2章エピローグ

 王都の地下深くの牢獄。


 二度と日の光を浴びることの許されない大罪を犯した者達が収監されているその場所に、今日も新聞が届けられた。


 数年前からここで生活する元・魔王復活教幹部テンテリス・テンビレアにとって、一日一回送られてくるこの新聞だけが楽しみだった。


「はぁ!? 今日4コマ漫画休載かよ……どれどれ。一番の見出しは……『国王、すべての転売ヤーの破壊を宣言!? 裁判なしの厳罰化。明日から。他貴族から反対の声も』か。ちっ……つまらないニュースだぜ……ん?」


「何か気になるニュースでもあったのかい?」


 テンテリスの向かい側に、より厳重に拘束された男が居る。


 マスマテラ・マルケニス。


 強大な力を持つ大魔族にして魔王復活教教祖だった男。


 だがそんな肩書きを感じさせない気さくな態度で、彼は目の前の元部下に尋ねる。


「ああ。王都に魔物を引き入れていた事件、解決したんだって」

「おおそれは本当かい!」


 まるで一般市民のおじさんのように喜ぶマスマテラ。

 実際、この事件が始まった頃は「近頃ほんとうに物騒になったねぇ」と王都の治安悪化を嘆いていた。

 その度にテンテリスは「物騒代表が良く言う……」と呆れていたのだ。


 その後も気持ち良さそうに何かをしゃべっているマスマテラを無視することに決めたテンテリス。

 ニュースを読み込む。


 そしてその時、何故か、昔アジトで見かけた謎の生命体のことを思い出した。


 新聞の内容とは全く関係ないことなのに。


「そういや全く関係ない話なんだけどさ」

「どうしたんだい? 君がおじさんに話し掛けてくれるなんて、珍しいね」

「お前、アジトの水槽でなんかキモい生物育ててたじゃん? あのオタマジャクシみたいなやつ。あれなんだったん?」

「何ソレ。ニュースと関係ある話?」

「いや……なんか急に思い出した」

「ふむ」


 マスマテラは深く目を閉じる。

 少し記憶を探っているようだ。


「あ……あ~いたねぇ!」

「ったくボケが始まってるのかよおっさん」

「酷いなぁ」

「で、あれなんなん?」

「ああ。あれは実験だよ。魔王様の複製体を作ろうと思ったのさ」

「お、お前……なんて恐れ知らずな」


 それは不敬では……? と驚愕するテンテリス。


「ゲノムインヘリター。古代魔法でね。髪の毛、血、爪……複製したい人の体の一部から情報を抜き出し寸分違わぬ存在をこの世に誕生させる魔法。その復活を試みたことがあったんだけど」

「うまく行かなかったんだな」

「うん」


 てへぺろ! とベロを出すマルケニス。


「肉体は上手くいった。だが魂までは複製できなかった」

「いや肉体は上手くいったって……どうみても人間じゃなかったじゃんか!」


 テンテリスは水槽の中にあった複製体の姿を思い出している。


「君が見たのはまだ胎児の時だろう。我々魔族だって、母胎の中に居たときは、ああいう姿の時もあったんだよ?」

「へぇ……つかなんで知ってるんだよ?」

「実際に開けて見たからだよ?」

「……」


 それ以上は聞かないようにするテンテリス。


「で、魂までは複製できなかったって?」

「うん。魔王様を魔王様たらしめたのは強い肉体ではない。死して尚消えることのないその魂のあり方こそが、魔王様なのだとおじさんは理解したんだよ」

「ほーん。で、その複製体は今はどうしてるのかしら」

「えぇ……流石に死んだでしょ」

「あっ。そういやアジトは襲撃されたんだったな。誰かさんが情報をバラしたせいで!」

「悲しいよね。おじさんのミカちゃん人形とか、壊されてないといいけど」

「少しは信者の心配しろよ。ああそうだ襲撃されたんだ。じゃあ可哀想だけど生きてはいないかぁ」


 そうだろうねとマスマテラも相づちを打った。

 そこで何かを思い出したのか、マスマテラが「あっ」と声をあげた。


「なんだよおっさん」

「いや……あの頃、ゲノムインヘリターが上手く行かなくてイライラしててさぁ。魔族語で『ポパルピト』って悪口言っちゃった」

「ひでぇなおっさん」

「で、生命維持装置も切っちゃったんだよねぇ」

「うわぁそうだったのか。よく生きてたなアイツ」

「なかなか死ななくてねぇ。他の幹部のみんなと『いつまで生きるか?』で賭けをしたりしていたんだよ。懐かしいなぁ」


 まるで楽しかった青春時代を思い出しているかのようなマスマテラの楽しそうな顔に、テンテリスは身震いした。

 マスマテラは幹部たちのことを、大親友のように語る。

 だがその幹部たちが今、散り散りになって連絡が取れないのは、このマスマテラ・マルケニスが情報を騎士団に売ったからなのだ。


「因みに……アンタはどのくらい生きることに賭けたんだよ?」

「おじさんは生命維持装置を切った瞬間死ぬことに賭けたよ!」

「ひでぇ」

「早く死なないせいで賭けに負けちゃったよ」

「最悪だな」

「あ……でも。そうか、あの賭けをしてから丁度5年くらいか……」


 また何か思い出したらしいマスマテラ。


「あん? どうしたよおっさん?」

「いやね。複製体が5年生きる! って賭けた幹部が居たんだよ」

「そりゃ……気の長いことで」

「彼女……元気かなぁ」

「さぁなあ! 誰かさんのせいでみんなバラバラになってるからわかんねぇなあ!」


 テンテリスのいつもの怒声をBGMに、マスマテラは静かに目を閉じる。


 あの時の複製体がポパルピトを名乗り、王都を騒がせる事件を起こしていたことを、マスマテラは知らない。


 自分のことを父と慕い、救出を試みていた自称息子が居たなんて、知るよしもないだろう。


 だが、あの複製体が生きていようが死んでいようが、マスマテラには関係がなかった。


 ポパルピトは過程に過ぎない。


 偉大なる成功のための、過程の一つ。


「失敗は成功のもと……ってね」


 その後、マスマテラはポパルピトの失敗を元に理論を高め……しっかりと完全なるゲノムインヘリターを完成させていたのだから。


 リュクスは読み誤った。

 ポパルピトこそが、ゲームに登場した魔王の魂を入れるための器だとリュクスは読んだ。


 魔王の器は、確かにクローン技術によって用意された。


 そこまでの読みは当たっていた。


 だがそれはポパルピトではなかった。


 完全なる器は別にあった。


 魂すらも再現させた、完全なる器。


 その器の在処は……マスマテラ・マルケニスのみが知っていた。



―第二章 学園生活スタート編 完―

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