第104話 ウマ親父

 子供の朝は早い。


 そして私、モルガの朝は遅い。


「あそぼう!」

「あと五分……」

「や!」


 リュクスさまの第一子……という訳ではないのだけれど、子供というかそんな感じのポジションに収まっている子。キメラちゃんは朝6時に起床すると、まだ眠っている私の体を揺らします。


「あと五分」

「むぅ……わかった」


 ……。


 ……。


 ……。


「ごふんたった! あそぼ!」

「あと五分」

「うわああん! おきてええええ!」


 ぐわんぐわんと体を揺さぶられますが、私はこの程度では負けません。


 例え主の子供相手だろうと、我を押し通す。


 それこそが私のメイド道なのです。


 という訳であと5分の惰眠を10セットほど行わせてもらいます。


 おやおや、騒いでいますねキメラさん。


 でもこうやって私を起こそうと必死になるもの、それはそれで遊びとして成立しているのではと思うわけですよ。


 キメラさんは遊び、私は寝られる。

 ウィンウィンってヤツですねぇ。


「おきてええええ! おきるのおおお!」

「あと五分」


 惰眠を貪りながら子供の相手までしてしまうとは……流石私。

 もう駄メイドなんて呼ばせません。


「起きているかモルガ。孫の声が聞こえるが……顔を見たい」

「起きてます」


 ノックの音に飛び起きます。


 老人の朝も早い。


 惰眠終了。


 流石にボスには敵いません。



 ***



 適当な空き部屋に移動するとグレム様は積み木のようなおもちゃを広げました。


 なんでもパズルのようになっているらしく、様々なパーツの中から適切なパーツを選び、指示された動物を組み上げる知育玩具のようです。

 いろいろな動物の頭や足を模したパーツが散らばっているのはなかなか猟奇的ではありますが、可愛らしくデフォルメされているため、あまり気になりません。


 グレムさまは厳つい顔で説明書を読み終わったと「うむ」と頷きました。


 何が「うむ」なのでしょうか?


 よくわかりません。


 あと私は一体いつまでこの部屋のドア付近に立っていればいいのでしょうか?


「では始めるぞ孫よ」

「う?」

「今から私が指示した動物を組み上げるのだ」

「おおー!」


 キメラちゃんがルールを理解しているとは到底思えませんが、グレム様はお題の書かれたカードの束をシャッフルし、カードを一枚ドローします。


「では、今から私が見せる動物を組み立てるのだ」

「あいっ!」

「ではお題は……プエルトリコヒメエメラルドハチドリだ」

「う?」


 名前クッソなげぇ動物が出てきましたね。

 普通に「鳥」でいいだろと思いつつ、キメラちゃんを見守ります。


「あ……うぅ……」


 キメラちゃんは悩んでいるようです。

 無理もないです。

 今のお題からこのゲームをクリアするのに必要な文字数は全17文字中最後の2文字だけですよ。

 それに気づけるかが攻略のキーになりそうな予感です。


「あい! できた!」

「あっ……」


 キメラちゃん、やっぱりルールを理解してなかったようです。


 頭部はワニ、首はキリン、胴体はパンダ……などなど。


 様々な動物のパーツがくっついて全体的に竜のようになってしまいました。


 これはグレム様もお怒りなのでは……?


「……ううむ」


 うわぁやっぱり厳つい顔……はいつもか。


「モルガよ」

「は、はい」


 ええええ? この事態、私の方に飛び火してくる感じですか?


「私の孫、天才じゃね?」

「おっしゃる通りかと」


 良かった~怒ってなかった。


「あきた」

「ほう。では何をして遊ぶ?」

「おうまさん!」


 おうま……ああ。これ私がやらなきゃいけないやつですね……。


「当主様、私が……」

「いや。私がやろう」

「え?」


 なんということでしょう。

 グレム様は自ら四つん這いになり、その背にキメラちゃんを乗せました。


「ぱかぱか~!」

「どうだ? 乗り心地はいいか?」

「さいこう!」


 いつもの表情のままお馬さんになっているグレムさまを見て、生きた心地はしません。


 背中に汗が出てきました。


 ですが……。


 ふと、昔の記憶を思い出します。


 私が5歳か6歳だった頃。


 町に突如現れた魔物によって、私の家族は亡くなりました。


 グレム様の運営する孤児院にしばらくお世話になっていた時。


 グレム様は、時折孤児院に現れては子供達と一緒に遊んでくれていたことを。


「……」


 グレム様はあんな厳つい顔をしているけれど、子供には好かれるタイプのお方なのです。


 ですが……自分の子供は?


 昔。

 まだリュクス様が悪魔召喚にハマっていた頃。


 暇だったので聞いたことがありました。

 あれは、私がゼルディアのお屋敷で見習いとして働き始めて、すぐだった気がします。


『リュクス様は悪魔を呼びだしてどうするのですか?』

『生贄ごときが喋るな』

『いいじゃないですか~気になるんですよ』

『そんなこと決まっている。願いを叶えてもらうのだ』

『悪魔ってそういうのでしたっけ? ちなみにどんな願いを?』

『母上を生き返らせてもらうのだ』

『え……?』

『よくは知らないけど、母上は俺のせいで死んだらしい。だから生き返らせる。そうすれば父上は俺のことを許してくれるに違いない!』

『……』

『なんだ? 何か文句でもあるのか?』

『いえいえ。じゃあついでに私の家族も生き返らせてもらおうかな~』

『お前は駄目だ』

『ええ~!?』


 今でこそ精神的に強くなられたリュクス様。でもあの頃は、確かに、父親からの愛に飢えていました。

 自分に決して優しくしてくれない、ましてや会ってすらくれない父親が他人の子供を可愛がっている。

 それをリュクスさまは、どんな思いで見ていたのでしょう。


 目の前で繰り広げられる微笑ましい祖父(自称)と孫(自称?)の戯れ。


 でも。


 もう少し。


 ほんのちょっとでいいから、リュクスさまにも、その愛情を注いであげて欲しかったと思います。

 間接的にではなく。

 直接。


「きゃきゃ! おうまさんすごい!」

「ふっ……まだまだ加速できるぞ」


 楽しそうにはしゃぐお二人を見たら。


 リュクスさまはどう思うのか。


 きっと心を乱してしまうのではと思います。

 せめてこの光景をリュクスさまが見ることのないよう……。

 そう思っていると……。


「モルガ~俺のくし知らね?」


 扉が開きました。

 リュクスさまです。


「もう。リュクスさまったら。なんでもかんでも私に聞かれても困りますよ」

「いや、お前よく俺の櫛持ってくじゃん。自分で使うって」

「いつも私の仕業と思ったら大間違いです。ちゃんと自分で管理してないからこういうことになるんですよ?」

「う、疑って悪かったよ。ついな」

「まぁ私なんですけどね」

「おいっ!」


 私はポケットから櫛を取り出します。

 そしてそれをリュクスさまに手渡しました。


「キメラちゃんの髪をすいてあげようと思いまして」

「ぱぁぱ!」

「ああなるほど。一晩預かってくれてありがとうな。お陰でよく眠れた……って、キメラのやつ、ここに居るのか?」

「はい。今、当主様とご一緒……あ」


 部屋の中を見たリュクスさまは難しい顔をしています。

 端的に表すと「うわぁ……」という顔でしょうか?


 そして、厳つい顔をしたウマ親父を見ています。


「ぱぁぱ! おうまさん!」


「そ、そっか。お馬さんとイイ子にしているんだぞ?」

「あい!」

「じゃ、モルガ。後は任せたわ」

「……はい」

「メイドって大変だな……」

「いえ……あ、はい」


 リュクスさまはウマ親父には触れずに一階に降りていきました。

 どうやら見なかったことにしたようです。

 私もそれがいいと思います。

 私も今日中にこの出来事は忘れるつもりです。


「ぱぱおでかけ。さみしいねぇ……あれ、おうまさん?」


 しばし、気まずい沈黙が流れます。

 そんな中、ウマ親父が話し掛けてきました。


「モルガよ……」

「はい」

「息子にとんでもないところを見られてしまった。私はどうすればいい?」

「知りません。はしゃぎ過ぎです」


 その後、「私も馬になれますが? 本物になれますが? あとペガサスも行けますが?」と出しゃばってきたピエールさんが登場し、この空き部屋がさらに混沌と化すのですが、それはまた別のお話。


***

***

***

あとがき


男の親子はいろいろあるのよモルガちゃん。というお話。


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