第5話 妖精の女王

 歌音たちと同じ縮尺になった妖精のアナ――ならぬ、幻惑の森の女王・アナスタシアが右手を前に出すと、手の中に二メートルはありそうな、木製で曲がりくねった長杖が出現した。

 杖のてっぺんには、直径五センチはありそうな碧く輝く大きな宝石がハマっている。


 女王は長杖を握ると、床をトンっと軽く突いた。

 と、床から細いつたが幾つも生え、編み合わさり、見る間に背もたれが三メートルはありそうな玉座を作り出した。

 女王は出来上がった玉座に満足そうな表情で座ると、立ったままの杏樹と歌音に声を掛けた。


「ちょっと揺れるわね」

「あいよ」

「え? なになに?」


 女王は玉座に座ったまま、持っていた長杖で無造作に床面を叩いた。

 次の瞬間――。


「わわっ!!」


 激しい揺れがそこにいた全員を襲った。

 と言っても、何か魔法でも使っているのか、女王と杏樹は全く揺れていない。

 揺れのせいで尻もちをつき、アワアワ言っているのは歌音だけだ。


 デコボコで手作り感満載だった小屋の床が、タイルか何か石でも敷き詰めたんじゃないかと勘違いするくらいに滑らかなものに変化する。

 同時に、小屋を覆う壁と天井がいったん全部無くなり、外が見えるようになる。

 そこから外の景色を覗いた歌音は、自分たちが結構な速度で上昇していくのが分かった。


「ひ、ひぃ……!」


 床の縁までは距離があるので落ちる心配は無いはずなのだが、高高度から見える景色に恐怖心を覚えたか、歌音は顔を真っ青にしながら椅子にしがみついた。

 

 だが、壁が無くなったのはほんの一瞬で、すぐまた蔦が無数に這い回り、組み合わさり、新たな壁を作った。

 最後に天井までしっかり覆われると、壁や天井に白や黄色、様々な種類の水仙がポンポンポンっと咲き、花がまばゆい光を発した。

 その様子はまるで電灯のようだ。


 塔が完成したのか、揺れも上昇感も感じなくなった歌音は、おっかなびっくり立ち上がった。

 あっという間にできあがった豪奢な部屋の中で、歌音は驚きの表情で立ち尽くす。

 それを見て、女王が満足げな表情で口を開いた。


「ほら、そこらの魔女の継承式ならともかく、妖精の女王が見守る継承式となると、やはりそれなりに格調高くいかないといけないものね。ということで急遽きゅきょ、宮殿をしつらえてみました。さ、じゃ、カノンのパートナーを呼びましょう。テンポス、出ていらっしゃい!」

「ほーい、母さま!」


 女王が手を叩いて呼ぶと、歌音の前に、つむじ風をまとって小さな妖精の少年が現れた。

 小学校低学年くらいの少年を縮尺変更して、身長を四十センチにした感じだ。

 青いジャケットに白のタイツ、黒のブーツを履き、頭は金髪で、そこにちょこんと金色の小さな王冠を乗せている。

 その様子は、まるでおとぎ話に出てくる王子さまだ。

 だが、背中に生える一対の蝶の羽根が、彼が確実に人間ではなく妖精であることを示している。 


「母さま? アナさんの……女王さまの息子さん?」  

「おぅ。オレはこの幻影の森を治める精霊の女王・アナスタシアの十七番目の息子・テンポスだ。テンでいい。十七番目で『テン』とはこれいかに? なーんてな。あっはっは! ……ここ、笑うとこだぜ? んで? お前がカノンか。母さまから話は聞いているぜ? よろしくな」

「よ、よろしく……」


 見た目の可愛らしさと喋りのオジサンっぽさとのギャップに、歌音はちょっと焦った。

 歌音とテンを引き合わせた女王は満足げにうなずくと、テンに命じた。

 

「じゃ、テン。まず最初のあなたのお役目よ。儀式でのカノンのサポートをお願いね?」

「まーかせて!」


 テンは笑顔で、女王に向かってウィンクをしてみせた。


 ◇◆◇◆◇


 精霊の女王・アナスタシアを前に、歌音は祖母・姫宮杏樹と向き合った。

 杏樹が歌音に向かって無造作に右手のひらを突き出す。


 段取りの説明か、妖精の王子・テンがフヨフヨと浮いて歌音の傍に行くと、その耳元で何かをささやく。

 歌音はそれにフムフムとうなずきながら、同じように右手のひらを杏樹に向かって突き出した。

 杏樹が口を開く。


「魔女アンジュの名において、この者カノンを我が後継者として持てる魔法の知識を全て与えん。この知識が未来永劫、正しく使われんことを願う」

「魔女カノンの名において、祖母・アンジュより魔法の知識を譲り受けんとす。祖母の名誉の為、この身の果てるまで、その力を正しく使うことを誓う」


 テンに教わった通り、歌音は祖母に対し、魔女の宣誓をした。

 と、今度は女王・アナスタシアが杏樹と歌音の向かい合った手のひらに向かって、杖のを向けた。


「幻影の森の女王・アナスタシアの名において、魔女アンジュから魔女カノンへ、知識の継承を承認する。魔女カノンが魔女アンジュに替わり、世界の調整者たる役目を担ってくれることを切に願う」


 アナスタシアの宣言と共に、杏樹と歌音の手のひらの間に直径二十センチほどの魔法陣が出現すると、杏樹から魔法陣に向かって光が幾筋か吸い込まれた。

 魔法陣に吸い込まれた光は反対側から出て、歌音の手のひらに吸い込まれる。

 光がすっかり移動し切ったところで、杏樹と歌音が向けていた手を戻す。


 光の移動を確認したアナスタシアは、一つうなずくと、持った長杖の先を床にコンコンと二回当てた。

 途端にアナスタシアの持った木の杖の途中から、ニョキニョキと光る枝が伸びる。

 三十センチほど伸びたところで光る枝はパツンと折れて、短杖と化した。

  

 アナスタシアは何やらブツブツとつぶやきながら、短杖の柄を歌音に向けて差し出した。

 歌音が右手で短杖を受け取ると、短杖の光がゆっくりと消える。

 杏樹とアナスタシアはそれを見て優しくうなずいた。


「継承は無事行われた。魔女カノン、短杖の導きに従い魔女の任務を果たさんことを。……アンジュ。終わったわよ。さ、少し休んで」


 床が盛り上がって木製のソファが出現すると、杏樹はそこに崩れるように座った。

 杏樹の手招きに応じて歌音が近寄る。

 杏樹が弱弱しく歌音を見る。


「歌音。あの世界から色が消えた原因は姫宮家三人の抱えた深い悲しみだ。それにあんたの持つ魔力が過敏に反応し、世界から色の精霊が逃げ出した。あの町のどこかに隠れている七色の精霊と契約して元に戻って貰うんだ。四つの属性の精霊を味方につけたのと同じ要領だよ? 全ての色が戻れば、道隆と和美さんの石化も解け、世界は元に戻るだろう」


 苦しそうに喋る杏樹の言葉を、アナスタシアが引き継ぐ。


「テン。タイムリミットは日が沈むまでです。色を失った世界では、日が沈んだらおそらく二度と朝日は登りません。あなたはパートナーとして、何とかそれまでにカノンが使命を果たせるよう全力で補助しなさい」

「おまかせあれ、お母さま!」


 テンは空中を飛んで歌音の隣に行くと、右手で自信満々に自分の胸を叩いた。

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