第83話 禁じられた力

 突如戻ってきたクレアによって、ガリルエンデINポパルピトは真っ二つとなった。

「アガ……ガガガ」


「クレア!」


 しばらく見ない間に、また一つ壁を越えて、とんでもないことをしてくれた!


 ったく、追いかけるこっちの身にも少しはなって欲しい。それくらい、素晴らしい一太刀だった。


「待たせたねリュクス! それと……ふふん」

「……チッ」


 クレアはブスッとしているレオンに勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 模擬戦で足止めをしてもらっていた時に、何かあったのだろうか。


「アイツに色々言ってやりたいけど、その時間はなさそうだね」

「ああ、とにかく不味いんだ。俺たちの攻撃はヤツには通らない」

「それじゃ、私の出番だね。まかせてリュクス。サイコロステーキみたいにしてやるから」

「その必要はない」


 残されたガリルエンデの上半身は輝きを収束させ、別の姿へと一気に変わる。


 ポパルピトの進化は終了してしまったのだ。


 姿を現したのは10歳ほどに見える少年だった。

 青い肌に金色の髪。


 その姿は先ほどまでの不気味なものとは打って変わって、魔王感が出た。

 だが、俺がゲームで見た魔王ではない。


 クレアがヤツの体を真っ二つにしてくれたお陰で、吸収するガリルエンデの肉体は半分となった。


 そのため、完全体とやらにはなれなかったのだろう。

 端正な顔立ちで、先ほど失われていた両目には、青い瞳が見える。

 魔眼までは再生していないようだ。

 やはり魔眼は、俺から奪う必要があるのだろう。


 ガリルエンデに入っていた時のような驚異も感じない。


 さながら魔王子供時代とでも言ったところか。


 アレなら、ここに居るみんなでなんとかなる。


「キヒヒ。俺の姿を見て侮ったな?」

「何?」


 しゃべり方が流暢になったポパルピトは、両手を天に掲げた。


「――インフェルノゲート」


 そして、模擬戦イベント終了時にも見た赤く巨大な魔法陣がいくつか。

 ヤツの背後に現れた。


「【インフェルノゲート】はダンジョンからランダムにモンスターを呼び出す召喚魔法。ただ呼べるだけで、支配できないのが難点だ。しかし、お前の魔眼がまだで助かった」

「魔眼の覚醒?」

「キヒヒ。当然か。魔眼を覚醒させるということは、自分の存在を魔王に近づけるということに等しい。普通の人間にそんなことできる訳がない」

「魔王に近づく……? 一体何を言って……」

「リュクスくん、アレを……!」


 赤い魔法陣から何体ものモンスターが溢れ出す。


 すべて、攻略本やゲームで見たことのあるダンジョンのボスモンスターだった。


 豪悪魔ごうあくま・ノーブルデーモン。攻略推奨レベル60。


 王甲虫おうこうちゅう・マスタービートル。推奨攻略レベル75。


 巴里皮虫パリピちゅう・キラキラービー。推奨攻略レベル80。


 一角獣王いっかくじゅうおう・パンプライノ。推奨攻略レベル30。


 翼天使よくてんし・エンジェルグリード。推奨攻略レベル40。


 恐蛮竜きょうばんりゅうタイタニックジュラシック。推奨攻略レベル20。


 蒼狼神せきろうしんモフレルノモフルガ。推奨攻略レベル70。


 破滅廻廊はめつかいろうインデルサーヴァント。推奨攻略レベル90。




 現れたモンスターたちを見て、俺は胸をなで下ろす。


「大丈夫だみんな! ガリルエンデを倒し、俺たちはさらに強くなってる。今の俺たちなら、あんなモンスター目じゃないぜ」


 今の戦いで、俺とレオンのレベルはおそらく70程度。

 他のみんなも、低くとも40くらいには上がっているだろう。


 さらに、クレアはまだ完全に元気だ。

 なんならクレアだけでモンスターは全滅させられるかもしれない。


 タイマンなら無理だがみんなで協力すれば十分に勝てる相手だ。


「そのようですね。不思議と恐怖は感じません」


「ああ!」


「では私たちは魔物の始末を。リュクスくんとレオンくんはポパルピトの相手を。疲れていると思いますが、これが最後の戦いです」


「了解!」


 リィラが皆に指示を飛ばす。

 だが、それを嘲笑うようにポパルピトは笑った。


「ふん、ただ魔物をぶつけるだけじゃ芸がない。こうして――おっと」


 不意打ちを仕掛けたミリタリアの攻撃を躱すポパルピト。


「ふん――融合魔法!」


「融合だと!?」


「さぁ現れろ、合成魔獣!」


 ポパルピトの手元に現れた魔法陣に、現れた魔物が吸収される。


 そして、その魔法陣から、新たな魔物が姿を現した。


 融合元となった魔物の特徴的なパーツをツギハギして怪獣を作りました! とでもいうような気色の悪いデザイン。

 おおよそ生物とは思えない、まさにキメラのような怪物だった。


「キメエエエエエエエエエ!」


 キメラの放つ轟咆に、思わず倒れそうになる。

 体から放つ威圧感はガリルエンデを遙かに越えている。


「キッ……メェエエエエエエエ!!」


 そして、間髪入れずに口から放たれる炎のブレス。

 咄嗟にエリザとドランが防御魔法を発動するが、完全には防ぎきれない。


【スロウ】で着弾を遅らせようにも、巨大な炎全てを魔眼で捉えることは出来ず、敵の攻撃は無差別に降り注いだ。

 凄まじい熱風に、俺は地面に倒れてしまう。


「くっ……みんな大丈夫か!?」

「なんて威力……っ」

「れ、レオン……みんなの回復を」

「く……ゴメンリュクス~ちょっと無理かも」


 レオンが倒れた。


 見ると、どうやらBチームのみんなを庇ったらしい。


 クレアもリィラを庇った様で、利き腕に大きな怪我を負っている。


 敵のいきなりの必殺技ぶっ放しに俺たちの戦線は崩壊する。


 誰も死んでないだろうな……?


「くっ……みんな……」


 俺もかなりのダメージを負った。動けない。


 いや、元々限界が近かったのだが……今の敵の攻撃がトドメのようになってしまった。


 状況確認のためになんとか頭を上げ、周囲を見渡す。


 すると、倒れたロデロンにポパルピトが近づくのが見える。

 ポパルピトはその腕に、ぐったりとしたリィラを抱えている。


「キヒヒ。生きてて良かった――ダークヒール」

「ゲホゲホ……おいお前ぇ! 僕まで死ぬところだったんだけどぉ!?」

「許せロデロン。生きていたんだから、まぁいいじゃないか」

「お、お前……なんか雰囲気変わったな」

「全部お前のお陰だロデロン。だが完全体にはなれなかった」

「お前の父親の悲願だっけ? せめてアイツの魔眼だけでも奪っていけよ」

「いや……それは欲張りだ。奴らを倒すため、超強力なキメラを作った。あれはもう俺の手に負えない。欲を出して魔眼の子に構っていては、あのキメラにやられてしまう」

「うわっ……メッチャヤバいな……」

「キメラは奴らにまかせて、ここは撤退しよう。目的の王女は手に入れた」

「うっひょ! なぁポパルピト、それ、もちろん僕にくれるんだろ?」

「もちろんだ。お前の望みはなんだって叶えてやる」

「ありがとな! 僕もお前のこと大好きだぜ」

「回復は済んだ。もう立てるだろうロデロン。あのキメラが暴れている内に、逃げよう」

「ああ!」


「待っ……くそ」


 体が思うように動かない。


 リィラを抱えたポパルピトとロデロンが遠ざかる。


 このままじゃリィラが……ロデロンたちにも逃げられてしまう……。


 クソ……クソ。どうすれば……。


「キメエエエエエエエ」


 俺のところにキメラが迫る。


 何体ものボスモンスターを融合させて作られた超強力なモンスター。


 こんなの、今の俺たちに倒す術なんてない……。


『しかし、お前の魔眼がまだ覚醒前で助かったよ』


 その時ふと、先ほどのポパルピトの言葉が脳内に蘇る。


 魔眼の覚醒?


 ヤツは確かにそう言った。


 前後の文脈を思い出すと、ヤツは俺の魔眼が覚醒していないとわかったからこそ、【インフェルノゲート】で魔物を呼び出したと思われる。


 逆に言えば、俺の魔眼が覚醒していたら【インフェルノゲート】は使わなかったということ。

 そこには何か意味があるはずだ。


「どういうことだ……思い出せ」


 ゲームでの魔王の能力を思い出す。

 そういえば、魔王には魔物を従わせる……みたいな設定がなかったか?


 地上に暮らす魔物は、全てが凶暴で人間と敵対しているというわけじゃない。


 中には普通の動物のように、穏やかに暮らしているものも存在する。


 そんな魔物を操り、凶暴化させて意のままに操っていた。


「あれは……もしかして魔王の魔眼の力だったのか?」


 だとすれば、ポパルピトの言動にも納得がいく。


 魔眼の覚醒……魔眼の新しい力。


 それを意識したとき、両目が熱くなる。力が溢れる。


 ガリルエンデを倒し、多くの経験値を得た今、既に覚醒のための条件は揃っていたのだとわかる。

 あとは、俺の意志で魔眼を覚醒させるだけ。


「行ける……」

「キメエエエエエエエエエ」


 キメラが目前に迫る。

 俺はキメラの目を見て、魔眼の新たな力を解放する。


「――魔眼解放!」

「キメェ!?」

「……!?」


 魔眼の新たな力がキメラの軸を捕らえた。そう思ったとき。

 とてつもない闇の力が、俺の内に溢れてくる。


「……うっ……うう」


 暗い暗い……心の底が凍るような暗い感情。

 それが胸の中に溢れて、苦しくなる。


 強大な力を使った代償だとでもいうように、その闇は俺の心を満たし、支配しようとする。


 絶望。寂しさ。不安。孤独。悲しみ。無力感。苦しみ。怒り。恐怖。嫉妬。嫌悪。恥。不満。落胆。不信感。痛み。後悔。焦燥。喪失感。虚無感。自己嫌悪。


 ありとあらゆる負の感情が心の中を満たしていく。


 ああ……。


 この状態に負けることを……闇落ちと言うんだろうな。


 そう思った。


 転生してからの思い出。


 辛かったジョリスさんとのトレーニング。


 まだ可愛かった、メイド見習いだった頃のモルガたちとの他愛ない日常。


 ドヤ顔で雷魔法を披露してくれた兄さん。


 エリザの手を握ってエレシア様に盾突いたあの時。


 剣術大会でのクレアとの激闘。


 アズリアと踊ったダンスパーティー。


 強大な敵に立ち向かったリィラ。


 俺を認めてくれた父さん。


 少しだけ頼りない兄さんを一生支えると言ってくれたイリーナさん。


 一人寂しそうに夕日を見つめていたレオン。


 宝物だったはずの思い出は闇に染まり、取るに足らないガラクタのように色褪せていく。

 幸せな思い出は消え去り、『魔眼の子』と蔑まれてきた記憶だけが頭の中に膨らんでいく。


 闇の瘴気が俺を包む。


 これが魔王に近づくということなのか。


 覚醒した魔眼から溢れ出す、超強力な闇の力を全く制御できない。


 幸せを呪い、笑顔を呪い、光を呪い。

 怒りと憎しみを世界に撒き散らす存在に……俺は堕ちようとしている。


 駄目だ。


 終わった。


 リィラを守れず。

 ロデロンたちにも逃げられ……。


 俺のこの転生人生って、一体なんだったんだろう……。




「負けるなリュクス!」


 その時、ふと俺の背に、誰かの手が触れた。


「レオン……か?」


 暖かい。氷のように冷たくなっていた心が少しだけ暖かくなった。

 それと同時に、たまらなく泣きたくなった。


「レオンお前、そんなに怪我してるのに……」

「だってリュクスが寂しそうだったから。つい側に居てあげたくなったんだよね」

「……ったく」

「それに。そう思ったのは、ボクだけじゃなさそうだよ?」

「え……?」


 俺の背中や肩に、多くの人の手が触れる。


「ったく……私が一緒に戦ってあげてるのよ!? こんなところで負けたら許さないから!」

 エリザ……キミはいつも、折れそうな俺の心を支えてくれるね。


「全くその通り。私以外に負けるなんて、許さないからね?」

 クレア……俺がずっと頑張ってこられたのは、キミの期待を裏切りたくないからだ。


「ララ。あの魔物をなんとか出来るのは貴方だけです。どうか自分を強く持って」

 フォルテラ……歌のようなその声は、するりと俺の心に入ってくる。


「リュクスくんの背中、いいナイスマッスル!」

 プロテア……素の声可愛過ぎない!?


「はぁはぁ……ユーのその肩に、全てが掛かっているよ~!」

 ミリタリア……遠くから走って駆けつけてきてくれてありがとう。


「リュクスくん。キミはこんなところで負けるような男じゃない」

 ゲリウスくん……静かだけど熱く燃えるキミの闘志が流れてくるのを感じるよ。


「君が対等に接してくれて、どれだけ嬉しかったか……思い知ってくれ!」

 ドランくん……君の方こそ、俺の眼を見て嫌な顔をしなかった。凄く嬉しかったぜ。


「俺の思いも受け取ってくれええええ」

 モエールくん……流石の炎使い、なんて熱さだ!


「君はもっと、自分がどれだけみんなから好かれているか、自覚するべきでござる」

 ブシャくん……前にリィラにも怒られたよ。気をつける。


「お前にもらってばかりだったが、どうだ? 俺たち少しはお前を支えることが出来るか?」

 ドロックくん……ああ、十分だよ。


「らしくないなリュクス。お前は闇に飲まれるのではなく、闇を使いこなせる男だろう」

 ピュートくん……ああ、その通りだな。


「ワイのライバルのお前が、こんなところで負けるなんて許さへんで!」

 えっと……てら、てら……あ~、あ、ティラノくん!


「ふん。あの男の息子がこんなところでくじけるんじゃないよ!」

 学園長……あ、えと……あざす。


「王女様のピンチにくじけるなんて、リュクスくんらしくないよ!」

 アズリア……。


「みんな、リュクスくんの力になりたいって思ってるんだよ。だから、怖がらないで。私たちを信じて。そして、頑張ってきた自分を信じてあげて」


 みんな……ありがとう。

 みんなの力が、俺に流れてくる。


 魔王に近づく? 確かにそうなのかもしれない。


 でも。

 俺には仲間がいる。


 そこだけが、魔王と俺の違い。


 だからもう、魔眼から溢れる闇なんて……少しも怖くない。


 魔王になんて近づかなくとも……俺は俺のままで、この力を使いこなしてみせる。


「制御完了……」

「キメ!?」

ひざまずけけ怪物――ドミネーション!」


 キメラの眼を、進化した魔眼が捕らえた。


「き、キメエエエエエエエ!?」


 強力な魔眼の闇が、キメラを構成する魔核を支配する。


「キメ……キメェ……」

「――お座り」

「キメェ!」


 キメラは俺の命令に従い、お座りのポーズをした。


 どうやら完全に支配下に置けたようだ。


 みんなから歓声が沸く。


「まだだ――ヤツは!?」

「あっち! まだそんなに遠くに行ってない!」


 アズリアが指差す方……200メートルほど先に、ヤツらが居た。


 まだ全然間に合う。


「キメラ、ヤツを追って行く手を阻め。絶対に逃がすな」

「キメエエエエエエ!」


 キメラがポパルピトを追って飛び立つ。

 そして、俺はその後を追う。


***

***

***

あとがき


キリのいいところまでと思ってたらとんでもない長さに…。

次回、いよいよ決着…かも?


補足:ドミネーションは魔法ではなく進化した魔眼の能力。

今まで使っていた【観察能力】と【魔法を目視した場所に発動させる能力】と同じ扱いです。魔王はこの能力で、平和に暮らしていた地上の魔物や精霊たちを狂暴化させ、配下にしていました。


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