第6話 新人魔女と妖精の王子
「なぁカノン、なんで飛ばないのさ」
「飛ばないんじゃなくって飛べないの!」
祖母との継承式を終えた歌音は、疲れ切った祖母を幻影の森に残し
祖母から流れ込んだ魔法の知識によって、手順は分かっている。
短杖を使って魔法陣を描き、祖母の使っていた箒を喚び出せばいい。
それだけの話なのだが、何度やっても魔法陣が力を持たなかったのだ。
テンが自転車と並んで飛びながら、呆れ顔で歌音に声を掛ける。
「ねぇカノン。魔女が自転車で移動してどうすんのさ。魔女なら魔女らしく空飛びなよ」
「そんなこと言われたって……」
「だって、幻惑の森ではちゃんと精霊と対話できてたじゃないか。
「分っかんないよぉ!」
「町に戻ってまた元の常識に
自転車を漕ぎ疲れた歌音は公園に入った。
ちゃんと公園入り口に自転車を停め、鍵を掛けることも忘れない。
そんな歌音に、テンが呆れ顔を向ける。
「他に誰もいないってことは、盗むやつだっていないってことなんだぜ? 鍵を掛ける必要なんか無いじゃんか。そういう風に、元の世界の常識に囚われちまうから魔法が使えなくなるんだよ」
「うるっさいなぁ。ちょっと黙っててよ」
歌音は、入口近くのベンチに座った。
後ろにはひまわりが沢山植わった花壇があるが、残念ながらモノトーンになっているせいでそこに華やかさは無く、ただただ長い茎が風に揺れている。
その様がまるで幽霊みたいに見えて、気持ち悪さしか伝わって来ない。
歌音がため息をつく。
テンが浮いたまま、歌音の前に行く。
「あのさ。精霊ってのは色々いるわけでさ? 日本じゃ『
「ヤオ……ヨロズ?」
「なんで人間のカノンより妖精のオレの方が日本の言葉に詳しいんだよ!!」
テンがその場に浮きながら地団太を踏む。
「勉強しろ! 勉強を! それはともかく、四属性の精霊ってのは比較的近い位置にいるんだよ。ほら、火とか水とか風とか土ってのは、すぐ
「あー、まぁ確かに」
「それに比べて色ってじゃあ何さ。どうやって触れる?」
歌音がちょっと考える。
「色なんて世界に満ち溢れてるじゃない。そこら中にあるし触り放題じゃない?」
「んじゃ、そのベンチ。多分、本当の色は薄緑だぜ? 薄緑色に触ってごらんよ」
歌音は普通に座面に触ると、で? っという顔でテンを見た。
「違う。それは『薄緑色のベンチに触っている』だ。薄緑色に触っているわけじゃない。つまり色ってのは
「そんなこと言ったら、緑色の葉っぱに触ったって、色に触ったことにならないじゃない?」
「そうさ? つまり色を取り戻すってことは、物質では無くその奥にある概念に
「ふむ……」
休憩を終えた歌音はその場で靴を脱ぐと、ベンチの上であぐらをかいた。
違う。
息を深く吸い込み、胎内に意識を集中させる。
「イグナイテッド(着火)!」
下腹部。さっきまでまるで動かなかった丹田にある
「なんだ、やればできるじゃん」
歌音を守るかのように、周囲を地水火風の四精霊が勢いよく飛び始める。
歌音は目をつぶったまま、更に更に意識を深く潜った。
だが、いくら潜っても、捜索の手を広げても、今の歌音には他の精霊が見えない。接触できない。
――せめてどこにいるかだけでも分かったら……。
歌音のそんな気持ちが通じたのか、テンが歌音の傍でそっと
「やみくもに探したって駄目だよ。探しているのは色の精霊だ。本来の色の近くにいるはずだよ? 例えば……黄色のものって言われて何を思いつく?」
「黄色? ……ひまわり?」
「ひまわりはどこにある?」
「わたしの真後ろ」
その途端に、新たな精霊の存在が歌音のセンサーに引っ掛かった。
「呼んだ?」
歌音は慌てて結跏趺坐を解いて、後ろの花壇を振り返った。
灰色のひまわりのバックに、黄色い服を着た小学校低学年くらいに見える精霊が浮かんでいる。
モノトーンの世界で、目がチカチカするくらい黄色が映える。
よく見ると、黄色の精霊は一人では無い。
テンがいみじくも言ったように、ひまわりの中にわさわさ黄色の精霊がいる。
「いた!」
歌音は、とっさに手近の黄色の精霊にタックルして捕まえようとするも、精霊はその手をスルっとすり抜けた。
精霊が笑いながら飛び去る。
「あ、待て! 待って! にゃあ!!」
歌音は靴も履かずに走って追いかけるようとして花壇の柵に足を引っ掛け、顔から盛大に花壇に突っ込んだ。
痛みが激しいのか、歌音はその場から動けずにいる。
「痛そう……。大丈夫?」
さすがに心配になったのか、黄色の精霊が歌音の傍まで戻って来て心配そうに歌音の顔を覗き込んだ。
途端に歌音は土のついた顔のまま跳ね起き、黄色の精霊に抱きついた。
「うっしゃあ、捕まえたぁ! もう逃がさないかんね!」
「ず、ズルい! 卑怯だぞ!」
黄色の精霊がジタバタ逃れようとするも、精霊は歌音の両腕でガッチリ抱きしめられていて逃れられない。
歌音の顔を、色を失って灰色になった鼻血が伝う。
黄色の精霊が嫌そうに歌音から目を
「さぁ、色を戻して、黄色の精霊さん!」
「……ちっ、しょうがねぇなぁ。新米魔女さん、はいどうぞ」
黄色の精霊は、歌音に胴体を掴まれたまま万歳ポーズをした。
歌音がテンの方を振り返る。
「で、どうすればいいの?」
「契約して色を自分のものにするんた。イメージしてみな」
歌音の困惑を込めた問いに、テンが『なに当たり前のことを聞いてるのさ』といった呆れ顔で答える。
歌音は黄色の精霊を抱いたまま、目をつぶった。
――黄色といえば……ひまわり。あとは工事現場のガードポール。ミツバチ。モンキチョウなんかも……。
歌音は思いつく限りの黄色いものを頭の中に思い浮かべ、黄色の精霊の額にキスをした。
腕に抱いた精霊の身体が霧散する。
慌てて歌音が目を開けると、黄色の精霊は姿を消し、その代わり、目の前のひまわりがまばゆいばかりの黄色を取り戻していた。
地面に書かれた止まれの文字も、軽自動車のナンバープレートも、モノトーンの世界の中で、視界に入る黄色い全てのものが、色を取り戻していた。
「やったなカノン! まずは黄色獲得、おめでとう!」
テンが歌音に向かって右手の親指を立ててみせた。
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