第29話 激怒
「くそっ……」
「レオにぃいい加減諦めたら? そうしないと周りのおじさんたちも死んじゃうよ?」
戦いが始まってどれだけ時間が経過したのかは分からない。
俺と兎斗の戦いは完全に膠着状態に陥っていた。
「しつこいなぁ……早くレオにぃは兎斗のものになってよ!」
鋭く突き出される細剣を回避、反撃を試みるが兎斗は既に引いており、今攻撃を仕掛けても容易く捌かれてカウンターを貰ってしまうだろう。
早い……攻撃速度自体は対応出来る早さなのだが引くのが早すぎる。
隙を作るために力を込めて細剣を弾いても、肘と手首の柔軟性を活かしてすぐに体勢を建て直してしまう。
魔法を使おうにも、さすがに全身体強化系スキルを同時発動している状態では使えない。
どれかひとつ発動を止めれば魔法は使えるが、そうすると兎斗の突きに対応出来なくなりかねない。
結果、お互いに無傷ではあるが膠着状態に陥ってしまったのだ。
肉を切らせて骨を断つ。兎斗の突きを受けながら攻撃を仕掛ける案もあるにはあるのだが、もしあの
細剣に【不治】などの回復阻害の能力があると厄介だ。
即死さえしなければどうにでもなるのだが、捨て身の反撃を万が一にも捌かれてしまうともう打つ手が無くなってしまう。
手負いの状態で今のように互角に戦うことは不可能だ。
「ほら、瞳さんに向かっていったおにーさんも倒れたし、あの魔法使いの魔力ももう切れそうだよ? 佳奈さんと戦ってるおじいさんもそろそろ疲れちゃうんじゃないかな? 老人には無理させたらいけないんだよ?」
「だったら引いてくれない? 俺もしんどいんだけど」
「あは、それは無理かな? 兎斗はレオにぃを捕まえるために来てるんだから!」
嵐のような連続突きをなんとか躱す。
しかし一撃躱しきれなかったようで左肩に掠ってしまった。
ちょっと血が滲む程度の軽い傷。
【不治】系の効果が付与されているのか試すには寧ろちょうどいい。
足に強化を集中させてバックステップ、距離を取って回復魔法を使おうと考えたのだが、上手く足に力が入らずたたらを踏むことになってしまった。
「ぐっ……!」
視界が明滅する。力が抜ける。頭がガンガン痛む。
毒? いや、毒なら俺には【毒無効】がある。効くはずが無い。
「あは、やっと当たったね? この剣で斬られた相手は一定時間スキルの使用が出来なくなるんだぁ! さっきの女はあんまりスキルを使ってなかったみたいだから効果が薄かったけど、レオにぃはかなりスキルに頼ってたみたいだね!」
全てのスキルの副作用なのか、全身に痛みが走る。
【痛覚鈍化】も発動出来ず、回復魔法で癒すことも出来ない。
「じゃあレオにぃ、ちょっと痛いけど我慢してね? 大丈夫、兎斗がレオにぃの手になるし足にもなるから!」
兎斗は濁った瞳でそんなことを宣う。恐怖しかない。
「くそ……」
これは不味い。
今は何とか立っていられているが気を抜けば倒れてしまいそうだ。
ところでアンナは……と思い探してみると、ゲルトの前に立って瞳の魔法を防いでいた。
ゲルトの様子からしておそらく魔力が尽きたのだろう。
その後ろではフィリップがイリアーナに回復されている。
さらに遠くを見てみれば、教国軍と王国軍も衝突していた。
今のところ互角のようだが、人数差も大きい、いずれ押し込まれるだろう。
「なあ兎斗、俺はどうなってもいいからさ、引いてくれない?」
ダメ元だ。今は従うふりをしてアンナとイリアーナ、可能なら他の人たちも危険から遠ざけたい。
「あは、それはダメだよ。あの女レオにぃのお嫁さんなんでしょ? ならあの女が生きてたらレオにぃは兎斗のことだけ見てくれないでしょ?」
ダメか……
従うふりをして結界を解除させてからウルトを喚んでぶつけようかと思ったんだけどな……
「それに、あの回復魔法を使ってる女、あの女もレオにぃのこと好きでしょ? 排除しなくちゃ……」
ハイライトの消えた目で兎斗はアンナとイリアーナを交互に見る。
あかん……これはあかん……
これは刺し違えてでも……力の入らない身体に喝を入れて攻撃を仕掛けようとした瞬間、何かが割れるような甲高い音が辺りに響き渡った。
◇◆
ウルトは激怒していた。
親愛なるマスターとの繋がりを断たれ静かに激怒した。
全てを置いてマスターの救出に向かおうとしたが、ウルトはひとつの命令を思い出した。
「よめーずを守れ」
親愛なるマスターからの命令、ウルトは無視できない。
ウルトは考えた。
考えた末、ひとつの結論に辿り着いた。
『連れていけばいい。そして、自分が守ればいい』と。
結論を出したウルトはよめーずの代表者に全てを話した。
そうすると代表者は同行すると言ってくれた。
ウルトは歓喜した。
彼女は、自分と同じ思いなのだと確信した。
よめーずのを乗せて、ウルトは走った。
山を超え、川を渡り、大きな谷を飛び越えて。
森を突っ切り、林を薙ぎ払い、行く手を塞ぐ大岩を積み込みながらウルトは走った。
徒歩で1ヶ月、馬車でも2週間以上かかる道のりを、ウルトは30分で駆け抜けた。
「止まって! 止まってくださーい!」
その中に乗っていた赤子を抱いた女性、サーシャはあまりの恐怖にハンドルを叩きながら懇願する。
しかしウルトには届かない。
ウルトは走った。マスターの妻である女性の静止を無視してウルトは走った。
「止まらないんですね!? そうなんですね!? 分かりました、分かりましたから……退いてくださーい!!」
サーシャは叫んだ。
木がへし折れ、岩が粉砕されるのは諦めた。
しかし王国軍兵士が木の葉のように吹き飛ぶ姿は見たくなかったようだ。
「退いてくださーい! 道を! 道を開けてくださーい!」
サーシャは叫んだ。
しかし誰も道を開けない。
なぜなら誰にも何も聞こえてないから。
サーシャの叫びは車内に反響するだけで外には一切漏れていない。ウルトの遮音性は抜群なのだ。
エンジン音も聞こえていない。ウルトはエンジンで動いていないから。
ウルトは走った。
背を向ける王国軍兵士を片っ端から吹き飛ばしながらウルトは走った。
『結界を確認。あの中にマスターが囚われていると予想します』
「もういいです。やっちゃえ!」
『かしこまりました』
ウルトはようやく返事をした。
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