第103話 会議
リュクスがゼルディア別邸にてキメラに振り回されている頃。
学園では明日から開催されるオリエンテーションイベントについての重要な会議が行われていた。
薄暗い会議室には学園長や学園主任を始めとした教師陣が集まり、重苦しい雰囲気が流れていた。
ここで何を決めているのかというと……。
「ではこれより。第56回、一年生ダンジョンオリエンテーリングの班決めを開始する」
「「「「……」」」」
ダンジョンを探索するための知識を学ぶオリエンテーリングは、班ごとに別れて行われる。
そして各班に一人ずつ、戦闘に秀でた職員がついて指導する。
「とはいえ……今年は難しいですな」
「はい。何せ入学二週間であれほどの事件を解決した凄い学年ですし」
「家の位も高い子たちが多い。その上、立派な功績まで立てて」
「もう我々が教えるなんておこがましいのでは……」
「コホン……」
学園長が威圧的に咳払いすると、職員たちは黙った。
「では、まずリィラ・スカーレットだね。この子は文句なしに優秀な子さね。もちろん、身内贔屓なんかじゃないよ」
四属性魔法を操り、さらに聖なる炎にも目覚めている。
対モンスター戦において無敵の存在。
それがリィラだった。
「で、誰か指導したいという者はいるかい?」
「「「「……」」」」
教員たちは押し黙った。
リィラが優秀なことは承知しているが、もし王女であるリィラになにかあった場合、責任をとることは難しい。
「はぁ……情けないねぇ。それじゃあモレス。アンタに任せるよ」
「えええ!? 新人の私に!?」
学園長は新人のモレスを睨む。
「王女様の護衛なんて無理ですよ!? 私、今年から補助教員になったばかりの新米ですよ!? 去年まで学生でしたし」
弱小貴族の末っ子だったモレスは卒業後、得意だったダンジョン探索で生計を立てようと思っていたが、学園長にスカウトされたのだ。
今はベテラン教諭に付いて、二年生にダンジョン学を教えている。
「アンタはまだ18歳さね。年齢も近い方がいいだろう」
「確かに我々おじさんがつくよりいいかもしれませんなぁ」
「友達感覚の方が王女様も喜ぶでしょう」
「くれぐれも王女に失礼のないようにな」
「うぅ……先輩方酷い」
リィラはモレスが担当する1班に決まった。
「安心するさね。リィラはこの学年じゃまだ可愛い方だ。責任感も強いから、もしもの時は頼りになる。さて次は……プロテア・インザバース」
「「「「……」」」」
押し黙る教員たち。
「いきなり問題児が来ましたねぇ」
「授業中にも関わらず筋トレを始める問題児だと聞いてます」
「いやぁ私の授業も取ってくれているのですが、彼女、寝ながら空気椅子を始めたんですよ」
「寝るだけでも失礼なのに空気椅子でトレーニングとは……」
「あと何を言っているのかわからない」
「とんでもない問題児ですなぁ」
チラっと、職員たちの顔がモレスに向いた。
「な、なんですか?」
「インザバース嬢は1班ということで」
「異議なし」
「異議なし」
「意義あり! ズルいですよ。問題児を新人に押しつけるんですか!?」
「いいかモレス。若いときの苦労は買ってでもしろというだろう?」
「この程度の問題児で根を上げていたら、先はないぞ」
「これはお前のためを思って言っているんだ」
「はぁ……わかりましたよ」
学園長は口を出さず、教員たちの顔を見回す。
「それじゃあ次は……クレア・ウィンゲート」
「「「「……」」」」
「このノリ何回やるんですか!?」
また押し黙る教員たちに思わずモレスが突っ込んだ。
「ウィンゲートくん……彼女はなぁ」
「優秀なんだけどね?」
「知らない間にどこかに居なくなっていそうで」
「怖いですねぇ」
「そんなの、ちゃんと目を光らせておけばいいじゃないですか。それが指導というものですよ先輩方」
「目で追えない早さなんだよ」
「あ……」
クレアが本気を出せば、棒立ちの状態からでも最高速へ移行できる。
ここに居る教員たちレベルだと、突然消えたように見えるだろう。
「クレア・ウィンゲートも1班ということで」
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし」
「えええええええ!?」
モレスが悲鳴をあげた。
「若いときの苦労は……」
「それはさっき聞きました」
「若い女はああいう王子様系女子好きだろう?」
「寧ろちょっと嬉しいんじゃないか?」
「うわぁセクハラだぁ。まぁいいですよ。じゃあウィンゲートさんも受け持ちます」
「いいのかい? アンタには荷が重いと思うが」
学園長の言葉にモレスは答える。
「構いません。他の先生方に嫌々指導されたらウィンゲートさんも可哀想です。先輩方! 次はいい加減、自分たちで引き取って下さいよ」
「わかったよモレスちゃん」
「私たちも教員だ」
「先輩たちを信じろ」
「いいかい? じゃあ次……レオン・ブレイズ」
「「「「……」」」」
「なんなんだよコイツら!」
最早モレスの中で、先輩教員たちに対する敬意は消えていた。
「さっきまでの威勢はどうしたんですか先輩方!」
「いや……この子はちょっと」
「シンプルに怖い」
「心とか折られそう」
「というか前に折られた」
「この人たち……」
「じゃあレオン・ブレイズも1班ということで」
「異議なし」
「異議なし」
「意義なし」
「ちょっと待てや。おかしいでしょ!? 問題児三連続で新人に任せるって!?」
「お前はアイツのことを知らないからそう言えるんだ!」
「俺なんて後ろ姿見ただけで震えが……ああ……あびゃびゃびゃびゃ」
「いかん!? 発作が!?」
「薬を! 誰か薬を持ってこい」
問題児の征夷大将軍のような存在と化しているレオンは、すでに何人かの先生にトラウマを与えているようだった。
「という訳でだ。ああいう問題児は、君のような若くて可愛い熱血教師と触れあうことで改心するのではと思うのだよ」
「それもセクハラですよ」
積み上がっていくモレスへの重圧に、学園長が助け船を出す。
「いいのかいモレス。アタシが断言するけど、レオンはアンタの手に負える子じゃないよ?」
「いいんです。むしろ先輩方がこんなに怯える問題児、気になってきました。レオンくん、1班で預かります」
「ハッハッハ! 大した度胸だ。気に入った。アンタの今年のボーナス、アタシが色を付けておいてやろう」
「本当ですか!」
モレスの目が輝く。
一方、他の教員達から文句が出たが、学園長が一喝する。
「うるさいよ。大体なんだいアンタたちは。さっきから聞いていれば、問題児たちを全部新人に押しつけて」
「いえこれはですね」
「我々なりの愛の鞭というか」
「ほう……じゃあアタシの愛も受け取ってくれるかい?」
学園長が教員たちにウィンクする。
「ひっ……」
「あがが」
「……オエ」
「新人へのセクハラとパワハラ。アンタたちは減給だよ。しばらく新人と同じ給料で過ごして初心を思い出しな」
あんまりだという声を「これが愛の鞭だよ」と一喝し、黙らせる。
「が、学園長カッコいいです」
「ふっ。そうかい。アタシもアンタのことを気に入ったよ。とはいえ、今回に限っては気合いだけでなんとかできるメンツじゃないさね」
特にレオンが問題さね……と学園長は苦い顔をした。
モレスの心意気は買った。だがそれでも現実問題、レオンをぶつけたら彼女の心が折られる可能性がある。
将来ある若者の未来が失われるのは、学園長としても心苦しい。
「リュクス・ゼルディア。コイツも1班に入れておくさね」
「ゼルディア……御三家の魔眼の子ですか?」
「そうさね。コイツが居れば……まぁこのメンツはなんとかなるだろうよ」
「……?」
「頑張るんだよ」
申し訳なさそうに肩を叩かれ、新人教師モレスは首を傾げるのだった。
***
***
***
あとがき
この新米教師が未来の次期学園長だったら面白い。
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