第93話 誰かにとって価値あるもの
放課後。
俺とティラノは人気の無い空き教室へと移動する。
「この魔道具の開発には、代々ワイの家、ボーン家も絡んどってな」
なんでもボーン家は、かつては東の果ての国で魔を払う仕事をしていたらしい。
それって寺生まれの……。
いや、何でもない。
「元々は目に見えない霊を念写するための装置やった。それが今では思い出を切り取って写真にする、便利な道具になったんや」
「でも思い出に残しておこう……って話じゃないんだろ?」
「当たり前や。これはビジネスや」
ティラノの目がギラリと光る。
「カメラの魔道具は庶民には手の出ない高級品や。これもいつか使うチャンスがあるかもと、ワイの家にあった試作品を勝手に持ち出してきた」
「大丈夫かよ?」
「そっちの心配はええねん。重要なのは、ワイの家にはカメラで撮影したものを写真として量産する設備が整ってるという話や」
雑誌を作っている商会ほどではないが、印刷のための魔道具はすべてそろっているという。
「そこでやリュクス。限定的に女体化したお前のセクシーな写真を撮影し、王都で売り捌くんや!」
「……う~ん」
売れるのかそれ?
もちろん裸とか、直接エッチなのはやるつもりはない。
でも普通に写真を撮るくらいなら全然オッケーだし、名前を伏せて謎の美少女ということにしてくれれば、売るのも問題ない。
とはいえ、それは果たして売れるのだろうか?
「売れるやで」
俺の不安を悟ってか、ティラノはハッキリと言い切った。
「これを」
ティラノは懐から何枚かの写真を取り出すと、机の上に並べた。
「お、おお!?」
そこには、数々の美男子が写っている。
全員見たことない顔だが、とんでもないイケメン揃いだ。
「王都ではな。自分の写真を売って金を稼ぐイケメンたちがおるんや。王都の女の子たちの間じゃ、密かにブームなんやで」
「へぇ……知らなかったぜ」
聞けば、この写真を売ることに特化した商業ギルドが存在するらしい。
定期的に本物との握手会なんかも開催されているのだとか。
なんかアイドルみたいだな。
うちのメイドたちも密かに集めていたりするのだろうか?
「今のところ女の子の写真は発売されとらん。そこでや」
「なるほど。俺の可愛い写真を撮って、一稼ぎしようって訳か」
「理解が早くて助かるやで。前から計画はしとったんやけど、まさか貴族のお嬢様に頼む訳にもいかんからな」
「確かに。そういう意味じゃ、今の俺はうってつけだな」
一晩もすれば、男に戻って、どこの誰かわからなくなる。
「よし、それならさっさと始めようぜ」
「せやな。じゃあ、まずはこれを着て撮影や」
「おう! ってこれ、王立学園の女子の制服じゃねーか!」
「気にするなやで」
「なんでお前が持ってるんだよ」
「気にするなやで」
「はぁ……わかったよ。それじゃ、ちょっと着替えるから外行っててもらえるか?」
「オッケーやで」
無人の教室で女子の制服に着替える。
事前に用意されていた姿見で、自分の姿を確認する。
「う~む」
可愛いのだが、制服のサイズが合っていない。
スカートは異様に短くなって見えるし、胸がテントのようになっているせいでヘソ出しになっている。
確かにエロくて扇情的だが、ちょっとあざとすぎる気もする。
「お、ええやんええやん」
「なんかちょっと馬鹿ぽくないか?」
「それくらいの方がええやろ。ほな――フラッシュサン」
ディラノが照明代わりにと光魔法を発動。
そして、カメラを構える。
俺はポーズを取った。
「アカン」
「え……?」
即駄目だしを食らった。
一体何がいけなかったのだろう。
「なに自信満々にポーズとってんねん。恥じらいや。もっと恥じらいを見せんかい」
「恥じらい?」
「せやな……ちょっと小さいサイズの服を着せられて、意図せず露出が増えて恥ずかしがってる女の子。テンションアゲアゲやろ?」
「わかる」
なるほどそういうことか。
ティラノのヤツ。わかってやがる。
「えっと……こんな感じか?」
俺は口元を手で押さえ、もう片方の手でスカートを下に引っ張る。
少しでも隠れる面積を増やしたいかのように。
「おおおおおおわかっとるやんけ! よっしゃ! それじゃ一枚目、撮るで!」
「おう」
「いくやでー」
カメラのシャッター音が鳴る直前。
なんの前触れもなく、俺の身体が元に戻った。
「「え!?」」
俺とティラノは何が起こったのか理解できず、数分固まった。
「は、ははは。思ったより効果が切れるのが早かったな……」
「な、なんやねんリュクス!? 早く女の子に戻らんかい!」
「無茶言うなよ!」
「あああどないすんねん。ここまで準備したのが全部パーや!」
がっくりと項垂れるティラノ。
だがまぁ、こればっかりは仕方ない。
もともと事故みたいなもんだったしな。
「早よ着替えんかい。これじゃワイが女装した男子の撮影会をしてる変態みたいやないか!」
「言われなくても着替えるよ」
俺も巻き添えはごめんだった。
着替えながら、自分の身体を確認する。
「うん。ちゃんと元に戻ってるな」
「はぁ……そかそか。良かったなぁ。ほな、ワイは帰るやで……」
俺が着替えている間に撤収作業を終了させたティラノは、最後にそう言うと、教室から出て行った。
「なんだったんだ今の時間。まぁこの世界じゃ貴重なカメラを見せて貰えたから、いい経験になったかな」
素材さえ集めれば複製も行けるかもな。
そう思いながら、帰路につく。
長かった一日は、ようやく終わるのだった。
***
***
***
数日後。
「う~ん……」
ティラノ・ボーンは写真の束を見ながら、難しい顔で廊下を歩いていた。
「一応現像してみたものの……おえっ。なんやねんこの写真」
あの時、シャッター音はならなかったものの、カメラは一枚の写真を撮っていた。
指示された恥じらい乙女のポーズをしつつも男に戻ってしまっているリュクスの姿を。
その写真にはリュクス(男)が女子の制服を着て恥ずかしがっているという姿が写っていた。
「あああ! あと一歩早くカメラが動いていれば、美少女リュクスを写真に収めることが出来たんやけどなぁ! ワイのビジネスチャンスが!」
こんな女装男子の写真とか誰得やねん! と叫ぶ。
「ぐへへ。こうなったらこの写真をネタにリュクスを脅迫……やめとこ。普通にブチのめされるのがオチや。それにそんな方法で金を得ても面白くないねん」
脅迫まではいかなくても、この写真をネタにイジってやろうか。
「まぁ、それくらいがええな。よっしゃ決めた。笑いに昇華してこの件のことは忘れよ」
そんなことを考えながら歩いていると、角で誰かとぶつかった。
「痛いやで!?」
「わ。おいどこ見てんだよ」
「スマンスマン。あ、写真が」
ぶつかった拍子に周囲に写真が散らばる。
「写真……これって」
「あ……」
ティラノがぶつかった相手……レオン・ブレイズが写真を拾い上げる。
「何これ?」
「アカン……」
(これヤバイやつやで。レオンはリュクスの親友。そのリュクスの恥ずかしい写真をワイが持っている……な、なんとかワイのロイヤルギャグで……いや、アカン。レオンは冗談とか通じるタイプやない。あれ? これワイ死んだか?)
「ねぇ、何これ?」
ティラノが言い訳を考える時間など許さないとでも言いたげに、レオンの双眼が写真からティラノに向けられる。
「こ、これは……その……ビビビ、ビジネスをやろうと、おおお、思ったんやけど」
正直に最初から話そうとするが、怖くて口が上手く動かないティラノ。
「ふ~ん。そうなんだ」
「はい……」
固唾をガブ飲みするティラノ。
「いくら?」
「へ?」
いつ自分の命が刈り取られるのだろう。
そう思っていたティラノだったが、レオンの返答は意外なものだった。
「ビジネスだから売り物なんでしょこれ? で、いくら?」
「ええと……その辺りはまだ未定で……せやから、後日色々決まったら教えるって感じでええですか?」
「いいよ。楽しみにしてるね」
にっこり笑うと、レオンは立ち去った。
「お前、なかなかやるじゃん」
「ど、どうも……」
命の危機を脱したティラノはその場にへたり込んだ。
「た、助かったやで……けど、リュクスに内緒で売ってもええんか?」
リュクスは写真を撮られていたことを知らない。
知れば「消せ。販売などあり得ない」と言うだろう。
ティラノ的にもそんなことはあり得ない。
自分の恥ずかしい写真が商品として売られるなんて、リュクスが可哀そうや。
「でも売らないなんて言ったら……ガクガク」
レオンに殺される。
そう思ったティラノは秘密の会員制度を作り、被写体(主にリュクス)には絶対に迷惑を掛けないという条件下の元で写真を販売することにした。
この裏の商会は数名の太客を掴み、卒業までの三年間でそこそこの利益を上げることに成功するのだった。
***
***
***
あとがき
後でカメラ使って遊ぶかも? ということで作ったお話。
次回から本題です。
数名の太客とは誰なのでしょうか?
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