続けている。

 あまりにも早く打ち込まれる拳のせいで、プロテアの腕が何本もあるように見える。


「▇▇▇▇▆▆▆▅▂────!!」


 続けて彼女はアトラスの体を蹴り上げる。そして体を一瞬縮こませると、勢いよく垂直にジャンプ。空中のアトラスに追いついた。


 そして、頭から落下しようとしているアトラスの両脇に足を乗せ、手でアトラスの両足をホールドすると、そのまま地面に垂直に落下してくる。

 所謂パイルドライバーというやつである。


「ぎゃああああああああああ」


 逆さ十字の状態で地面に打ち付けられたアトラスは悲鳴をあげながら消滅した。

 今の技の衝撃で、ダンジョン全体が地震のように揺れている。


 ゲームでは結界破壊効果も持ち合わせるプロテアの必殺技の一つ【エンド・オブ・ワールド】だ。


 その名の通り本当に地球(正確にはこの星?)が真っ二つに割れてしまうのではないかというほどの衝撃がダンジョン中に伝わっている。


 まぁともかく、俺たちは難なくアトラスを撃破。

 これでライセンス講習は終わりである。


 モレス先生はまだ納得いっていない様子だったが、パチパチと乾いた拍手をする。


「ええと。合格です。これで君たちはダンジョンを自由に冒険することができます。とはいえ、ダンジョンの危険度によっては他のダンジョンの攻略実績が必要になったりするから注意してね」


「▇▇▇▇▆▆▆▅▂────!!」(わーい)

「やりましたね」


 俺たちは一通り喜びあった。


「ねぇ、本当に今日このままボスのところに向かうの?」


 モレス先生の言葉に、俺たちは頷いた。


「なんだよ。まだ引き止めるつもりかよ?」


 レオンの言葉に先生は首を振った。


「正式なライセンス発行は明日以降。それまで待てって言っても聞かないと思うからもう止めないけど……さらに先に進むなら、先生も同行するわ」

「先生も?」

「ええ。実はここ最近、ダンジョンに新しいモンスターが出現していてね。君たちなら問題ないとは思うけど、一応説明だけはしておこうと思って。帰るのはそれからにするわ」


 先生……。


 無茶苦茶言った俺たちのために、ついてきてくれるなんて。


 いい人だな。


「それじゃ、先に進みましょうか」


 もう吹っ切れたのか、笑顔でそう言うと、先生は先頭を歩き出す。


 俺たちはそれに続く。


 しばらく歩くと、また広い場所に出た。


 ところどころ段差があり、壁のようなものもある。


 初級エリアよりは狭いが、モンスターに襲われても戦うスペースは十分に確保できそうな簡単な道に見える。


 中級エリア。


 初級よりも多くの種類のモンスターが出現するようになるが、俺たちにとっては誤差の範囲内だろう。

 だが、先生の言う新しいモンスターとはどのようなものなのかは気になった。


「ねぇリュクスリュクス」

「ん? どうしたレオン?」

「ボク、ちょっとトイレに行ってくるから」

「ああ、早く済ませて来いよ。先生には俺が言っとく」


 レオンは俺にそう耳打ちすると、トイレに向かって走った。


 ダンジョン内には管理者によって仮設トイレのようなものが置かれており、冒険者たちはそこで用を足すことができる。

 見た目はまんま花火大会とかで見かけるあれである。


 ちなみにゲームだとこのトイレを交換するクエストなんかもあったりする。

 運搬中にモンスターに攻撃されると失敗になるので、結構難易度が高かった。


「という訳で、不自然な盛り土には気を付けて……って、あら? ねぇリュクスくん。レオンくんは?」

「ああレオンなら、さっきトイレに行きましたよ」

「え?」


 先生の顔が青ざめた。


「安心してください先生。レオンのスピードならすぐに追いついてこれますよ」

「駄目……はやくレオンくんを呼び戻し――」

「うわああああああああああ」

「遅かったか……」


 レオンの悲鳴が聞こえた。

 慌てて振り返ると、お尻を押さえながら涙目でこちらに走ってくるレオン。

 そしてその後ろには……。


「トイレ!?」

「なんだあれ……」


 仮説トイレがどっすんどっすんとレオンを追いかけている。


 いや、只の仮説トイレではない。

 扉の奥、便器の向こうには獣のような歯がびっしりで、触手も伸びている。


「あれは新種のミミック……その名も【便所ミミック】よ」

「便所ミミック!?」

「冒険者用のトイレに擬態し、排泄しようとした無防備な冒険者を抹殺するの」

「とんでもねぇヤツだな!?」


 人間の排泄タイムに攻撃してくるなんて、なんて卑劣なモンスターなんだ。

 正直ここのボスなんかよりよっぽど厄介なんじゃないのか?


「便器に座った瞬間、便器の中から触手が伸びてきて、お尻から串刺しにされるんだけど……流石ねあの子。食らっても死ななかったんだわ」

「でも滅茶苦茶痛そうですね……まだ尻抑えてますし」


 死ぬ程のダメージではなかったんだろうが、アレじゃ戦いは無理だな。


「あはは。面白い走り方~」

「笑ってやるなよクレア」

「先生に許可取らないで勝手にトイレ行ったからバチが当たったんだね。さて、ここはアイツに恩を売るために、助けてあげようかな」

「そういうことなら私も……」


 剣を構えたクレアと、聖なる炎の発動準備に入ったリィラが前に出た。


「気をつけてね二人とも。ミミック系は擬態しているのを無視していれば無害だけど、一度起動したら手が付けられないわ」

「了解!」

「ご忠告ありがとうございます」


 先生の助言に素直に耳を貸す二人。


「さて俺も……と。アイツ目がないのか」


 目がないモンスターにドミネーションは使えない。

 仕方なく俺も魔法の準備に入るが……。


「レオンが邪魔だな……」


 丁度便所ミミックとレオンが対角線上に居て、魔法が撃ちにくい。


「では私が牽制します――ホーリーフレイム」


 王家の聖なる炎は人間には無害。

 レオンが居るのもお構いなしに、リィラは聖なる炎を放つ。


 レオンはそれを飛び上がって回避すると、こちらに突っ込んできた。

 というか俺に突っ込んできた。


「うわああああん。恐かったよリュクス~」

「おうよしよし」

「お尻痛いよ~撫でて~」


「こら! リュクスくん、甘やかしてはいけませんよ」

「いやでも……尻を怪我したのは可哀想じゃね?」

「そうやって甘やかすからレオンくんが調子に乗るんですよ?」


 それはそうかも。


「ほらレオン。ズボンちゃんと上げて……痛いのは我慢な」

「うん……」

「それと、そろそろ離れてくれないと、俺が戦えないんだけど」

「え? もうちょっとこうしていようよ。ボク、アイツ恐いし……」

「わかった。じゃあミミックを倒すまでの間だけな」

「やったー」


 まったくしょうがないやつだな。

 まぁレオンがくっついていっても、魔法なら余裕で使える。


 再び俺が目線を戦線に戻すと、クレアとリィラが個室の中から大量に溢れ出る触手の対処に追われていた。

 明らかに仮説トイレ内の空間より質量の多い触手が溢れ出て、圧倒的な物量を以てこちらを押しつぶそうとしてくる。


「――ヘブンズフェニックス! ……むむ」


 聖なる炎が着弾した瞬間、その部分の触手を切り離すことで全体に燃え移るのを避けている。

 燃やした分の触手が増えるのはリィラが次の技を撃つまでの時間より早い。


 見かけによらず賢いモンスターのようだ。


 プロテアは拳で触手による攻撃を打ち返しているが、決定打がないのか苦い顔をしている。


「リュクスくん。ここは先生も手伝います。援護を」

「はい!」


 モレス先生は自身の剣を取り出すと、構える。

 見たことない構え。おそらく我流なのだろう。


「触手の動きを止めます――スロウ」

「はぁああ! ――ジグザグスラッシュ!」


 俺が魔法で動きを鈍らせた触手を、先生が剣戟スキルで切り裂く。


 続けて俺も攻撃魔法をいくつか打ち込んでみるが、やはりダメージが全体に渡る前に触手が切り離され、致命傷にならない。

 このままじゃ悪戯に体力を消耗するだけだ。


「リュクス、リィラ。私がミミックの本体を狙うから、援護頼めるかな?」


 ミミックの本体……仮設トイレの部分のことだろう。


「それは構いませんが……」

「本体はかなり堅いぞ?」

「あはは。大丈夫。私に任せて」


 俺たちが頷くと、クレアは体勢を低くしたまま、縫うように走り出す。

 ミミックの触手が近づくのを防ごうとクレアを襲うが、クレアはこれを回避。

 スピードを全く落とすことなく進む。


「――ホーリーフレイム!」

「――ダークライトニング!」


 俺たちもクレアを狙う触手を打ち倒し、ついにクレアが敵の本体に近づいた。

 そして。


「――開闢一閃かいびゃくいっせん


 低く、しかし確かに放たれたシンプルな横一閃は、便所ミミックの体を完全に真っ二つにした。

 触手は全て消滅し、仮設トイレを模したその体も光の粒子となって消滅。


 無事、生き残ることができたようだ。


「なんとか倒せたな。ほらレオン。みんなにゴメンなさいだろう?」

「うぅ……わ、悪かったよ」


 本当にまだ痛いのだろう。

 俺の肩に縋りながら照れくさそうにそう言ったレオンの姿を見て、リィラとクレアは吹き出した。


「ププ……いいよ別に」

「ええ。こんなレオンくんの弱々しい姿……プッ。もう見られないかもしれないですから」


「うああ! コイツらにこんな姿を見られるなんて~」


「ほらレオン。先生にも謝ろう」


 俺とレオンは、剣の汚れを拭いてる先生に向き直った。


「すみません先生。トイレのこと、先に報告するべきでした」

「すみませんでした」


 俺とレオンは頭を下げる。


「い、いいのよ別に。先生も先に言っておくべきだった。死ななくて本当に良かったわ」

「先生。ダンジョンに増えている新しいモンスターというのは、便所ミミックだけなのでしょうか?」

「いえ。実はもっと恐ろしいモンスターが居るのよ。ショップミミックっていうんだけど」

「ショップミミック!?」

「そうなの。お店のような形をしていてね。中に入ってきた冒険者を襲って……」

「お店って、あんな感じでしょうか?」

「そうそうあんな感じ……ってああ!?」


 先の方に、ダンジョンには場違いなコンビニ風の建物が建っている。

 そしてその入口には。


「▇▇▇▇▆▆▆▅▂────!!」(やっぱり運動の後はプロテイ~ンよね)


 タンパク質を補給を目的にプロテアが入店しようとしていた。


「「「「待ったああああああ」」」」


 その後、俺たちはショップミミックと戦闘開始。


 便所ミミックよりも強力な敵だった。


 なんとか倒したものの、流石に消耗し過ぎた俺たちは、その日のダンジョンクリアを諦め、大人しく地上に戻るのだった。



 ***

 ***

 ***

あとがき


便所ミミック、個人的には天才的な発明だなと思ったんですけど調べたら普通に先駆者がいましたね。

強さ的には余裕なんだけど、ちょっと厄介ぐらいのモンスターです。


次回はいよいよ合宿の醍醐味……風呂回です。


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