第30話 勝てば官軍

 全てを守るつもりなんてない。そもそも守れるとも思ってはいない。

 だけど嫁だけはなにがなんでも守りたい。もう、失うことは耐えられない。


「あああああ!!」


 体を蝕む痛みを意志の力で無視して、残りの魔力を全て腕と聖剣に流し込む。


【乾坤一擲】ケイトのスキルであり、魔王を倒した最大奥義。

 これをスキルとしてではなく、己の魔力操作で実現させる。


 せめて、こいつだけでも。

 3人のうち1人でも殺せればアンナとイリアーナの生存率は跳ね上がる。


 妹尾兎斗は幼馴染だ。

 小さい頃から俺の後ろを「レオにぃ」と呼びながら着いてきた妹のような存在だ。


 しかし、アンナを殺すと言うのなら、イリアーナを奪うと言うのなら、俺はお前を殺すことに躊躇いは無い。


「まだ、動けるんだ。でもレオにぃ、甘いよ!」


 兎斗の細剣が突き出される。

 左肩を貫かれ、右太ももを貫かれる。


 痛みを無視して、聖剣を振り上げる。


 左太ももを貫かれた。踏ん張りが効かない。

 右肩を貫かれた。剣を振りおろせない。


 それなら……


 腕に纏わせていた魔力も全て剣に。

 このまま倒れ込みながらその体を真っ二つにしてやる……


 歯を食いしばり目標を見据える。

 その瞬間、体の痛みが少し引いて力が戻った。これなら……確実に殺せる。


「おおおおお!!」


 まだ痛む肩を無視、全力で剣を振り下ろそうとした刹那、兎斗の姿が視界から消えた。


 ここに来て高速移動かと焦ったが、次の瞬間には違うということが分かった。


 今まで見据えていた兎斗の姿が消えて、入れ替わるようにウルトの姿が見えたからだ。


 兎斗とウルト、なんだか似てるなと思いながら俺は剣を手放して膝を着いた。


「レオ様!」

「旦那様!」


 サーシャとベラが飛び出してきた。

 なんで?


「酷い傷です! すぐに治しますから!」

「旦那様! 大丈夫ですか!?」

「あ……ああ」


 なんで2人がここに居るんだろう? それにウルトも……


「なんで、ここに?」

「ウルト様が教えてくださいました。レオ様とウルト様の繋がりが断たれた、不測の事態だと」

「リンさんとソフィアさんも来ていますわ」

「え……大丈夫なのか?」


 妊娠初期と臨月の妊婦、無理させたらマズイでしょ?


「ウルト様から降りないようにと言ってありますので……それに、もし何かあっても私とベラさんが居ればなんとかなります」

「まぁ確かに2人に……イリアーナを合わせて3人以上の回復魔法使いは居ないとは思うけどね」


 3人共に元聖女の治癒士だ。これ以上の回復魔法の使い手は居ないだろう。


「その……レオ様、申し訳ございませんでした」

「え?」

「私たちはレオ様の言いつけを破り安全な城から勝手に出てきてしまいました。罰として離縁を申し付けられても反論はできません。しかし……私が決断したことです。ベラさんたちには責任はありません」


 覚悟を決めた目で、サーシャはそう告げた。


 離縁? 離婚ってこと? なんで? やだよ。


「そんなことは言わないさ。むしろ、ありがとう」

「レオ様……」


 サーシャの整った眉が八の字に歪む。

 俺はそんな彼女を抱き寄せた。


「そんな顔しないで。感謝してるんだ。サーシャたちが来てくれなかったら、俺は負けていたと思う」

「レオ様……」


 サーシャは安心したのか、涙を一筋零して俺の胸に顔を埋めた。


「レオ様、いい雰囲気のところ悪いけど、ここ戦場」

「あっ……」


 少し拗ねたようなイリアーナの声でハッとする。

 そうだった、戦場だった。


「コホン……兎斗は?」


 そっとサーシャから離れて立ち上がり、ウルトに撥ねられた兎斗の姿を探す。

 すると10メートルほど離れた位置で両手両足をありえない方向に曲げた兎斗が倒れているのを発見した。


「うぅ……」


 どうやらまだ息はあるようだ。

 どうしたものかね……やっぱり殺しておくか?


「レオ様、あの3人と知り合いみたいだったけど、どういう関係?」

「それは……」


 大変に説明しづらい。

 兎斗はまだどうにか説明出来るが、佳奈はなぁ……

 よめーずに元カノですとは……


 瞳とかいうのは知らん。マジで知らん。


「と、とりあえずジェイドもキツそうだし倒してくる! 話はそれからで!」


 アンナの方はかなり余裕がありそうだ。

 アンナの盾は俺が聖盾を元に作成した劣化コピー品だし、身につけている鎧もミスリルの全身鎧、魔法に対する耐性は相当に高い。

 まぁアンナは攻撃力が少し低いのでダメージは与えられていないが、瞳の魔力切れまで耐え切ることは難しくないだろう。


 ジェイドの方は……


 うん、押してるね。

 ジェイドは【理外ことわりはずれ】だった俺とある程度戦えた猛者中の猛者、勇者相手に優勢でも何らおかしくない。


 ところで兎斗と佳奈、どっちが勇者なんだろうね?


「お父さん、押してる」

「だね。でも長引かせても仕方ないし……」


 なにより2人との関係性を話すのは……心の準備が……


「分かった。それとレオ様、アレはどうするの?」

「アレ?」


 イリアーナの指差す先を見ると、死にかけている兎斗の姿があった。

 両手両足の骨は折れてるっぽいけど、暴れ出さないようにウルトが監視している。

 おそらく動いたら即座に轢くのだろう。


「まぁ……死なないようにだけ見てて。死なないなら回復も不要だから」

「りょ」


 ピシッと綺麗な敬礼をするイリアーナの頭を軽く撫でて聖剣を再召喚、どうやらスキルの使用も可能となったらしい。


【隠密】を発動してジェイドと戦っている佳奈の背後に忍び寄る。

 俺が佳奈の後ろに立つと、ジェイドは俺の意図を読んだらしく攻撃のペースを一気に上げた。


「くっ……! ジジイは引っ込んでなさいよ! うちはレオくんと赤ちゃん作るんだよ!!」

「抜かせ! レオ殿は儂の娘の婿じゃ、お前なんぞにやれるか!」


 兎斗の繰り出した連続突きより遥かに早い連撃。

 なんとか捌いていた佳奈だったが、遂に耐え切れず大きな隙を晒した。


 そこに割り込む俺。


 1対1? 正々堂々? そんなの知らん。勝てばいいのだよ勝てば。


 佳奈は突然の俺の登場に目を見開き一瞬動きを止めてしまう。

 隙だらけだぜ!


 兎斗を殺してないのでとりあえず殺す気は無い。

 なので佳奈の両手首から先を一振で斬り飛ばし無力化する。


「い、いやぁぁぁぁあああ!!」


 うるさっ!


 即座に軽めの回復魔法を使って手首からの出血は止めてやる。これで死なないだろ。


 ついでにボディブローを一発入れておく。これでしばらく動けないだろう。黙ったし一石二鳥だ。


 倒れる佳奈の襟を掴んで兎斗の隣へ放り投げる。

 ウルトの目の前に転がしておけばもしどちらかが魔法を使おうとしてもそれを察知したウルトが【魔力霧散】で防ぐはず。


「レオ殿……中々容赦無いな……」

「何言ってるんですか、ここは戦場ですよ? 普段なら女性に手は上げませんけど戦場だから仕方ないんです」

「それはそうだろうが……」


 ぶっちゃけストレス解消である。

 戦争なんて面倒事に巻き込まれてイライラしていたのだ。


 それに佳奈には怨みもある。

 こいつのせいで俺の高校時代後半は中々ハードモードだったのだ。

 見抜けず付き合ってた俺も悪いのだけども……


 さて……あとは瞳だけなのだが……


「もう終わりそうだな」

「そうだな。あの様子だと魔力切れも近かろう」


 最初に比べて明らかに魔法の生成速度、威力共に下がっている。

 あの調子ならあと数分も持たずに終わるだろう。


 念には念を、イタチの最後っ屁でアンナが負傷するのも嫌なので救援に入る。


「レオさん、そっちは終わったんスか?」


 近付いてみると、思った以上にアンナは余裕そうだった。


「ああ、終わったよ。あとはそいつだけ」


 瞳を指差しながらアンナに返事をすると、瞳から放たれる魔法が止まった。

 魔力切れたかな?


「はぁはぁ……れ、レオきゅんが僕のこと指差してる……」


 ……え?


「レオきゅん! レオきゅんがやっと僕のことを認識してくれた!」


 え……キモ……こわ……


 なんか狂喜乱舞って感じ。壊れた? いや、最初からか。


「レオきゅん!」


 瞳はピタリと静止して俺を見つめてくる。

 前髪で目は見えないけど確実に見つめられている。ロックオンだ。


「ずっとレオきゅんのこと見てました! 好きです! 付き合ってください!」

「いやまずお前誰よ」


 まずは名乗れよ。


「あ、あの……ボクは影野瞳(かげのひとみ)です……一応、高校3年間ずっと一緒のクラスで……」

「え?」


 居たっけ?


「だから、その……ずっと好きでした!」

「あー……ごめん、覚えてないわ」

「覚えて……ない……」


 俺の誠意の籠った返答を聞いて影野瞳は膝から崩れ落ちた。


「うわぁ……容赦ないッスね……」


 まぁ……うん。これは俺の勝ちだろう。とりあえずヨシ!

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