第7話 箒で飛ぶって結構楽しい!

 色を取り戻したひまわりの植わった花壇の前で、歌音は短杖を使って魔法陣を描いた。

 魔法陣の軌跡が光となって宙に残る。

 妖精王子のテンがフヨフヨ空中に浮きながら、ジッとその様子を観察する。


「ディミティス(解放)!」


 歌音のかけ声と共に、魔法陣を割って直径四センチくらいの竹でできた筒状の長い棒が出て来る。


「うっは、出た出た!」


 成功して上機嫌になった歌音は、棒を引っ掴むと魔法陣から無造作に引き抜いた。

 それは、教室の掃除ロッカーにでも入っていそうな、なんてことない竹箒だった。

 テンが大げさに拍手する。


「いいぞ、カノン! 次はそれに乗って一気に空高く飛んでみようぜ!」

「え? やだ」


 テンがズッコケる。


「ちょ、魔女は空飛んでナンボだろうが! じゃその箒は何に使うんだよ。掃除でもするのか?」

「だって高いところから落ちたら痛いじゃん。とりあえずは自転車代わりに滑空するわよ。ま、浮けばだけどさ」


 テンの呆れ顔をよそに、歌音は箒にまたがった。


「ベントゥス(風よ)!」


 途端に歌音の足元に風が渦巻いた。

 箒にまたがった歌音が、おっかなびっくりその場に浮かぶ。

 と、歌音がいきなり悲鳴を上げた。


「おまた! お股が裂ける!」

「言いかた! お尻と箒の間に空気のクッションを作るんだよ。っとっとっと! カノンは新しい魔法を使う前に、必ずアンジュの魔法の知識を参照することをオススメするよぉぉぉぉ!」


 風で飛ばされないよう、テンは必死に花壇の柵に掴まりながら叫んだ。

 お尻の痛みで風のコントロールがおろそかになっているようで、歌音の足元の風が暴風と化しているのだ。

 風を真下に向けたら空高くすっ飛んで行く勢いの風だ。


「そっか。こんな時こそお祖母ちゃんの知恵袋だ。えっと……」


 歌音は目をつぶって、祖母から受け継いだ魔法の知識を思い浮かべた。


「クッションってより座布団だね。えっと座布団、座布団っと。あ、これか。アーエール パリエース(空気の壁)!」


 短杖をお尻に向けて呪文を唱えると、たちまち歌音のお尻の下にモコモコっと空気のかたまりが現れた。


「おほー、快適快適」


 上手くいって嬉しいようで、歌音の声が弾む。

 同時に風のコントロールも無事取り戻したようで、噴出する風が抑えられ、歌音の乗った箒も安定する。


「よしよしよしよし。んじゃ次、行ってみますかぁ! フォルティス ベントゥス(強風)!」


 穂先が生き物のようにブルっと震えると、歌音の乗った箒は公園の中を高速で勢いよくすっ飛んだ。


 ◇◆◇◆◇


「おーーー、すごーーーーい! わたしってば天才?」


 この公園は植物園や噴水、池などもあり、町内随一の広さを誇る。

 歌音は箒で池の上を飛んだ。

 スワンボートが池の上を動いている横を高速で通り過ぎる。

 

 ――係留してあったのが、ヒモが外れちゃったのかな。


 ちょっとだけ疑問が湧いたが、それよりも箒で飛ぶ爽快感そうかいかんまさった。

 なにせ、水面からたった一メートルのところを飛んでいるのだ。

 箒の速度によるものか、歌音の通った直後の水面みなもに激しく波しぶきが立つ。

 箒のコントロールに慣れて来て爽快感を感じているのか、色の精霊を探すという目的をすっかり忘れ、歌音はさっきからしきりに池の上を行ったり来たりしている。

 完全に遊びモードだ。


「ねぇねぇカノン。箒で飛ぶのが楽しいのは分かるけどさ。時間があんまり無いって分かってる? 陽が沈むまでに全色契約しないといけないんだよ?」

「そうだったそうだった」


 肩に掴まりながらテンに指摘され、歌音が素に戻る。

 と、歌音は箒で飛びながら一瞬考えた。


「そういえばお祖母ちゃん、七色って言ってたよね。それって何色?」

「何だい、それも知らなかったのかい。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色だ。一般的に言う虹の七色ってやつだよ」

「あー、なるほど、そういうことね。箒で飛ぶのにも慣れてきたし、んじゃそろそろ捜索を再開しよっか」


 本筋に戻ったのでテンが安堵する。


「んで? 次は何色なのさぁぁ!」


 歌音は池の上から地上に進入すると、速度を維持したまま森林エリアに突入した。

 ここはゆったり散歩できるよう森のように木々が植えられ、その間を縫うように遊歩道が設けられたエリアだ。

 テンが、振り落とされないよう歌音の肩に掴まりながら叫ぶ。


「緑色!」

「ならこんな高速で飛ばなくてもそこら中にあるじゃないかぁぁ!」

「あ、そっか」


 歌音は箒に急ブレーキをかけ、その場に止まると、緑を想像した。


「緑。そこら中にある木々ぜーんぶ。出てこい、緑色の精霊!」

「呼んだ?」

「呼んだ?」

「呼んだ?」

「うわぁ! いっぱいいる!」


 木々の間に何人も、緑色の服を着た少年少女の精霊が現れた。

 黄色の精霊同様、どの子も小さい。


「ベントゥス(風よ)!」

「わぁぁぁ!」


 歌音は箒をすっ飛ばし、一瞬で近くの木々に隠れていた緑色の精霊を二人捕まえた。

 飛行速度が速かったからか、今回は意外とあっさり精霊が捕まる。

 精霊を両脇に抱えた歌音は、腰の動きだけで箒をコントロールした。 

 そこへテンが寄って来る。


「一人で充分だよ。一人離してあげな」

「あ、そう。んじゃキミ、わたしと契約してくれる?」


 左腕で捕まえた緑色の精霊を離してやると、途端に離した精霊が宙に薄れて消える。

 歌音は残った右腕で捕まえた方の精霊の顔を覗き込んだ。


「捕まっちまった以上は仕方ねぇな。よし、契約したらぁ!」


 緑色の精霊が歌音の腕の中で万歳ポーズを取る。

 歌音は緑色のものを想像しながら精霊のおでこにキスをした。 


 ――公園のあちこちに植わった木々、草たち。芝生に……四つ葉のクローバー!


 抱っこした緑の精霊の存在が腕の中で拡散するのを感じた歌音はそっと目を開いた。

 歌音の目に入る木々全てが緑色を取り戻していた。

 と、歌音の近くをライトグリーンのTシャツが通り過ぎた。

 だが、見えるのは緑色のTシャツと、髪の毛や眉毛のちょっとした黒色だけだ。

 Tシャツを着ている本人の姿はほぼ見えない。


「と、透明人間?」


 歌音が箒に乗ったままギョっとする。

 去って行くTシャツを見ながら、テンが歌音の傍に近寄った。


「色の部分だけこの世界と元の世界が重なっているんだ。元々がモノトーンだから、白、黒。これに新たに獲得した黄色と緑。更に灰色とか黄緑とか、この中間色系の色のものがすでに重なっている。今はまだ重なる部分が小さいけど、重なり率が大きくなると干渉を引き起こすぞ」

「えっと、つまりどういうことよ」

「完全には見えていなくても普通にぶつかる。今だと、公園の外を白や黒の車が走ってたら普通にかれるよ。運転手の姿は見えなくてもね。注意しな」

「おぉ、そういうことか。うん、気を付ける」


 テンが辺りを見回す。

 よくよく見ると、カツラのように、黒い髪の毛があちこちで動いている。

 今はまだそれくらいしか見えないが、いずれもっと沢山見えるようになる。

 油断して事故を起こさぬように、ここからの行動には充分注意する必要がある。


「幸いにしてこの公園はそれなりの広さがある。この公園内で見つけられるだけ色を見つけといた方がいいだろうね」

「オッケー。んじゃ、次、行きましょ」


 歌音は箒を一気に上昇させた。 

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