第三章 オリエンテーション編
第88話 闇の本流
あの事件から二週間。
授業も本格的に始まり、忙しくも充実した日々を送っていた俺の元に、ギーラ国王から呼び出しがあった。
リィラにもあまり聞かれたくない内容だったのか、午後の授業を公欠とし、俺は王城へと赴く。
5年前、十年祭で来て以来の王城は、あの日から何も変わっておらず、懐かしさを覚えた。
様々なボディチェックの後、衛兵さんに連れられて国王の執務室に入る。
「リュクスか。よく来てくれた。わざわざすまんな」
「いえ」
堅苦しい挨拶はなしだとばかりに国王がソファーに腰掛けたので、俺もそれに習う。
「頼んだものは持ってきてくれたか」
「はい。こちらです」
俺は封筒に入れていた資料を取り出すと、国王に手渡した。
「今回は7人か」
「はい」
俺が国王に手渡した資料には、Bチームのメンバーだったエル・オルファ。ラトラ・トーラ。ブレン・ドラン。モエール・アチャ。アストラ・ドロッグ。ピュート・フウジン。ブシャ・ビシャスの魔法覚醒に関するデータがまとめられていた。
「本人たちにはなんと?」
「闇魔法によって作った食事で体内から魔力を摂取することで、眠っている魔力神経を活性化させる……と、今までの定説をそのまま説明しています」
「ふむ。彼ら7人は魔法が使えなかっただけで、家柄は貴族。その説明なら問題ないな」
「はい。また、最初の段階で秘密にするようには伝えてあります」
「ふむ。7人分のデータ収集、ご苦労だった」
俺は模擬戦イベントまでの期間、Bチームのみんながどのような魔法に目覚め、それをどう成長さえていくかを細かく観察し、資料としてまとめていたのだ。
それを今、国王に提出した。
「そして……学友たちに嘘をつかせてしまってすまないな」
「いえ。そもそも模擬戦に勝ちたくて俺が始めたことですから」
イミテーションで作った食事を食べることで、本来魔法が使えなかった者が魔法を使えるようになる。
さらに、魔法を使えるものが食べればさらにその力を大きくする。
留学中先で闇魔法の研究をするにあたって、割と早い段階で俺は王様にこのことを伝えていた。
王様は何か気になることがあったようで「しばらくそのことは内緒にするように」と伝えられた。
そして、いくつかの約束を取り決めた。
もし誰かに闇飯を食わせるなら、上記のような言い訳を伝え、さらに秘密を守らせること。
さらにその者がどのように魔法の能力を開花させていくのか記録することなどだ。
ちなみに俺がBチームのみんなについた嘘とは、闇飯で魔法が使えるようになるカラクリの部分だ。
あの説明では貴族の血を引くBチームのみんなが魔法を使えるようになった説明にはなっても、モルガたち庶民が魔法を使えるようになった説明にはなっていない。
そして……貴族の血を引いていなかったロデロン・デクスターが魔法を使えるようになった説明にもならないのだ。
人間は本来だれでも魔力を持つ。
だがその魔力を魔法という形に変換するための魔力神経は貴族しか持ち得ない。
魔力神経を親から受け継いだにも関わらず、眠っていて魔法の力を行使できない状態だったのがBチーム。
そもそも魔力神経がなかったのがモルガやロデロン。
結果が同じなだけで、闇飯を食って魔法を使えるようになる過程は大きく異なっている。
「ロデロンから、何か聞き出すことができたのでしょうか?」
「うむ。禁じ手だが、やむを得ず我々はヤツの頭の中を覗いた」
「改変される前の記憶を見ることができたのですか?」
「ああ」
「では、ポパルピトがロデロンに闇飯を?」
「いや……そのような記憶は確認できんかった。そもそも、ポパルピトがイミテーションを使えたかも怪しいのだ」
「え?」
王様は苦いものでも舐めているような、そんな顔で続きを離してくれた。
「ヤツが11歳の頃。高熱を出して寝込んだことがあった」
孤児院の地下室で放置され苦しんでいたロデロンを看病したのはポパルピトだったという。
だが不完全な肉体のポパルピトにできることはそう多くない。
「ヤツは何を思ったか、ロデロンに闇の魔力を注ぎ込んだのだ」
「闇の魔力で病気の菌を殺そうとした……のでしょうか?」
「その方法が正しかったのかわからない。だがロデロンは回復し、さらに魔法を使えるようになっていた。もしかしたら……」
「魔法の覚醒に必要なのは闇飯ではなく……闇の魔力?」
「結果を見れば、そうなるだろうな……」
だが、気になることもある。
「ですが、闇の魔力を体に浴びることが条件だとすると、騎士団や冒険者の中にもっと魔法能力に目覚めるものが増えてもいいような気もします」
「ああ……そこなのだ」
騎士団や冒険者として活動している者たちの多くは貴族の血を引いておらず、魔法なしでモンスターと戦っている。
そして、モンスターの中には闇魔法を使ってくる連中も多い。
もし魔法の覚醒にイミテーションによる食料の具現化、それの経口摂取という過程が必要ないのなら、敵の攻撃を食らいつつも生き残った騎士団や冒険者の中に魔法を使えるものがもっと多いはず。
だがそのような事例は一切確認されていない。
「これは私の仮説だが……」
王はさらに顔をしかめる。
「気を悪くさせたらすまない。だが私の意見を言ってもいいか?」
「はい。お願いします」
「ありがとう。流石あの男の息子だ。さて、私の考えだが……」
王は一端言葉を句切る。
「魔法を使えぬ者を魔法に目覚めさせたのは二人。君とポパルピトの共通点を考えてみたのだ」
「俺とヤツとの共通点……それは」
魔王に連なる力を持っていること。
ヤツは遺伝子。そして俺は……魔眼。
「すまない。リュクス、お前が素晴らしい人間だということは知っているのだが……」
「わかっています国王。認めて頂けたあの日から、俺は魔眼の力を利用すると決めています。今更ですよ」
「そうか……そうだったな。お前は強い子だったな」
優しげに笑う国王。
「それに、研究が進めば、やがては全ての国民を魔法使いにすることもできますよね?」
「いや、私はそうは考えておらんのだ」
「そうなのですか?」
意外だった。
てっきり国王はそのために俺とこの極秘研究を進めているのだとばかり考えていたからだ。
「よいかリュクス。凶器は狂気の呼び水になる」
「凶器は狂気……ロデロン!?」
「そうだ。より強い力を持つ者には、より強く高潔な精神が求められる。その力を正しく使うための精神力だ」
この国の貴族は、幼き頃より魔法を使うにあたっての心構えを叩き込まれる。
何故自分が魔法が使えるのか。
何故自分が国民たちより良い生活をしているのか。
いざという時、どうするのか。
貴族としてのあり方を、徹底的に叩き込まれる。
「まぁたまに調子に乗ったまま学園まで来る者もおるがな。だがそういう奴らも鼻っ柱をへし折られて、次第に貴族としてのあり方に目覚めていくのだ」
「けれど、一般人だったロデロンは……」
「うむ。降って沸いた力に溺れ。そして国が滅ぶような状況を作り出してしまった」
魔法の実力だけならかなり上位だったロデロン。
何しろ今年の魔法特待生だ。半端な実力ではない。
だがその実力に精神が追いついていなかった。
故に回りを見下し、孤立し。
その理由を他者に押しつけ、心を歪ませていった。
ロデロンがどのような裁きを受けるかは今後の裁判次第だが、もしかしたらモルガたちもそうなっていた可能性だってあるのだ。
これからは、闇飯はなるべく控えよう……。
使った者の人生を大きく変える行為だということを、もっと自覚する必要がある。
「ところでリュクスよ。リィラから聞いたのだが、あのキメラをダンジョンに帰すというのは本当か?」
「はい。上級者向けのダンジョンに押し込めてしまおうと思いまして」
実際、それが一番無難な解決方法だと思う。
「まぁいいんだが……」
「何かあるのですか?」
「うむ。あのキメラの図体じゃ、ダンジョンに入れなくね?」
「あ……」
キメラの体長は15、6メートルほど。
モンスターというより最早怪獣。
昔見たお台場の某機動戦士くらいの大きさがある。
「か、考えてなかった……」
どうしよう。
***
***
***
あとがき
長らくお休みをありがとうございます。
新年一発目。&新章スタートです。
3章は短くスパッと行く予定です。
今年もよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます