第90話 4人目のヒロイン

 レオンを抱え、イブリスの研究室に入る。


「うわ汚!?」


 研究室は爆発を差し引いても汚かった。

 ゴミや食った後の皿が散らばっている。

 夏になったら虫が沸きそう……。

 

 うちのデポンが見たら笑顔で文句を言いながら全力で掃除を開始するだろうな。


「だ、誰っすか!?」


 片付けをしていたのであろう少女がこちらを振り返る。


 茶色いショートカット。

 目を隠す長い前髪……なのに眼鏡……。

 中学生くらの小柄な体格にオーバーサイズな白衣を纏った彼女こそ、ブレファン4人目のヒロイン、イブリス・ロワールだった。


「美人が美人を抱えてやってきたー!? な、何事ですか!?」


 イブリスは俺から逃げるように後ずさった。


「す、すみません……ここここんな汚い部屋で……」

「いや、こっちも急に来ちゃったからさ」


 俺はレオンを適当な椅子の上に寝かせる。


「俺はリュクス・ゼルディア。君と同じ一年生だ。よろしく」

「は、はい。自分、イブリス・ロワールです……」

「あの……握手拒否は結構傷つくんだけど」


 自己紹介と共に差し出した右手をイブリスは無視していた。

 いや、無視というよりは……。


「すすすすみません。いきなり美女が現れて混乱してるます……」


 前髪で隠れて見えないが視線が泳いでいるのだろう……俯いてしまった。


「こ、こんな私ごときの薬品に塗れた汚い手で、その美しい手に触れるのは恐れ多いといいますか……」

「それなら大丈夫。俺、男だから」

「……!?!?!?」

「いやフリーズしないで。今は君だけが頼りだから」


 宇宙猫みたいにならないで。


「さっきの爆発の時、扉の前に居たんだよ。それで、目が覚めたらこうなった」

「そ、そ……それは申し訳ないっす。学園長からの依頼で性別を反転させる魔法薬を研究してたので……」

「学園長の依頼で?」


 一体何に使うんだろう? 


「えっと。雄雌比が著しく狂った幻獣種の保護繁殖に使うみたいっす」

「ああ、そういうこと」


 オスだけ、またはメスだけが持った素材を目的に乱獲されるということはよくある。

 例えばオスだけに見られる希少部位が狙われるとか。

 逆もまた然り。

 それを解消するための薬を開発していたということか。

 多分学園長がそういった研究機関と繋がっているんだろう。


「なるほど、それなら結構上手くいったなじゃないか?」


 俺は自分の身体を指差しながら言った。


「いえ……まだ完成には至ってないっす。性別反転はできますが、薬として形にするのが難しくて……」

「なるほど。それでさっきの爆発か」


 しょんぼりするイブリスに、俺は気になることを聞いてみた。


「ちなみになんだけど……」

「はい」

「これいつ元に戻る?」


 まさか戻らないなんてことはないと思うんだけど。


「それなら安心してください。明日の朝には元に戻ると思います」

「け、結構長いね……」

「あっ……あっ……その。魔力に対する抵抗が高い方なら、もっと早く戻れるかも」


 う~ん。

 こりゃ、午後の授業は諦める必要がありそうだ。


「嫌なんですか? そ、そんなに綺麗なのに? 正直、ちんちくりんの自分よりずっと美しくて……う、うらやましい」

「悪い気はしないけど、会った人にいちいち説明するのも面倒だしね」

「なるほどっす。ゼルディアさんは友達多そうっすもんね」


 イブリスは少し寂しそうに笑った。


「……イブリス。君は友達が欲しいの?」

「え? ええええ!? いえ、そんなことはないっす。自分なんて平民ですし。ただ何個かつくった魔道具が学園長さんに評価されて……それで学園に呼ばれただけっすから」

 

 と、イブリスは自虐気味に笑った。


 イブリス・ロワール。


 ゲームでの彼女との出会いは模擬戦イベント後から行けるようになる研究棟にて。


 研究室に引きこもる彼女は生活能力がなく、そんな彼女をほっとけないレオン(ゲーム版)は、イブリスの世話のために研究室に通うことになる。


 彼女の生み出す様々な発明品が引き起こすハチャメチャな事件に翻弄される日々。


 だが次第に「もっといろいろな人と友達になりたい」というイブリスの願いを見ぬき、レオンは彼女が教室に通えるように頑張る……というのが大まかなイブリスルートのストーリーだ。


 そう。


 彼女は研究室に引きこもってはいるが、本当は友達が欲しいと思っているのだ。


 元々の性格が根暗なのと、身分差があるから遠慮しているだけで。


「ただなぁ」


 イブリスを研究室から引きずり出すのはレオンの役目だ。


 俺の出る幕じゃない。


「おーいレオン~起きろ~」

「むにゃむにゃ……りゅくちゅ~もっとぉ~むにゃむにゃ」

「ダメだこりゃ」


 レオンの頬を軽くペシペシしてみたが、起きそうもない。

 だから俺は、彼女に自分の用件だけを伝える。


「イブリス・ロワール。俺がここに来た理由をまだ伝えていなかったね。実は、君に開発して欲しいものがある」

「自分に……っすか?」

「ああそうだ。国王や学園長も頭を悩ませる問題が発生していてね」

「そ、そんな大問題を自分が解決できるんですか!?」


 慌てふためくイブリス。


「俺はできるんじゃないかと思ってる」

「……! わ、わかったっす。話を聞きましょう」

「助かる。君には、魔物の体を小さくする魔道具、又は魔法薬を作って欲しい」

「魔物の体を小さく……」


 小さく。


 小さく。


 と彼女は何度も呟く。


 そして。


「無理っすね」


 研究者として表情で、彼女がそう言った。


「姿形を小さくする魔法は確認されていますが、それらは強化魔法という位置づけっす。なんで、敵に効果を及ぼすには敵の抵抗を突破する必要があります。魔道具や薬でその抵抗を突破することは不可能っす」


「それなら問題ない。手なずけた魔物に使う予定だから」


「そ、それならなんとか……なるかもしれないっす」


「本当か!」


「は、はい……一応設計してみますんで、しばらく時間をくれると嬉しいっす」


「わかった。協力は惜しまないから、必要なものがあったらなんでも言ってくれ」


「ええと……それじゃあ……早速いいすか?」


「うん。なんだい?」


「明日もその……遊びに来て欲しいっす。人と話すの久しぶりで。今日、とっても楽しかったから……」


 照れくさそうな彼女のささやかな願いに、俺は明日もまた来ようと思うのだった。


***

***

***

あとがき


真面目に話してるけどリュクスは女の子になっております。


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