第100話 エヴォリューション

「これは酷い……」


 キメラと敵が居ると思われる管理棟跡地に到着すると、地獄のような光景が広がっていた。


 敵のしもべだったと思われる亜人の死体があちこちに散らかっており……。


 中央にはキメラと同じくらいの大きさを持つドラゴンの首無し死体が転がっている。

 その横に、この地獄のような光景を作り出した張本人と思われるキメラが鎮座していた。


「キメェ……キメェ……」


 心なしか具合が悪そうだった。

 腹が大きく膨れているので、おそらくドラゴンの頭部を食したのだろう。


 変なもん食うから腹を壊すんだ。


「ムゴいなこれは。えっと、ドッペル……」

「ピエールとお呼びください我が神」

「ピエールさん。すまない。知り合いとかいないといいんだが」

「……」


 木にぶつかって死んでしまったであろう亜人たちを運び終えたピエールは、黙ってしまった。

 そして。


「いえ。皆、知らない顔です」


 嘘だろうなと、なんとなく思った。

 俺を気遣った、ピエールなりの優しさ。


 このドッペルゲンガーを信用するか決めかねていた俺だったが、ここで信頼に足る人物だと確信した。


「そんな顔をしないでください神。先に手を出したのは我々なのです。こうなるのも覚悟の上。それに……」


 開いたままだった獣人の目をピエールが手で閉じた。


「彼女たちの人生は、トルルルリの手駒にされた時点で終わっていた。悪戯に弄ばれるだけの地獄から救われたことを、彼女たちはきっと感謝しているはずです」

「そう言ってくれると助かる」


 このドッペルゲンガー、冗談みたいな見た目をしているが、中身はどこか大人ぽい。

 彼の言葉で、俺の心は少しだけ軽くなった。


「この人たちの死体は……そうだな。王様に頼んで、ちゃんと埋葬してもらおう」

「それはありがたい。離れ離れになったであろう家族や友人に、せめて天国で会えることを祈りましょう」

「だな」


 さてそうとなれば予定を変更して王都へ引き返したいところだが……。


「り、リュクスさん! すすす凄いっす! ドラゴン! ドラゴンの死体っす!」

「そうだな……」


 俺はこの現状にかなりグロッキーになってしまったのだが、イブリスは平気なようだ。

 首無しドラゴン……嵐竜の死体にテンションが上がっている。


「解体しましょう! レア素材が大量に摂れますよ!」

「ネギーが解体する。任せて」


「えっと……」


 これどうするんだろう。

 一応国の対応を待った方がいいのか?


 死体となっている亜人さんたちは手厚く葬る必要がある。


 だがドラゴンは?


「神。嵐竜は解体してしまってよろしいかと」

「いいのか?」

「はい。このままここに放置しても腐ったり、下手をすればアンデッド化してしまう。解体し素材として、後の世に役立てるのがいいかと」

「わかった。ネギー! 解体を頼めるか?」

「任せて」


 ダンジョン産のモンスターは倒せば素材化するのだが、地上産のモンスターは死体が残るため、素材化するのに解体をする必要がある。


「じゃあ素材のリスト化は……イブリスに任せていいか?」

「もちろんっす!」


 目が輝いてるなぁ……。


 まぁそうだよな。


 ドラゴンから取れる素材。

 凄い武器とか魔道具が作れそうだもん。


 ドラゴンは二人に任せるとして……。


「キメェ……」(お腹が痛いです)


「問題はコイツだな」


「キメェ」


「ここにこんなヤツが来なかったか?」


 ピエールがトルルルリの姿に変身する。


「キメ!」


「来たのか。で、倒したのか?」


「キメキメ!」(ゲップ)


「まさか……食べたのか」


「キメェ……」(お陰で腹痛です)


 大魔族トルルルリの襲撃を難なく返り討ち。おまけに捕食。

 改めてとんでもない強さだ。


「ピエールさん。呪縛札ってのは魔族の間じゃ普通に流通してたりするのか?」


 少なくともゲームのブレファンでは影も形もないアイテムだ。

 だがだからといってこの世界ではわからない。


「いえ。確か、魔王支配以前から、選ばれた一族だけが使う特別なアイテムだったとか。トルルルリもその一族出身で、ヤツがその製造方法を習得する前に一族は滅んだらしいですよ」

「じゃあトルルルリ自身は呪縛札を作れないんだ」

「はい。なので、ストック品を大事に使っていました」


 なら、キメラが敵に奪われる心配はもうないってことか。


「先ほども言いましたが、呪縛札に現在掛かっている支配を上書きするほどの力はありませんよ」

「そういえばそうだった。じゃあ俺がキメラを支配している限りは安全ってことか」

「はい。あ……」


「何その『あ……』ってヤツ。凄い嫌な感じなんだけど」


「い、いえその。一枚だけ。たった一枚だけ、あらゆる魔法や耐性、それらも全て無視して捕獲することができる究極の呪縛札がある……というようなことを聞いたことがあるような……」


「なんだそれ……」


「キメェ?」


「なんでもキラキラに輝く豪華な見た目をした呪縛札で、いずれ神や天使に出会ったときに使う予定で大切に保管していると聞いたことがあります」


「ええと……あんな感じのやつ?」


 俺はキメラの剥き出しの歯にくっついているキラキラのお札を指差した。

 お札は紫色の魔力を帯びている。


「おお! まさにあんな感じの……ってあああああ!」


「あれやっぱ起動してるのか!?」


「おそらく、奥の手として究極の呪縛札を使ったものの、間に合わずにジジイは食べられたのでしょう」


「けど、時間差で究極呪縛札は起動した……術者なしでも起動するものなのか?」


「わかりませんが現状そうなっているので……」


「キメ……キメエエ!?」(わわ、何かがおかしいです!?)


 突如、キメラの体が粒子のように分解されていく。


 そして、札に吸い込まれていく。


「キメエエエ!?」


「か、神! 早くなんとかしないと、キメラさんが呪縛札に捕らわれてしまいます」


「ああわかったすぐになんとか……って待てよ」


 これ、何も問題なくないか?

 術者であるトルルルリは死んだ。


 キメラは札に吸収される。


 札の大きさは一万円くらいで小スペース。


 あれ、俺が抱えてた問題解決じゃね?


「ここは何もしないのが正解かもしれない」


「神!?」

「キメェ!?」(ご主人!?)


「だってそうだろう。軍団率いてきた魔族を一方的に返り討ちにできる強さだぞ? あまりにもバグ過ぎる。どんなに手なずけたとしても、同じ土地で生活するなんて不可能だ」


 自分たちをいつでも全滅させられる強さを持つ怪物と、いつ裏切るかもコントロールできなくなるかもわからない中で共存する。


 無理だ。


 小さくしてダンジョンの奥に置いてくるのを当初の目標にしていたが、それもかなり苦肉の策だった。

 だが小さい札に封印されるなら、願ってもないことだ。


「このキメラは存在そのものが邪悪。そもそも始めから生まれてくるべきじゃなかったんだ」

「むぅ……神がそう言うのでしたら……仕方ないですね」


「キメエエエエエエエ」(びええええええん)


 キメラが泣いているように見える。


 だが仕方ないんだ。


 今のお前を受け入れるだけの力が俺たちにはないんだ。


 だからここは大人しく……。


「それでいいのかリュクスさま」

「え?」


 話が聞こえていたのか、解体をしていたはずのネギーが口を開いた。

 じっと、こちらを見ている。


「存在そのものが邪悪。生まれてきたことが間違いだった。それは、リュクスさまが言われて傷ついた言葉なんじゃないのか?」

「あっ……」


 俺は……いつの間にか……キメラに同じ事を。


 リュクス・ゼルディアとして転生して、直接的に迫害された経験はゲームリュクスより少ないとはいえ。

 魔眼に向けられる奇異の目を不快に感じていたことがあったはずなのに……。


「ありがとうネギー。目が覚めた」

「うん。いい目になった。それでこそリュクスさま」

「――剣召喚陣起動!」


 俺はグランセイバーⅢを転送し、手に握る。


「ちょっと痛いのは我慢しろよ、今、その札を破壊してやる――ダークライトニング・スラッシュ!」


 黒い稲妻がキメラの牙まで届き、究極の呪縛札を攻撃する。


「駄目だ……効かない!?」

「くっ」


 キメラの体はもう半分ほど分解され吸収されている。


「ならこれでどうだ! ――ダークマターノヴァ!」


 今の俺の最強の闇魔法。

 これならどうだ……?


「駄目だ……全然効かない」

「キメェ……」


 こんなことなら。

 もっとアイツに優しい言葉をかけてやればよかった。


 今さらだけれど。


 本当に今さらだけど。


 せめて、最後に。


「キメラ……」

「キメェ!?」

「俺は何もしてやれなかったけど……あの時。俺とリィラを助けてくれてありがとうな」

「キメェ……」

「感謝している。お前のことは、ずっと忘れない」

「キメエエエエ」(ご主人んんん)


 俺からの最後の言葉に、キメラは感動したように吠えた。


 そしてその時、不思議なことが起こった。


 もう10分の1ほどしか残っていなかったキメラの体が光輝いたのだ。


「な、なんだ!?」

「これは、まさか。いや、そんなことがありえるのか?」

「知っているのかピエールさん」

「ええ神。あれはテイマーとそのパートナーたるモンスターが真の絆で結ばれたときに起きる奇跡。進化です」

「テイマー……え、テイマーって俺?」


 あれ、俺このキメラのテイマーだったん?


 いやブレファンのヒロインにもテイマー居るけど……俺は魔眼で支配しただけだったからそんな自覚なかった。


 ってか真の絆?


 結んだ?


 結んだっけ?


 結んだかも?


 しかし、進化か。


 一体どんな化け物になるんだ?


 キメラの残された身体が光り輝き、変質していく。


 それに伴い、究極の呪縛札による吸収が止まった。


「おそらく残ったキメラさんが別の存在に進化するからでしょう。今まで吸収していたパーツとは別の存在と認識されたため、吸収を免れたのです」


 光輝くキメラの残りカスは小さく小さくなりながらこちらにふわりと舞い降りる。

 そして。


「むにゃぁ……すやすや」


「これは……女の子?」


 頭には獣の耳と竜の角。


 人間の耳がある位置にはエルフの耳。


 黒くて長い髪の毛。


 そして腰にはモフモフの尻尾。


 おめでとう!


 キモいキメラは【人外ヒロインがキメラ合体したような幼い少女】に進化した。


「いや……なんで!?」


***

***

***

あとがき


ついにメインストーリーが100話突破です。

今後もよろしくお願いします。


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