第84話 失敗作

 水槽の向こうに見える薄暗い部屋。

 白衣の男達が難しい顔をしている。


 それが、俺の原初の記憶だった。


 生まれた瞬間、自分がどのような存在なのかを理解した。


 かつて世界を恐怖に陥れた魔王ルシェルという魔族。


 俺は、その男の髪の毛から作られた。


「……」

「……」


 水槽の中で、何年も不自由な生活を送った。


 だが、そんな俺にも楽しみがあった。


 何ヶ月かに一度、あるお方がお見えになられる。


「……ううむ」


 マスマテラ・マルケニスというお方だ。

 周囲の白衣たちの反応で、このお方こそがここのボスで、俺を作るように命じた方なのだと理解していた。


 まさに、俺の父上とも言えるべきお方。


 きっと、偉大なお方に違いない。


 この命、この体。すべて、このマスマテラ様のために役立てたかった。


「……。……!……」


 マスマテラ様は、俺に直接言葉をかけてくれることはなかった。


 だが、一度だけ、俺に言葉をくれたことがある。


「……。ポパルピト」


 言葉の意味はよくわからなかった。


 ただの音の羅列。


 だがきっと、何か素晴らしい意味が込められているに違いないと思った。


 だって俺はこのお方の息子のようなもので。


 そしてこのお方は、俺の父親と言うべき存在なのだから……。



 ***


 ある日。


 水槽の前の白衣たちが慌てていた。


 そのすぐ後、甲冑を着た、騎士団がやってきて、白衣たちを次々に捕らえていった。


 その際の小競り合いで、俺の暮らしていた水槽は割れてしまった。


 そこで、俺は生まれて初めて外の世界の空気に触れる。


「うわっ……これ赤ん坊か? 死んでる?」

「死んだ赤ん坊を水槽に? 悪趣味な連中だな」

「うっ……俺、ちょっと気分が……」


 何故か、騎士団は俺を死体と思ったらしい。


 無理もない。当時の俺は、呼吸の仕方を知らず、筋肉の動かし方を知らず。


 死体と言っても、過言ではなかったから。


 しばらくして、俺はエネルギーを求めて動き始めた。


 歩けなんてしない。


 這って。這って。這って。


 食料を探して、夜の王都を彷徨った。


「たす……けて」


 まるで粘土のようだった体のパーツはその過程で崩れ落ち。


「い……た……い……よ」


 通りすがりのネズミに目玉を食われた。


「あ……なに……も……みえ」


 だから、そのネズミを食い返してやった。


「キヒ……キヒヒ……おいちい」


 生まれて初めての生の実感。

 俺はさらなる食料を求めて、王都を彷徨う。


「だれか……たす……けて」


 そして、とある孤児院の前で、ロデロンと出会った。


「何……お前?」

「俺は……俺は……」


 そのとき、偉大なる父上のくれた言葉を思い出す。


 意味はまったくわからなかった言葉。


 けれど間違いなくその言葉は、俺の生きる希望だった。


「ポパルピト……ポパルピト・マルケニス」


 偉大なる父のくれた言葉と、偉大なる父上の家名。

 それを合わせて、自らの名前とした。


 ***


 ***


 ***


 王女リィラを抱えながら走るのは、今の俺にはかなりキツかった。


 ガリルエンデという極上の肉体を手に入れたにも関わらず、その半分しか取り込むことができなかったお陰で、俺の体はまだ10歳の少年のような弱々しさ。


 それでも、さっきまでの状態を思えば上出来すぎるくらいだ。


 ここ数日。


 王都に魔物を出現させては騎士団に退治させ、奴らが取りこぼしたアイテム素材を吸収し、力としてきた。


 そのお陰で、ずっと赤ん坊のようだった俺の体は徐々に力を増していった。


 だが、模擬戦イベント開始直後。リュクス・ゼルディアの放った一撃によって、俺の体は頭部を残して吹き飛んでしまった。


「なんて運のいいやつ」と、心の中で悪態をついたものだ。


 だがまぁいい。


 俺は欲張らない。


 あの夜。


 虫のように王都を這っていたあの夜に比べれば。


 今は、とても幸せだ。


「なぁ? この後どうする?」


 俺に合わせた速度で走るロデロンが、キラキラした顔で話し掛けてきた。


「ああそうだな。学生寮にはもう戻れないな」

「だよなー。王都にも居られないかな?」

「どこかに潜伏するか? いや、俺とロデロンの二人ならともかく……」


 俺は担いでいる王女を見る。


「キヒっ。王女が居ては、難しいだろう」

「そっかぁ……でも一緒に暮らしていればさ、リィラは僕のこと好きになってくれると思うんだよな~」

「……」


 そんな訳はなかった。


 俺は、元々の今日の作戦を思い出す。


【インフェルノゲート】で呼びだした魔物を、ロデロンが格好良く倒す。


 それを見ていたリィラがロデロンに惚れる。


 俺はこっそり、その魔物を吸収する。


 ランダムに呼んだ魔物が強すぎて瓦解したものの、元々はシンプルな作戦だったのだ。


 まるで子供のお遊びのような計画。


 そして、そんなことで女が自分に惚れると、ロデロンは思っているのだ。


「……」


 俺は、ロデロンの語る夢みたいな話が好きだった。

 彼はいつも支離滅裂で実現不可能な、夢みたいなことばかり言っている。


「バカだなぁ」と思いながら、俺はその夢を叶えてあげたいと思っている。


「なぁどう思う?」

「ああ。一緒に暮らしていれば、この子はきっとロデロンの虜になる」

「だ、だよなぁ! そうだよなぁ!」


 ああ。

 そんな訳はないのに。

 きっと王女は目が覚めれば、俺たちを殺しにかかるだろう。


「キヒ。ロデロン、この世に君を好きにならない女はいない」

「ふはは、そうだろそうだろ!」


 王女は……そうだな。

 目が覚めたら、催眠でもかけて、記憶を書き換えよう。

 やったことがないから上手くいくかわからないけど。


 それでももし王女という人格が壊れても……身体があればロデロンは構わないだろう。

 ロデロンは王女の中身ではなく、外見が好きなのだから。


 さて問題は……どこへ逃げるかだ。


 キメラが暴れて、王都は大混乱に陥るだろう。


 その隙に、どこか田舎の村にでも行って……そこを乗っ取ろう。


 ロデロンのおままごとに付き合いながら、力を蓄えて。


 改めて、魔眼を取りに戻ってこよう。


 そして、この王女を人質に、地下に捕らわれた偉大なる父上を取り戻す。


 そうすれば、俺は父上の役に立てる。


「キヒ……夢が広がる」


 だが、そんな俺たちを嘲笑うかのように。

 巨大な魔物が上空を通過し、俺たちの道を塞ぐように着陸した。


「ひぃ……化け物!?」

「馬鹿な!? もう追ってきたのか!?」


 立ちふさがるは巨大なキメラ。

 ということは魔眼の子たちは全滅したのか? なんて使えない連中……。


「キメエエエエエエエエ」

「ひっ……ひいいいいいい」


 ガリルエンデに勇敢に立ち向かったロデロンですら、キメラを前に怖じけずいている。


 無理もない。


 ダンジョンの強力なモンスターたちを、制御することを全く考えずに強化合体させたのだ。

 こんなモンスター、誰も太刀打ちできない。


「キメエエエエエエ!!」

「おいおいおいおいおいおいおーい! どうするんだよお前!? これ作ったのお前だろ!? 早くなんとかしろよ!」

「……。わかった」


 俺は担いでいた王女を投げ捨てると、キメラに向かって手を翳す。


「今からコイツを吸収する」

「へ……? いや、あのキメラピンピンしてるじゃん!? いくらなんでも無理だろ!?」

「まぁ普通はな。キヒヒ。でも上手くいく可能性もある。上手く行けば……完全体になれる」

「おお、本当かよ!」

「ああ。非常に低い確率だが……いや。だからこそ、成功させてみせる。そして父上に……マスマテラ・マルケニス様に息子として認めて頂く!」


 行くぞ。吸収開……し!?


「――ホーリーフレイム!」

「あああ!?」


 突如、俺の身体を炎が覆った。


 今まで感じたことのない強い痛みが全身を襲う。


「あっ……貴様……起きて!?」


 投げ捨てた王女を見やる。

 死に体だが俺を睨みつける目に宿る強い意志は少しも消えていなかった。


「完全体などにはさせない……貴方はここで倒す」

「馬鹿な!? 俺がキメラを吸収しなくては……お前もここで死ぬんだぞ!?」


 理解できない。

 死ぬのが怖くないのかコイツは!?


「あのキメラに、私は到底敵いません。ですが……貴方を道連れにするくらいなら……」

「ぐ……ああああ!?」


 王女の覚悟が伝わるように、聖なる炎の熱量が上がる。

 痛い……痛い……痛いいいい!


「く……せっかく手に入れた……肉体があああ」


 体が徐々に崩れてきた。

 聖なる炎のダメージに耐えられなくなっているようだ。


「り、リィラ……やめてくれよ……そいつ、僕の親友なんだよ……」


 親友……。


「だからさぁ、僕に免じて助けてやってくれよ? な? おい聞けよ。無視してんじゃねぇよ!」

「……っ!」キッ

「うっ……」


 威勢良く吠えていたロデロンだったが、王女に睨まれて黙ってしまった。


 可哀想なロデロン。涙目になって震えている。


 だからこんな女はやめておけと言ったんだ。

 こんな女、置いてくればよかったんだ。

 なぁ、俺が正しかっただろう?


「キヒ……キヒヒ。お前許さない。キヒヒ……お前だけは殺す」

「……く」

「キヒ。もう動けないみたいだねぇ……」


 横たわる王女に近づく。

 手刀で心臓を一刺し……それで殺せる。

 それくらいはできる。


 コイツだけは……。


「――ダークリッパー!」

「キヒ――!?」


 目にも留まらぬ早さで、黒い刃が俺の体を通過した。


 痛みはなかった。いや、全身を焼く聖なる炎が痛すぎて、もう痛みなんてわからなかった。


 視界がグルグルと回って、やがて止まる。


 首を切り落とされたのだとわかった。


「り……リュクス・ゼルディアあああ」


 こちらにやってくるのは魔眼の子。


 いや……魔眼の奥の模様が変わっている。まさか、この短期間で魔眼を覚醒させたとでもいうのか?


 しかもそれを制御しているだと!?


 なんて……なんてヤツ……。


 ということはこのキメラは……もうヤツに支配されているというのか!?


「王国騎士団によるマスマテラ・マルケニスへの聴取記録を読ませてもらったことがある」


 なんだ?


 何の話だ?


「マスマテラの口から、魔王クローンの話は一言も出なかった」

「そ……そん……な……わけ」


 魔眼の子は、冷たい声で続けた。


「なぁどう思う? マスマテラはお前を守る為に黙っていたのかな? それとも……お前のことなんて忘れていたのかな?」


「き……決ま……て、いる……。父上は……」


 父上は俺を守るために黙っていてくれたのだ。


 そうに違いない。


 それしかないだろうが。


 父上は、いつか俺に完全体となって自分を助けに来いと……今も俺のことを待ってくれている!


 ああ……こんなところで寝ている訳にはいかない。


 おい魔眼の子、俺の頭に汚い足を乗せるな!?


「……」


 魔眼の子が、俺の頭部を踏み潰す。


 グシャっ…という音が、俺が最後に聞いた音だった。


 意識が……薄れていく。


 父上……。


 父上……。


「ポパルピト」とは、どのような意味だったのでしょうか……?


 どうか最後に……貴方にお聞きしたかった……。


***

***

***

あとがき

お読みいただきありがとうございます。

ポパルピトとロデロンは、足して2で割ると、原作リュクスのような性格…というのを意識して書いておりました。

これまでに皆さんが感じたロデロン達に対する「ウザさ」や「苛立ち」が、まんまプレイヤーがゲームリュクスに感じていたものと同じになる体験ができる……という試みでした。


うまくいったかは知らぬ!


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