第99話 ドッペルゲンガー

 ドッペルゲンガー。


 地球で生きた俺からすると、魔物というよりは都市伝説を思い浮かべる。


 有名どころの話だと、知り合いから「昨日○○に居た?」と聞かれる。

 家でずっとぐーたらしていた語り手は「居なかったよ」と答える。


 だが、次第に自分が行っていない場所での目撃談が増えていくのだ。

 自分ではない自分そっくりの誰かが、自分の周囲に居る。


 そんな怖い話系の都市伝説。


 後は、自分のドッペルゲンガーを見たら死ぬ……なんて追加設定がある場合も。




 とまぁそんな怪異的な存在をまず真っ先に思い浮かべたのだが……どうやらこの世界ではちょっと違うらしい。


「ドッペルゲンガー……変身能力を得意とした亜人ですね」


 イブリスの魔法の眼鏡によると、この世界のドッペルゲンガーは亜人らしい。

 つまり、エルフとかドワーフと同じ括りというわけだ。


「ちょっと待てよ。亜人については結構調べたけど、ドッペルゲンガーなんて知らないぜ」


 少なくともゲームには登場しなかった。


「ええと。彼らの変身能力は人間に目をつけられてですね……その」


 どうやら王族貴族の影武者として……その他様々な使い道があるとして人間に捕まり、絶滅してしまったらしい。


「なるほど。私の同胞たちは皆消えてしまったのですね」


 ピクトグラムのような体に目が二つという落書きのようなその顔から、ドッペルゲンガー……もといピエールの感情は読めない。

 だが見かけの割にダンディなその声は、悲しみに沈んでいるように思えた。


「あの魔族に捕まって早800年。そのようなことになっていたとは知りませんでした」


「なぁ、アンタの言う『あの魔族』の正体を話してくれるか?」


「もちろんです。貴方は私の恩人。知っていることは全てお話し致します」


 ピエールから敵の情報、そして今この訓練場で起こっていることを聞いた。


 首謀者はトルルルリ・ピルプッケス。


 呪縛札という魔道具によって魔物や亜人を捕らえ使役するテイマーのような戦い方をすること。


 長い時を生きた大魔族で、全盛期にはあの魔王とも肩を並べる強さだったこと。


 年老いてからは魔族領の隅で美少女を集めてウハウハしていたこと。


「それじゃあアンタも、エロ目的でその、トルルルリに捕獲されていたのか?」


 ドッペルゲンガーは手で触れた相手に変身できる能力を持っているらしい。


 その能力で、いろいろと嫌なことをされていたのだろうか。


 だがピエールは首を振った。


「確かに始めはそのような目的だったのでしょう。ですが、我々ドッペルゲンガーが真似できるのは姿のみ。能力や力はコピーできないのです。ですがヤツが気に入らなかったのは、声が元のままというところでした」


「声?」


「はい。あの老人は私にマーメイドの稚魚になることを命じてきました。私が以前に捕まっていたのが人魚の国だったからです。私は老人の望み通りロリマーメイドに変身し、彼に体をまさぐられました。しかし……」


「ああ大丈夫。もうわかった」


 確かにスケベ目的で体に触っているのに渋いおっさんの声が漏れてきたら萎えるだろう。


「それ以来あまり外には出して貰えませんでした。呪縛札の中に居ると、まるで時が止まっているかのような状態になるのです。ですが外に出て、容赦なく流れ去っている時間を感じると……うう」


 涙は流れていないが、ピエールはどうやら泣いているようだった。

 それもそうか。


 ちょっと寝ていたら、もう自分の知っている人たちはみんな居ない。


 それどころか、同胞はみんな滅んだ後。


 なんだか浦島太郎を初めてみたときのような、そこはかとない切なさを感じる。


「リュクス・ゼルディア様。トルルルリは貴方のキメラを狙っています」

「俺のじゃないけどね」

「トルルルリの狙いは私にはわかりません。ですが碌な事にならないのは事実。どうかヤツを倒して下さい。そしてできれば……私と同じ境遇の者を救って頂けたら……」

「わかってる。元からそのつもりだ」


 呪縛札。

 拉致監禁からの奴隷化みたいな最低の魔道具だ。

 魔物はどうでもいいが、もし他に捕らわれている亜人種がいるのなら、開放してやりたい。


「ありがとうございます。本当にお優しいお方だ。非力ですが、私にもいろいろと協力させて頂きたい」

「ああ。貴方には道案内を頼む。で、イブリスとネギーだけど」

「り、リュクスさん! ここで帰れなんて無しっすよ!」

「ピエールの話を聞いたら、ネギーも逃げ出すなんてできない」


「だよなぁ」


 言うと思った。

 出来れば逃げるのと同時に、騎士団へ報告しにいって欲しかったんだが。


 とはいえ、今から二人で訓練場を抜けたところで報告まで数時間はかかるだろう。


「リュクスさん。呪縛札による捕獲は別の支配に対して無力。既に魔眼で支配されているというキメラが捕獲される心配はほぼないかと」


「それを聞いて安心したよ。まぁ、それが本当だったら……の話だけど」


「おお、私を疑っている? いえ、無理もない。私にとって貴方は恩人……いや神だが、貴方にとっての私はただの怪しいドッペルゲンガー。ならばいっそ、私も貴方の手で支配していただきたい。それを以て忠誠と感謝の証として欲しい。さぁ。目を。私の目を見てください」


「いやいいや。信じる」


 なんかキモいし、支配とかしたくない。


「その信頼が気持ちいい。では早速向かいましょう」

「ああ。それと道中、敵の戦力を教えてくれ」

「了解しました。まずヤツの手持ちで一番強力なドラゴンの話を」


 奇妙な仲間を迎えながら、俺たちはようやくキメラの居る管理棟跡地へと辿り着くのだった。



***

***

***

あとがき


呪縛札、言うまでもなく某ポケがモチーフなんですけど、同じタイミングでパクリ疑惑のゲームがバズってて笑ってます。


殴ったり瀕死ギリギリまで削ったり毒麻痺入れたりして捕獲したモンスターと信頼関係築けるわけないよなーとか思いながらできたのがトルルルリでした。


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