第85話 お前がそう思うなら

 ポパルピトは逃走する時、ロデロンを回復し共に逃げた。

 俺は、それにとても驚いた。


 だって俺の知る魔王ルシェルは自分以外の全てを信用しておらず。

 傷ついた者を助けるような真似は絶対にしなかったからだ。


 例えそれが、自分を慕う配下だったとしても、ヤツは決して慈悲を見せることはなかった。


 ポパルピトの体が砂のように消えていく。


「……」


 もしゲームのシナリオ通りに進行していれば……魔王の魂はポパルピトの肉体に宿り、俺の魔眼はその目に収められていた。


 いずれリュクスと一つになる運命だった男。


 俺もコイツも、完全なる魔王復活のためのパーツ同士だった。


 思うことがあるとすれば、たった一つ。


 俺も。

 そして完全体とやらを目指したコイツも。


 魔王なんかにはなれないということだ。


 歪んでいたとはいえ、仲間を助けたお前は魔王なんか向いてなかったんだ。


「キメェエエエ」

「ひいいい!?」


 感傷は一瞬で終える。

 ロデロンの方を見ると、キメラの息……その風圧で尻餅をついていた。


「殺すな」とは命じたから一応攻撃はしていないようだが……やはり出来損ないのキメラ。

 知能は低そうだ。


「……???」


 襲ってこないキメラに混乱しているのか、説明して欲しそうにこちらを見つめるリィラにアイコンタクト。


 安心していいよと伝える。


 どうやらちゃんと伝わったようで、リィラの緊張が解れたのがわかった。

 怖がらせてすまない。

 まずは傷ついたリィラに駆け寄りたいところだが……。


 それよりも、まずはアイツだ。


「観念しろ、ロデロン・デクスター。もうじき騎士団が駆けつける。お前の負けだ」

「くっ……僕は……」


 悔しそうに唇を噛みしめるロデロン。


 だが次の瞬間、ロデロンは信じられないことを口にした。


「そうだ……そうだった。僕はアイツに脅されていたんだ!」


「……え?」

「……は?」


 俺とリィラは同時に驚きの声をあげた。


「ガキの頃にアイツを助けたのは本当さ。でも、ヤツの魔法で僕は……そうだ! 脅されていたんだ! アイツは才能ある僕を脅し、自分の野望に巻き込んだ! 殺されると思った。仕方なかったんだ! 僕は被害者だ! 逮捕だとふざけるなよ。僕は救われるべき人間だ! そもそも僕を救えなかったお前達こそ罪人だ!」


 あまりのことに言葉に詰まってしまった。


「ふっ……ふざけないでください!」


 リィラが怒鳴った。


「貴方とあの魔物は、さっきまであんなに仲良くしていたではありませんか! 逃走の相談をしていたのを、私は確かに聞いていました」


「あれはアイツに合わせていたんだよ。 僕の演技力なら可能だ。うん、演技をしていた」


「嘘です……リュクスくん、彼に飲ませた薬の効果は、もう切れたのでしょうか?」


「いや……」


 学園長が薬を盛ってからまだ一時間も経ってない。

 寧ろ薬の効果がどんどん高まってくる頃合いだ。


「考えられるのは……一つ。恐ろしい考えだが」

「な、なんなのですか?」

「アイツは……本気で自分が騙されていたと、そう思っているんだ」

「そんな馬鹿なことがあるのですか?」

「妄想が自分の記憶を書き換えたんだ……アイツの中ではあれが真実なんだ」


 身震いがした。

 自分が被害者になるために記憶が書き換わったんだ。

 それを無意識に……無自覚にヤツは行っている。


 ロデロンには同情できる部分があった。

 罪を償えば、或いはと思った。


 だがそれは絶対に無理なんだ。


 コイツは……きっと自分の脳内で勝手に事実をねじ曲げて……何度も周囲を傷つける。


「悪いが続きは騎士団の聴取で話してくれ」


 コイツは俺たちの手に負える相手じゃない。

 騎士団の取り調べのプロにまかせるしかない。


「な、なぁ……リィラならわかるだろ? 助けてくれよ? 僕だって君が守るべき国民の一人だよ?」


「いいえ。貴方は私が守るべき大切な人たちを傷つけた。絶対に許すわけにはいきません」


「はぁ……? なんだよそれ。じゃあ僕がどうなってもいいってのかよ?」


「罪には罰を。そう言っただけです」


「くっ……僕に罪なんかないんだよ!!」


 ロデロンは魔法発射の準備に入った。

 咄嗟にリィラを庇う。


「お前……魔眼野郎……さっきからさぁ。王子様気取りかよ? お前見てるとイライラするよ。全部台無しにしやがって。全部全部全部……お前さえいなければ!」


 ロデロンの手に黄緑色の炎が光る。

 毒々しい炎は一気に膨れ上がり、ロデロンの頭上で巨大な塊となっていく。


「さ、先ほどよりも強力な魔法を!?」

「多分、ガリルエンデを倒した時、側に居たから……」


 ヤツにも経験値が入っていたんだろう。

 大幅にレベルアップしたはずだ。

 元々、魔法特待生であるロデロンの魔法能力はかなり高い。


「ありったけの魔力込めやがって……あれじゃスロウで止めるのも無理か……」


 だが。


 対処法はある。


「死ね死ね死ねえええええ――マジアデルヴェンデ!」


 黄緑色の炎が俺とリィラに直撃する。


 だがダメージはない。


 ロデロンの放った魔法はしばらく俺たちを包み込んだ後、あっけなく消えた。


「な……なんで……なんでだよ……僕の最強の攻撃が当たってるだろぉ」


 魔眼の新しい力、ドミネーションに付随するもう一つの能力。

 ダメージインポーズ。


 近くに支配した魔物が居るとき、俺や仲間が受けるダメージを全てそいつに押しつける。

 ロデロンから受けるはずだったダメージは全てあっちのキメラに肩代わりしてもらった。


「く……なんで……」


 だがそれをコイツに教える義理はない。


「今ので最後か?」

「ひぃいい」


 後ずさるロデロン。だが逃がさない。


 俺はヤツの胸ぐらを掴む。


「お前たちの流した噂。そのケジメ、つけさせてもらうぞ」


 残った魔力を全て右の拳に込める。


 そして。


「ぼ、僕じゃない……全部アイツに騙されて……」

「……ブフォゲ!?」


 構わず、顔面に拳を打ち込んだ。


 ロデロンはグルグル転がりながらキメラの足に激突する。


 そして、動かなくなった。


 まぁ、死んではいないだろう。


 生きていてもらわないと、アイツを犯人だと周知できないからな。


「ふぅ、スッキリしました」

「そりゃ良かったよ」


 フラつきながら、リィラが駆け寄ってきた。

 ああ、もう。こんなにボロボロになって。


「……」


 ロデロン、もう数発ボコっとく?


「終わったんですね……うぅ」

「危ない」


 倒れそうになったリィラを支える。


「みんなの所まで歩けるか? 無理そうだな……。じゃあ、俺が運ぼうか」

「お姫様抱っこがいいです……」ボソリ

「え?」


 キメラに運んでもらおうと思っていたところで、リィラが妙なことを言い出した。


「いや、キメラに運ばせるよ。俺は残ってロデロンを見張ってなきゃいけないし」

「な、なんですか? 駄目なんですか?」

「いやそういう訳じゃないけど」

「アズリアさんにはしてあげたのに、私には駄目なんですか?」ぷくー

「ああ怒っちゃった……しょうがないな」


 俺も割と限界なんだけど……。


「これで満足ですか、お姫様」

「はい。とてもいい気分です」にっこり


 急にわがままになってビックリしたけど。

 たくさん怖い思いをさせてしまったし……。なんか今のリィラ、物凄く満ち足りた顔をしているし……。


 いいか。


「じゃあロデロンの見張りはキメラにやらせるとして」

「キメェ!」(頑張りますご主人さま!)

「俺たちはみんなの所に戻るか」

「いえ。帰りたくありません。もうしばらく、このままで」

「……? じゃあ降ろしても?」

「駄目です。このままです」

「え、えぇ~」

「充電が終わるまで、リュクスくんはこうしていなければならないのです」


 さっきから何だよ充電って。

 結局騎士団の方々が駆けつけるまでの一時間、リィラは降りることなくずっと俺にくっついていた。




 長かった模擬戦イベントは、ロデロン・デクスターの逮捕という形で無事幕を閉じるのだった。



***

***

***

あとがき


リュクスが催眠魔法じゃなく敢えて殴ったのは、間違ってもロデロンの筋違いな恨みがリィラに向かないようにするためだと思います。


意外にしょぼかった敵二人。

事実上のボスはガリルエンデで間違いないと思いますねぇ。


あとちょっとで二章終わると思うので…お付き合いをよろしくです。

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