第87話 王女、ご懐妊!?

 話を終えた俺たちは泣き喚く王様と呆れる学園長を残し、学園長室を後にした。

 そして、階段の踊り場で、俺は改めて確認する。


「キメラを王宮で飼うって…本気かよ」

「本気です。王女に二言はありません」

「えぇ……」


 一体どうしてしまったんだろうリィラは。


「ちょっと冷静になろうぜリィラ。あれは魔物だぞ?」


 しかも……今のところこの地上で最も強い魔物だ。


「確かにそうです。ですがあの子は、私のことを守ってくれました」

「そうだけど……それは俺の魔眼で操ったんだよ。本来は知性も理性もない化物なんだ」

「うっ……」

「ドミネーションがいつまで効力を持つのかはおいおい実験するとして。支配下にいる間になんとか処分する方法を考えないと」

「処分!?」


 ガーンという効果音が聞こえてきそうなくらい、リィラの表情が青ざめた。


「そ、それはあまりにも酷いのでは?!」

「いや、仕方ないだろ。俺たちじゃ面倒見られないんだから」

「でも、例え魔物でも……せっかく宿った命に違いはないはずです」

「望まれない命もあるんだよ」

「うぅ……」

「わかってくれるねリィラ」

「はい……」


 あんな不細工で気色悪いキメラのために、リィラは涙を流していた。


 助けられたことで情が移ったとのことだが、俺は全くそんなことはない。


 リィラはきっと、優しすぎるんだな。うん。


 あんまり可哀想じゃない方法で、アイツを殺そう。


 ***


 ***


 ***

 時を同じくして。


「ふんふん~♪ ウンコぶりぶりええ感じ~やで~♪」


 トイレを終えたティラノ・ボーンが廊下を歩いていると、階段の踊り場の方から声が聞こえた。


「この声は。リュクスと王女様やない? なんやなんやあの二人、そういう関係なんか~?」


 冷やかしてやろうと思って近づくと、二人の会話が断片的に聞こえてきた。


『処分!?』


(な、なんや? 穏やかやないなぁ。えらい真剣なトーンで話てるやん……)


『そ、それは…………酷い……!?」

『……、仕方ない……。俺………面倒見られない…………』

『でも………………せっかく宿った命…………』

『望まれない命もあるんだよ』

『うぅ……』

『わかってくれるねリィラ』

『はい……』


 そして、リィラの涙を拭って肩をぽんぽんするリュクス。


(宿った命? それをリュクスが処分したがっていて、王女はそれを拒んどる……望まれない命。で、泣いている王女……)


 思考を加速させるティラノ。


「だ……大ニュースや……リュクスのヤツ……ヤりおったわ……」


 ティラノ・ボーンは猛スピードで教室へと走って行った。



 ***


 ***


 ***


「「「「はぁ!? 王女様が妊娠!?」」」」

「「「「相手はリュクス・ゼルディア!?」」」」


 教室に居た数十名の生徒の声が重なった。


 教壇に立ったティラノ・ボーンは、さっき飛び込んできたばかりの重大ニュースを早速発表した。

 クラスの反応は様々だった。


 素直に祝福する者。


「ララ! それはお祝いしないといけませんね」

「▇▇▇▇▆▆▆▅▂────!!」(圧倒的祝福!)

「ワオッ……デキちゃったよぅ!」

「リュクスの子供か~。きっと可愛い子になるよね~」※レオン

「リィラとリュクスの子供……? あはは! よくわかんないけど名前は私が決めてあげよう!」※クレア



 落ちこむ者。



「あ……あわわ」

「ちょっ……アズリア!?」

「大丈夫!?」

「大丈夫大丈夫。でもちょっと横になるね……」

「「アズリアああああ!?」」



 冷静な者。


「……はぁ。まぁなんかの勘違いでしょ」※エリザ



「ちょっとアンタ! その話、本当なんでしょうね?」

「そうだよ! 勘違いでしたじゃ、ちょっと済まない騒ぎになってるよ!?」


 壇上のティラノに詰め寄るラトラとエル。


「マジや。さっき廊下で王女様が泣いているところを見たんや」


「なんで妊娠したのに泣いてるのよ!」

「いろいろ過程すっ飛ばしてるけど、二人の愛の結晶だよ?」


「それがな……リュクスはその赤ん坊の存在を良く思ってないみたいなんや」


「「は?」」


 ティラノの発言に、教室が静まりかえった。


「りりりりりゅくううすんにかぎええっててそんなこよああああ」

「アズリア落ち着いて!? マジで何言ってるのかわからないから!」

「駄目だよラトラー! アズリア壊れちゃった」

「壊れてなんてないよ。あ、でもちょっと横になるね……」


「ララ。それが本当なら同じ女として、リュクスくんのことを許せませんね」

「▇▇▇▇▆▆▆▅▂────!!」(本当なら……死)

「バッド。女の敵だねぇ!」


「彼に限ってそんなこと言うでしょうか」


 と、もはや収集が付かなくなりつつある教室に、二人が戻ってきた。


 ***

 ***

 ***


※リュクス視点。


 リィラが落ち着いたので教室に戻ると、何やら騒がしい。

 みんなの視線がこちらに集中する。


「なんか盛り上がってるじゃん……」

「どうしたんでしょう?」


 リィラと顔を見合わせていると、ちょっと怒った様子のラトラとエルが近づいてきた。


「ちょっとリュクス!?」

「話は本当なの!?」


「話……?」


 俺が聞き返すと、二人は顔を真っ赤にした。

 え、いや……マジで何の話?


「ほら……その……あれよ」

「うん」


「ごめん具体的に言ってもらっていい?」


「新しい命の話よ!!!」

「それをリュクス君は処分しようとしてるんでしょ!?」


「ああなんだみんな知ってたのか。うん、そうだよ」


 どこから漏れたんだろう。

 まぁキメラに関してはみんな見ていたし、その行く末が気になるのも無理はないか。


「ってか殺すとかありえなくない?」

「だよね。男として責任感がないっていうか」


 責任感って……。

 俺があのキメラに責任感を持てと?


「冗談キツいって。俺に責任なんかないだろ!?」


「うわ……サイテー」

「見損なったよリュクスくん」


 なんだよこの二人。

 あのキメラのことそんなに好きだったのか? そんなに言うならお前らが面倒見ろよ……。


「ってかリュクスさ、さっきから他人事だよね」

「いや、まぁ他人事と言えば他人事なのか?」


「元はと言えば自分が気持ちよくなりまくった結果だよね?」

「ねぇ。ちょっとは愛情とか自覚とか生まれないわけ?」

「んん?」


 気持ちよくなった? 

 いや、まぁあんなに強い化け物を従えて、ちょっとは気持ちよくなったか?


「確かに気持ちよかったのは認める。でも愛情も自覚も生まれねぇよ。気持ち悪いもん」


「酷い!?」

「鬼! 悪魔!」


「ええええええ!?」


 なんであのキメラのためにここまで言われないといけないんだ!?


「王女様はいいの? 納得してるの?」

「リュクスに言いくるめられていない?」


「グスッ……いいんです。私はもう納得しました。リュクスくんの言うとおりにします。可哀想だけど……こればかりは仕方ありません」

「「お、王女さま……」」


 何故かリィラのお腹を撫でながら、ラトラとエルは泣き崩れた。

 他にも何人かの女子達から睨まれる。


 き、キメラもしかしてお前……女子に滅茶苦茶人気あるんか!?

 俺にはまったく理解できないが……もしかして、キモ可愛いってヤツなのか!?


「うぅ……仕方ないのです……私は王女だから」

「うううううう王女様、可哀想」

「全部リュクスが悪いんだ……」

「私たちの知ってるリュクスは変わってしまったんだぁ」

「あんなのリュクスじゃない……リュクズだよぉ」


 リュクズって……。


「リュクス……」


 その時、レオンが俺の肩を叩いた。


「決心したんだね」

「ああ。生かしておく理由はないからな」

「ボクは賛成だよ」

「おお、わかってくれるかレオン」


 流石レオンだ。

 訳のわからん理由で責めてくる女子たちとはひと味違うぜ。


「育てる準備や覚悟がないなら仕方ないよ。それは双方にとって不幸だからね。でも君に似て可愛いところとか、ちょっと見たかったから残念だよ」

「似ているところ!? 無いよ!?」


 雑合体キメラだぞ!?


「でもそうか。半分はアイツで出来ているわけだから……うぅ。複雑」

「いやそんな、リィラも融合素材にされたみたいなこと……うん?」


 なんかみんなと会話がかみ合わないな。


 半分はアイツってなんだ?


 首を傾げていると、エリザが近づいてきた。


「はぁ。あんたらの会話がかみ合わないからまさかとは思うけど」


 そう言ってエリザが告げてきたのは衝撃の内容だった。


「り、リィラが妊娠!?」

「ち、父親はリュクスくん!?」


 とんでもないデマが流布されてやがった。

 ロデロン捕まえた直後だぞ!?

 もうデマは勘弁してくれよ。


「そうなのですかリュクスくん!?」

「違うだろ! 否定しろって」


 顔を真っ赤にして尋ねてくるリィラに思わずつっこむ。

 話の最初から全部間違いじゃねーか。

 あとリィラさん。お腹さするの辞めてもろて。


「で、ですよね。あ、私。赤ちゃんもいいんですけど、結婚してから数年は、二人でラブラブな時間が欲しいかもしれません」

「は、はぁ……そうなんだ」


 なんでそれを今ここで俺に?


「はぁ……やっぱり。おかしいと思ったのよ。アンタが帰ってまだ数週間だし」


 エリザはため息をついた。


「リュクスくん……私は信じてたよ?」


 そして何故か目を真っ赤にしたアズリアが微笑んだ。


 何が何やら。


「あの……リュクス」

「ごめん……」


 そして、気まずそうにラトラとエルが謝罪してきた。


「いいって。仕方ないよ。もし本当に子供が出来てたなら、最低の発言してた訳だし」


 寧ろ、リィラのために二人が本気で怒ってくれたのがちょっと嬉しい。


「でも、どうしてみんなそんな勘違いを?」


「「それは……」」


 ラトラとエル。二人の視線が教室後方のドアに向いた。

 そこには、静かに教室から出て行こうとしているティラノの姿が。


 アイツか……。


「逃げるやで!」

「リュクスはここに居て! ボクが捕まえてくる!」


 逃げるティラノと、それを追うレオン。


「待て~ロデロンと同じところに送ってやる~」

「行くかボケぇ! ――スーパーゴールデンシャイニングエクストリーム!!」

「目がぁああああ」


「はぁ……」

「あはは。災難だったねリュクス」

「クレアか。本当だよまったく」

「で、そもそもリュクスとリィラは何の話をしていたんだい?」

「ああそれな。えっと」


 俺とリィラは訓練場に放置しているキメラのことで揉めていたとみんなに説明した。

 今後どうするか、いっそ殺すかどうかで揉めていたのだ。


「で、俺はなんらかの方法で殺しておいた方がいいと思ったんだ」


「異議なし」

「異議なし」

「意義なし」

「そんなっ!?」


 さっきとは一変。


 みんな殺すことに迷いはなかった。


 リィラはまた泣きそうになった。


「そうだ……オリエンテーションがあります……」

「ん?」


 ふらふらしていたリィラが何かを呟いた。


「来月。ダンジョン実習を兼ねたオリエンテーションがあります」

「ああ~あるね」


 ダンジョン実習オリエンテーション。


 王立学園二つ目の行事。


 ゲームではダンジョン探索とパーティー戦闘のチュートリアルが行われるイベント。

 このオリエンテーションをクリアすることで、王立学園の生徒は自由にダンジョンに潜ることができるようになるのだ。


 で、実際のオリエンテーションはダンジョンが密集している土地に移動し、四泊五日合宿のような形式で行われる。


 ようやく先輩たちと残り二人のヒロインが絡んでくる、楽しいイベントだ。


「で、そのオリエンテーションがどうかしたの?」

「キメラちゃんをダンジョンの奥に帰してあげるのです」

「えぇ……」


 あるかなぁ……ダンジョンにそんなスペース。


 今、ダンジョンのモンスターたちがみんな「いらないです」って言っている幻聴が聞こえたような気がするけど……。


「それにしても、オリエンテーションか」


 転生から早5年。

 ようやくここまで来たんだ。


 長いようで短……いや、やっぱり長かった。


「ゲームだったら、模擬戦イベント終了でようやくプレイ時間2時間ってところだからな……」


 まだまだゲームは始まったばかりと言ったところか。


「ええい離さんかいボケェ!」

「リュクス! ホラ吹きハゲを捕まえてきたよ!」

「誰がハゲや! ワイは坊主や!」

「おらおらリュクスと王女様に謝罪しろ!」


 レオンがティラノを引きずって教室に戻ってきた。

 教室が再び騒がしくなる。


「そうだ。まだまだ始まったばかり」


 模擬戦イベントを経て俺の疑いは完全に晴れた。

 そして、AチームBチーム。家の格による壁のようなものも、なくなったように思う。


「ほらリュクス~こっち来てよ~」

「ああ。今いく」

「堪忍やリュクス! ワイのはわざとじゃないんや~」

「う~ん。まあとりあえず頭丸めておくか? 誠意見せようぜ?」

「それでリュクスの気が済むなら……って、もう丸まっとんねん!」

「ははっ……あっははは」


 そう。

 俺たちの学園生活はまだ始まったばかりだ。


***

***

***

あとがき


お読みいただきありがとうございます。

あと一話、エピローグ的な(お約束のあの人たち)話を挟んで、二章は終了となります。

連載開始当初「どんなに人気が出なくても、ここまでは書き切ろう」と思っていたのが第二章でした。

皆さまのお陰で楽しく執筆することができ、物語や構想もどんどん膨らんでいって、嬉しいことに、さらに先へと進めることができそうです。


今後も応援頂けたら幸いです。


二章はちょっとシリアスが多かったので、三章は敵には少しお休み頂いて、楽しめな章にしていけたらと思っています。

出番の少なかったヒロインたちの活躍も書きたいし、失われしラブコメ要素も復活させていきたいですね。


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