第96話 ゲットだぜ!

「我が可愛い嫁ちゃんたちよ! ちゅちゅ。今出してあげるからね!」


 王都郊外の訓練場。

 激しい戦いの爪痕残る管理棟跡地にて、トルルルリは魔法を発動する。


 その手に握られたのは、十数枚の札だった。


 その札には女性の姿が描かれている。


「呪縛札起動――リアライズ!」


 札が輝くと、トルルルリの周囲に女性型モンスターが姿を表した。


 呪縛札。


 大昔の魔族が使っていた魔道具で、魔物を体ごと封印し、その支配権を得ることができる超強力なアイテムである。


 トルルルリはこの札の力により多くの魔物を従え、操り、強大な魔族として名を馳せたのだ。


「さぁて。今日はみんなでキメラ退治じゃ。ワシのアソコが数百年ぶりに復活するかもしれんからのう。気合いを入れるんじゃ!」

「……」


 女たちは無反応。


 だが、慣れているのだろう。


 トルルルリはニヤニヤと笑うと、指を鳴らす。


「ぐっ……」

「きゃっ」

「あがががが」


 途端、女たちの首に赤い刻印が浮かび上がる。

 その刻印から流れ出るトルルルリの魔力によって、女たちの肉体に苦痛が与えられる。


「どうか……」

「お、お許しを……」

「が、頑張ります」

「えいえいお……」


 苦痛にもがきながらも、女たちは精一杯の笑顔を作った。


 それを見たトルルルリは満足そうに頷く。

 再び、女たちの表情が曇る。

 一度呪縛札に捕らわれてしまったが最後……。


 もう二度と、この生活からは逃れられない。


「さて。あの小僧の言っておったキメラとはドコじゃ? まったく反応がないが……」

「私が探します」


 長い耳をしたエルフの少女が水晶玉に魔力を込める。

 水晶玉には周囲の地形が3Dモデルのように表示される。


「そうじゃった。エルフちゃん、お主は探知魔法が使えるんじゃったな。よしよし」


 トルルルリのお触りに耐えながら、エルフの少女がキメラを探していると……水晶玉に反応があった。


「下……」

「下じゃと? ……まさか」


 途端、地面がゴゴゴと大きく揺れた。


 次の瞬間。


「キメエエエエエエエエエエ!」


 地面を突き破り、キメラが飛び出してきた。


「な、何じゃと!? コイツ、地面の下に隠れておったんか!?」


 トルルルリは数名の配下と共に上空にかち上げられる。


 そして、眼下ではキメラが大きく口を開けている。


 食われれば、魔族の再生力をもってしても命はないだろう。


「おのれ――サクリファイスエスケープ!!」

「え!?」


 トルルルリは呪縛札で支配した魔物と自分の位置を入れ替える魔法【サクリファイスエスケープ】を使用。

 地上に居た、キメラの被害を免れたゴーストの少女とトルルルリの位置が入れ替わる。


「いや……いやああああああ」

「キメエエエエエエエエ」


 ゴーストの少女と、同じくかち上げられた数名の女たちはキメラの口の中に消えていった。


「ぐぬぬ……ゴーストちゃん、吸血鬼ちゃん、エルフちゃんに獣人ちゃん…ワシの可愛いお嫁ちゃんを……許さんぞこの化け物め……」


「キメエエエエエ」(貴方魔族ですね! 主に代わって成敗します)


「何じゃこの醜悪なビジュアルは……じゃがワシのえちえちスローライフのためじゃ。確実に捕獲させてもらうぞ。アルラウネちゃん!」


「……」


 トルルルリの指示で、下半身が植物のモンスターアルラウネが前に出た。

 アルラウネは無数のツタを伸ばすと、キメラの体を締め上げる。


「キメッ!?」


「ふぉふぉふぉ。貴様がどんなに強かろうと、アルラウネちゃんのツタから注入された毒が全身に回れば動けなくなるぞい」


「キメエエエエエエエ」


「これで動きは封じたぞ。さぁ嵐竜ちゃん。お主の出番じゃぞ」

「……はいはい」


 気怠げに。嫌々にといった様子で前に出たのは角を生やした幼い少女だった。


「この化け物には普通のやり方じゃ勝てない。最初から本気で行く」

「ええ!? あの姿は可愛くないから嫌じゃ~」

「……能力解放」


 角の少女はトルルルリを無視すると、その秘められた真の力を解放した。


「キメ!?」

「我は嵐竜。まがい物のお前とは違う……真のドラゴンなり」

「キメエエエエエ」


 角の少女がその真の姿を表した。


 キメラと同等の大きさを持つドラゴンへと姿を変えたのだ。


 ブレファン世界において、ドラゴンは特別な生き物である。


 魔族すら上回る、この世界で最も強い種族なのだ。


『――テンペストウィング』


 アルラウネに拘束されて動けないキメラの体を竜巻が襲う。

 嵐竜の魔力によって生成された特別な竜巻は、キメラ以外の味方や地形には一切のダメージを与えない。

 本来は地形が変わってしまうほどの破壊力をすべてキメラだけに収束させているのだ。


「キメ……キメエエエエエ」


『かなり弱らせたぞ。ジジイ。やるなら今だ』


「ジジイは止めてほしいのう。ダーリンと呼んでくれ」


『早くしろジジイ。キメラが死んでしまうぞ』


「ほいほい」


 嵐竜ちゃんには後でお仕置きじゃなと思いつつ、トルルルリは懐から札を取り出すと、キメラに向かって掲げる。


 呪縛札による捕獲は大魔族トルルルリを以てしてもすぐに行える訳ではない。


 対象となるモンスターを弱らせ、精神的に屈服させる必要があるのだ。


 激しい攻撃や拷問によって体力を奪い、毒や催眠によって判断能力を弱らせる。


 そうすることによって、呪縛札による支配をしやすくしてから捕獲するのだ。


 当然、そのような方法によって配下にしたモンスターと信頼関係を築くことは不可能。


 だからこそ、刻印が与える苦痛が必要なのである。


 嵐竜ほどのモンスターが大人しく従っている。

 その事実だけで、刻印によって与えられる苦痛がどれほどのものなのか想像ができるだろう。


「呪縛札起動。それ、キメラゲットじゃぞ~」


 トルルルリの魔力を帯びた呪縛札がキメラに張り付く。

 通常ならばこの時点でキメラはトルルルリの下僕となるのだが。


「な、なんじゃと!?」


 キメラに張り付いた呪縛札は燃えて消えた。


「馬鹿な!? 呪縛札はモンスターには破壊不可能……」


『このキメラ、既に何者かの……しかも強力な人物の支配下にあるようだ……諦めろジジイ。このままコイツを倒すぞ』


「嫌じゃ嫌じゃ! コイツをゲットしないとワシのアソコはずっとこのままなじゃ! ワシのご立派様を復活させて嫁ちゃんズとえちえちな遊びがしたいんじゃー」


『あのイモムシみたいなヤツがご立派とは笑わせる……ん?』


「キメキメ~」(あの、そろそろ本気出してよろしいですか?)


『何……?』


 キメラが吠える。

 そして、自身を拘束しているアルラウネのツタを引きちぎった。


「ぎゃあああああああああああ」


 アルラウネの絶叫。

 ツタを切り裂かれた衝撃と痛みで、そのまま絶命する。


「な、何じゃ!? アルラウネちゃんの毒を受けて、何故やつは動けるんじゃ?」


『毒に耐性があったのだろう。だが我の攻撃を受けたというのにその余力……解せん』


「キメエエエエエエエ」


『いやまさか……そうかそうか。それなら納得がいく』

「なんじゃ嵐竜ちゃん!? なにかわかったのか?」

『ヤツは先ほど食らった女たちを吸収し、体力と魔力を回復させたのだろうよ』

「そんなことができるのかのう!?」

『元々が様々なモンスターの部位を合体させた歪な化け物。出来てもなんら不思議はない』

「ぐぬぬ……ワシの嫁ちゃんを吸収するとは……許せん……」

『悪いがご立派様は諦めろジジイ。この化け物はここで確実にここで消しておかなければ……世界にどんな災いをもたらすかわからんぞ』

「災いよりワシのおちん『行くぞ化物!』


 嵐竜は、今度は本気の力でもって技を使う。


『滅びよ――テンペストウィング』


「キメエエエエエエ」(同じ攻撃は通じません!)


『なっ……に!?』


 キメラの腕が伸び、嵐竜の頭部を鷲づかみにする。


『あ……やめ……やめ』


 ギチギチと妙な音を鳴らす嵐竜の頭部。


 そして最後には……。


「キメッ」

『がふ……』


 ぶちゅっという音と共に、嵐竜は動かなくなった。


 キメラが嵐竜の体を投げ捨てると、周囲が揺れる。


 その揺れで正気に戻った女たちは、トルルルリを見捨てて走り出す。


「ま、待つんじゃ嫁ちゃんたち! また刻印による責め苦を味わいたいのか! 待て、ワシを置いていくな! 待つんじゃアアアア」


 キメラの恐怖に比べれば、トルルルリの脅し文句など屁でもない。


 トルルルリの手持ちで最強だった嵐竜が敗北した時点で、トルルルリに従っていても、どの道死ぬしかないからだ。


「キメエエ」(逃がしません)


 だが敵を逃がすキメラではない。


 キメラが8枚の翼を羽ばたかせると、たちまち突風が発生。


 その突風に体を攫われ、女たちの体は木々や岩に激突。


 バラバラに砕け散った。


「ぐ……ぐごご。まさかワシの嫁ちゃんズが全滅……あれだけの美女たちを集めるのにどれほど苦労したか……くそう」


 突風に巻き込まれたのはトルルルリも例外ではない。

 だが魔族特有の再生能力で、肉体を徐々に再生する。


「キメエエエエ」(後は貴方だけですね)


 トルルルリを一飲みしようと、口を開いて頭部を近づけるキメラ。


「ふん……馬鹿め。ワシにはまだ切り札があるんじゃ! 見よ、究極の呪縛札を!」


 トルルルリは金の縁取りがされた呪縛札を取り出す。


「この呪縛札はな! ありとあらゆる支配の上から、強制的に魔物をゲットすることができる、世界に一枚だけの呪縛札じゃ。天使や神なる者に出会った時に使おうと思っておったが……仕方ない」


 キメラの口が近づいてくる。


 トルルルリの足がまだ再生しきっていない。


 急がなくてはと、詠唱を開始する。


「ルエマカツオエマオズラナカ~ルエマカツオエマオズラナカ~よし!」


 究極呪縛札が起動する。

 後は術を発動するだけ……だったのだが。


「あ、待つんじゃ。タンマ! ちょっとタンマ!」

「キメエエエエエエエエエエエエ」


 トルルルリがキメラに捕食される。


「あ……ぎゃ……やめ……やめるんじゃ」


 バリバリ。


 ボリボリ。


 バリバリ。


 ボリボリ。


「ギャアアアア……アアア……ア……」


 バリバリ。


 ボリボリ。


 バリバリ。


 ボリボリ。


「ゴクン……キメェ」


 数百年の時を生き、多くの命を弄んできた男は、歪んだ命であるキメラによってその人生に終わりを告げた。


 粉々に砕かれた肉体は胃に送られ、先にやってきていた女たちと共に、キメラに体を吸収されていく。


 かつては魔王と肩を並べた大魔族の、あまりにもあっけない幕切れだった。



***

***

***

あとがき


エルフとかドラゴン娘とかヒロインになれそうだった子がみんな死んでもうた……。


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