第101話 荒ぶる当主
当初の予定ではイブリスにキメラを見せた後は宿で一泊し、明日の朝直接オリエンテーションに向かうつもりだった。
だが知っての通り、予定は大幅に変更になったため、俺は一度ゼルディア家の別邸に帰宅することになった。
起こったおおよその出来事をレポートに簡単にまとめ、騎士団の偉い人に現場を引き継ぎ。
オリエンテーション後はまた国王のところに行かなくてはならなそうだ。
ともかく、全てが終わって帰路につく頃には、すでに夜になっていた。
「疲れた……。早く帰って、今日は寝――」
「ぱぁぱ! あそぼ! ぱぁぱ!」
「――はぁ。休むのは無理そう」
ドッペルゲンガーのピエール曰く、進化したというキメラは、何故か人間の女の子の姿になった。
年齢は7~8歳の少女といった見た目。
漆黒の長い髪に青と赤のオッドアイ。
しかも耳が四つとか角が生えているとか尻尾が生えているという、普通の人間と形容していいのか微妙な姿で。
こういうの、モンスター娘というのだろうか?
「きっと、神と一緒に居られるように、貴方に近い姿を選択したのでしょう。可愛いところがあるじゃないですか」
と、キメラをおんぶしながら横を歩くピエールが言った。
ってか自然に一緒に歩いているが、コイツは一体どこまで着いてくるんだろう?
「戦闘能力が大きく下がったのもそのせいかな?」
「そこは本人が望んだことだったのかどうか……。何せ、あの時点で身体の9割を呪縛札に吸われていましたからね」
キメラの身体の9割を吸収したものの不発に終わった究極の呪縛札は、魔眼による解析の後、そのデータと共にイブリスに手渡した。
紙でできているようでその実まったく違う素材が使われていたあの呪縛札。
それさえイブリスが突き止めてくれれば、イミテーションで複製することも可能になってくるかもしれない。
特別な力がなくても使えるように……とか、改良の余地もあるだろう。
地上に居て生活を営む魔物や亜人を捕まえるのは論外だが、もしダンジョンの魔物を捕らえられるようになれば俺たちの生活はまた便利になるだろう。
「神に逆らうつもりはありませんが、私は反対ですね」
「そう? あと神って呼ぶのやめない?」
「皆が皆、神のような高潔な精神をもっている訳ではありません。神は、すこし人の善性を信じすぎているところがある」
「トルルルリみたいなことをし始めるやつが出てくると?」
「確実に出るでしょう。また、新たな戦いの火種になるやも」
「ふぅむ」
確かに。
ダンジョンで無限に戦力を確保できるわけだからな。
戦争の道具にに……なんてことにもなりかねないってことか。
「はぁ……それ聞いたら余計憂鬱になってきた」
「ぱぁぱ! がんあえ!」
「ほら。娘さんも頑張れと言ってますよ神」
「いや俺お前のパパじゃないんだけど……その呼び方止めてくれない? りゅ・く・す。ほら、言ってみろ」
「ゆううちゅ」
「はは。神の名前はちょっと言い辛いですよ」
「お前、人のこと神とか呼んでるくせに、ちょいちょい失礼なこと言ってくるな」
というか、なんでキメラは幼児化してるんだ?
見た目は7、8歳くらいなのに、中身が赤ちゃんみたいだ。
まぁでも融合された瞬間生まれたと仮定するなら0歳な訳だし、正しいのだろうか?
「だったら赤ちゃんの見た目になればいいのにな」
「神の好みのタイプに合わせたんじゃないですか?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる?」
誰が7、8歳の女の子が好みだ。
などとやり取りをしている間にゼルディア別邸に到着した。
報告がてらネギーを先に帰らせていたので、全ての準備が整っているだろう。
「かわいい~!」
「あう……?」
キメラを連れて帰ると「待ってました」とメイドたちは出迎えてくれた。
「という訳で、しばらくうちで預かることになると思う。大変になると思うけど、よろしく頼む」
「いえ。望むところですよリュクスさま」
「そうですわ。将来リュクスさまのお子の面倒も見ることになりますので」
「その予行演習ですね」
メイドたちはやる気だった。
よかった。
じゃあ俺はお風呂入って休むから……。
そう言おうと思った時、屋敷の扉が開かれた。
「ふぅんん! ゼルディア家次期当主。デニス・ゼルディア退勤」
兄さんが帰ってきた。
「あ、ええと」
「ふぅん。そう不安げな顔をするなリュクスよ。話はすべて聞いている」
どうやらメイドが兄さんにも連絡を入れていたようだ。
なら問題ないか。
兄さんが目一杯手に提げた袋を見てみると、どうやら子供服やおもちゃのようだ。
ちょっと引く量だった。
あまり無駄遣いしていると、イリーナさんに怒られますよ?
「ふぅん。子供のための買い物を無駄遣いというのはどうかと思うぞリュクスよ。さて、この子が例の子か」
兄さんはキメラに近づくと、愛おしそうに抱っこした。
「う?」
「ふぅん。なかなか賢そうな顔をしているではないか」
「きゃきゃ!」
「キメラ、兄さんに失礼のないようにな」
「あに!」
「ふぅん。兄と呼ぶのはやめてもらおう。私のことは……叔父さんと呼ぶがいい」
おいメイド。
兄さんにちゃんと説明したんだろうな?
今の一言。
認識がズレて伝わっている気がするぞ。
メイドの方を見ると、全員俺と目が合わないように目を逸らしている。
おいこっち見ろ。
「あの兄さん。この子はモンスターで、俺の子供でも兄さんの姪でもないんですよ」
「あ、ぱぁぱ。ぱぁぱ」
「ふぅん。この子はお前のことをパパと言っているようだが?」
「ふざけているだけだと思います。俺とコイツはテイマーとそのモンスターです」
そこはきっちりしておかないとな。
「兄さんのことも、ちゃんとデニス様と呼ばせますので」
「でにちゅ!」
「ふぅん。無論知っている。だがこうして人間の少女の姿になり、お前のことをパパと呼ぶ。この子の望んでいることが自ずと見えてくるのではないか?」
「コイツが家族を欲していると?」
「直接聞かなくてはわからんがな。とはいえ、ゼルディア家は家族を失った子供たちに居場所を与えてきた歴史がある」
そうだった。
父上は魔物の被害によって家族を失った子供たちを積極的に支援していた。
メイドたちもみんな、そうやって家に来てくれたんだ。
「ならば、少しくらいこの子に付き合ってやるのもいいだろうリュクスよ。聞けば、この子は強大な力を持つという。その力を正しく使うためには、幼い頃から愛情というものを教えてやるのが一番だと、私は思うがね」
「兄上……」
いつも「ふぅん」ばかり言っているだけと思ってたけれど、貴族として、上に立つものとして立派に成長している。
そんな兄の姿と成長に感動していると、後ろから厳つい声が響いた。
「くだらんな。間違っているぞデニス」
「その声は……父上!? 何故王都に!?」
驚くデニス。
無理もない。俺も帰ってきたら領地に居るはずの父グレムが居てびっくりした。
ローグランドでは使い魔を使って高速で手紙をやり取りする方法があるから、国王経由で情報が回ったのはわかるが、元々こちらに来る予定でもあたったのだろうか?
「ふ、ふぅん。何が間違っているのですかな父上。よろしければこの未熟者に、ご教授いただけますかな?」
兄さんはイラっとしたのだろうが、それをちょっとしか表に出さず、そう返事をした。
俺も兄さんの言ったことには少し感動したから、父上が今の発言のどこが気に入らないのか、わからなかった。
兄さんの少し挑発的な言葉を受けても少しも険しい表情を崩さず、父グレムは言った。
「デニスよ。貴様が買い込んできた子供服。そのような王都の店の二流品を、我がゼルディアの子供に着させるわけにはいかんのだ」
え、そっち?
「お言葉ですが。この店の子供用品は王都の若い夫婦たちの間で流行している、低価格かつ安心安全な……」
「ふん。王都の店など信用できるか。この子には我が領地で用意した一流のものを身に付けさせる。お前やリュクスも世話になった老舗の品だ」
俺は隣に足っているデポンに耳打ちした。
「なぁ、さっきから気になってたんだけど、父上の席の後ろに積んである荷物って」
「はい。グレムさまが持ってこられました」
「じゃあ、あの中身って」
「おそらく……」
嘘だろ全部子供用品かよ……。
小学校でも始めるんですか? ってくらいの量だけど……。
「めっ! けんかはめっ!」
「あ……」
父上と兄さんの喧嘩がいつ終わるのかなーと思っていると、二人の間に割って入るキメラ。
「ふん。これは喧嘩ではないぞ。親子で意見を戦わせて……む?」
キメラは父上にビビることなく、その顔をじっとのぞき込む。
凄いな。
メッチャ怖い顔してるのに。
「何だ? 私の顔に何かついているのか?」
「じいじ」
あっ……。
やばいこれ怒られるやつか?
俺とメイドたちに緊張感が走る。
当主を「じいじ」呼びはまずい。
流石にメイドたちに謝らせる訳にもいかないので、俺が前に出る。
「も、申し訳ありません父上。父上のことは当主様と呼ばせるようにしっかりと教育をしますので」
「よい」
「え?」
「じいじと呼ばせて構わんと言っている」
キメラを抱き上げながら、そう宣言する父上。
「いやでも、そいつは幼女の見た目をしているだけで、本当はモンスターで」
「モンスターではない! 孫だ!」
「違いますよ!?」
多少の混乱は覚悟していた。
だが、想像とはちょっと違う方向に混乱している。
「流石、神を育てた一族。暖かいですね」
そんな俺たちの様子を、ドッペルゲンガーのピエールが微笑ましく見守っていた。
いやお前。本当にいつまで居る気だよ?
***
***
***
あとがき
前にもちょっとだけ触れたけど、この世界には召喚獣を使って高速で運んでくれるガルーダ便なるシステム(高額)があります。
今からこんなんで本当の孫が生まれたらゼルディア家はどうなってしまうのか…。
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