第9話 色を探せ!

 首尾良く紫色の精霊と契約することができた歌音は、公園の入り口まで来ていた。

 乗っていた箒を入口の塀に立て掛けると、入口に設置してある灰色のものに近寄った。

 

「本来の色が無くなると、こんな寂しくなるんだね、こいつ」

「あぁ、まぁな。自己主張の強いやつは、えてしてそういうもんさ」


 歌音はその本来の色を思い浮かべ、叫んだ。


「赤! ポストの赤! 出てこい、赤色の精霊!」

「……呼んだ?」


 そこに現れたのは、赤色の精霊だった。

 ポストに憑いていたからか、ちょっと太っている。

 逃げる様子一つ無く、易々やすやすと歌音に抱き締められる。


「照れるなぁ……。えへへ」

「いい子ね。わたしと契約してくれる?」

「まかせてよ。お嬢さんと契約してキミの中の赤色をつかさどってあげる」


 歌音は一つうなずくと、目をつぶった。


 ――赤。それは原初の赤。炎の赤。血の赤。全ての生きとし生けるものと共にある色!


 抱き締めた赤色の精霊の額にキスをする。

 赤色の精霊の拡散を感じた歌音はゆっくり目を開いた。

 目の前に設置されたポストは……無事、赤色を取り戻していた。


「やったね!」


 歌音はテンと手を叩き合った。


 ◇◆◇◆◇


「あとは、だいだいあいだ。もう終盤だぞ。何か思いつくか?」

「うーん、橙は考えがあるんだけど、藍色って何だろ……」

「いよいよ公園から出る必要が出て来たってことかな。でもやみくもに探し回っても見つからないぞ。目星を付けて動かないと」

「だよねぇ。ね、こっちの姿って、もうそろそろ元の世界の人に見られる?」

「見られるだろうな。今だって空を見上げる人がいたら見つかってるよ」

「そっかぁ」


 さっきから歌音は、公園の上空に浮かびながら次の行先を考えていた。

 箒に乗ったまま歌音は腕組みをして考え、やがて一つの結論に辿り着いたのか、ウンウンとうなずいた。


「藍なんて渋い色、やっぱあそこしかないよね。あんまり時間も無いことだし。よし、覚悟を決めて行こう。ベントゥス(風よ)!」


 歌音は箒に風を送り込むと、一気に飛んだ。


 ◇◆◇◆◇


 商店街に着くと、歌音は高空から一気に地上まで高度を落とし、店の前に降り立った。

 さすがに商店街だけあってここは人が多いが、運良く誰にも見られずに着地できたようだ。

 歌音はシレっと箒を店の前に立て掛けると、そっとお目当ての店――洋品店に入った。


 ピッコピコピコーン。


「いらっしゃいませ。……あら? 誰もいない。確かに入店音がしたのに。変ねぇ」


 五十絡みの年配の女性の店員さんは、首をかしげるとまたレジに戻った。

 機械は反応したが、まだギリギリ歌音の存在は人には認知されないらしい。

 万が一にも見つからないよう、業務用ハンガーラックの間を縫って、歌音は素早く目当てのコーナーに着いた。

 和服のコーナーだ。

 案の定、灰色の和装がたくさん壁に掛かっている。これは本来、灰色ではない色のはずだ。


「あった! これだね」

「うんうん、んじゃ、店員さんに見つかる前にササっとやっちゃおう」

「ん。藍、藍染め、ここの和装たち! 出ておいで、藍色の精霊!」

「呼んだ?」


 歌音の目の前に、藍色の精霊が現れる。

 女の子だ。

 歌音がそっと手を差し伸べると、藍色の精霊は素直に寄って来てくれる。


「わたしと契約してくれる?」

「藍は地味だけど、とっても心が落ち着く色なの。嫌いにならないでくれたら」


 藍色の精霊が照れながら歌音を見る。

 歌音は紫色の精霊を優しく抱き上げた。


「もちろん大切にするよ。むしろ、ずっとわたしと一緒にいてちょうだい。じゃ、いくよ?」

「うん」


 ――藍色。古来よりわたしたちの傍にあり、楽しませてくれた色。藍染めの服。


 歌音は抱き締めた藍色の精霊の額にそっとキスした。

 藍色の精霊が腕の中で粒子となって拡散する。

 歌音がそっと目を開くと……目の前のコーナーにあった灰色の衣装が軒並のきなみ藍色に変わっていた。

 店内の藍染めの和装全てが色を取り戻したのだ。

 

「よし。これで赤、黄、緑、青、藍、紫の六色を取り戻したぞ。残るは橙だけだ。さ、次行くぞ! ……何見てんの?」

「あぁ、うん。これ……」


 歌音は洋品店の中でハンガーラックを前に立ち止まっていた。

 黒いケープを手にしている。


「これ、可愛くない?」

「え? いやぁ、ボクはそういうのは良く分かんないから……」

「ウソでも可愛いって言うものよ、そういうときは!」


 歌音は値札を見て一つうなずくと、ハンガーごとラックから引き抜いた。

 どうやら買うつもりらしい。

 更に、レジに向かう前に帽子コーナーに立ち寄り、掛かっている帽子の中から黒いトンガリ帽子を手に取ると、レジに行った。

 テンが慌てて姿を消す。


「あら歌音ちゃん、いらっしゃい」

「どうも」


 店員さんが反応する。

 昔からこの商店街で店を構えていることもあって、歌音はこの店には母親に連れられて何度も訪れている。

 当然、この五十代の店員さんは歌音とも顔なじみだ。


 歌音は内心ドキドキしながら挨拶をしたが、店員は確実に歌音を認識しているようだ。

 さっき歌音が店に入ったときには歌音に気付かなかったが、七色中六色まで揃ったことで、歌音の世界と通常の世界がかなりのところまで重なり、認知できるレベルにまで至ったのだ。


 店員さんが歌音の恰好に気付く。

 喪服だ。


「そっか。杏樹さんのことはお気の毒だったわね。あまり気を落とさないでね」

「はい。ありがとうございます。えっと、おいくらですか?」

「あぁ、はいはい。えっと……八千五百円ね」

「あ、そのままで。すぐ着ますので」

「あらそう? はい、じゃ、どうぞ」


 会計を済ませた歌音は値札を切ってもらったケープをその場でサっと羽織り、とんがり帽子をかぶった。

 喪服の上に着たこともあって、おとぎ話に出てくる魔女にかなりそっくりになる。


「あら、似合うわね、歌音ちゃん。またね」

「はい、また」


 歌音は軽く会釈して店を出た。

 店の前に立て掛けておいた箒をさりげなく手に取ると歌音は裏道に入った。

 裏道に入ると同時に、さっきまで消えていた妖精王子のテンがポンっと音を立てて現れる。


「うん、だいぶソレっぽいけど、歌音は形から入るタイプのようだね」

「まぁね。だって魔女なら魔女らしくしないと。いいもの見つけちゃったな」


 歌音はその場でクルっと回って満足げにうなずいた。

 テンがそんな歌音を呆れ顔で見る。


「ファッションショーはまた後で見せてもらうよ。それより、ミッションの途中だってこと、分かってる? ほら、もう夕方だってのにまだ橙色が残っているんだよ? 目星ついてる?」

「当ったり前でしょう? 何のために橙色を最後に残しておいたと思っているのさ」


 歌音は周囲を見回して誰も見てないことを確認すると、箒にまたがり、一気に上昇した。

 さっきまで青かった空がモノトーンに戻っている。

 

「なんで色がモノトーンに戻ってるんだろ。そんなはずは……。そうか、夕方で空が夕焼けに染まっているのか!」

「そういうこと。これで七色目だね。んじゃ喚び出すよ!」


 歌音は空に向かって叫んだ。


「橙色、夕焼けの色。出てきて、橙色の精霊さんたち!」

「呼んだ?」

「呼んだ?」


 歌音の周り中に、一瞬でたくさんの橙色の精霊が現れる。

 青色の精霊のときに苦労した経験を生かしたからか、歌音は精霊を遮二無二しゃにむに追いかけ回すようなことはせず、その場で優しく目の前の空間を抱き締めた。

 歌音の腕の中に、橙色の精霊が出現する。


「橙色の精霊さん、わたしと契約してくれる?」

「いいよ!」


 橙色の精霊の了承を貰った歌音は、再び目をつぶった。


 ――橙。それは夕日の色。一日が終わる寸前の空をいろどる色。美しく、それでいて物悲しく郷愁を誘う色……。


 歌音は目をつぶったまま、橙色の精霊の額にキスをした。

 橙色の精霊の存在が腕の中で拡散する。

 歌音が目を開くと……モノトーンだった空が夕日で橙色に染まっていた。


「よっしゃ、ミッションコンプリートだ! 全ての始まりの場所に行こう」

「始まりの場所?」

「そう。色を失った場所。すなわち、歌音の家さ! ご両親を救うんだ!」


 テンは歌音に向かって、ウィンクをしてみせた。

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