第12話 ウルトの気遣い

 橋の建設は、あっという間に終わってしまった。


 反対側に渡り、昨日と同じくリンが地盤を硬める。

 その後にウルトが回収してきた大岩を渓谷に落とす。


 はみ出した部分を改めて【無限積載】でカットしながら積み込み、これだけて幅10メートルを超える橋が完成してしまった。


 果たしてこれは橋なのか?


『マスター、継ぎ目部分の接続をお願いしてもよろしいでしょうか?』

「ああ、うん」


 これくらいなら俺の魔力でもなんとかなる。

 継ぎ目に魔力を流し込んで段差や隙間のないように変化させていく。


「そういえばさ、これ倒れたりしないの?」

『問題ありません。100メートルほどは地面に埋めております。計算上1000年単位で持つかと』

「1000年……なら問題無いのかな……」


 今までに何度も思ったが、ウルトのやることについて考えたら負けだと思う。


 継ぎ目の接続も完了、これで俺とリンの出張は終わりな訳だが……うーむ。

 数日か下手すりゃ数週間と言って出てきたのに翌日帰宅とはこれ如何に。

 いや、決してダメなわけではないのだが……なんだか嘘ついた気になってしまう。


 それに、せっかくリンと2人で出かけてるのにすぐ帰るのはな……と。


 そこで、ふと思った。

 俺、嫁と2人で全然出掛けてなくね?


 2人で出掛けたのって、今回のリンと、前回は教国に来る前にイリアーナと出掛けたくらい……


 やばい、これはやばい。


「レオ、顔色が悪いけどどうしたの?」

「リン、俺は大変なことに気付いてしまった……」


 背中に冷たい汗が流れる。


「大変なこと?」

「うん。俺……嫁と2人で全然出掛けてない……嫁を蔑ろにするクソ野郎だ……」


 思わず頭を抱えてしまう。

 これじゃダメだ、このままじゃ……うわぁぁ……


「それがどうかしたの?」


 軽く言われたので思わず顔を上げてリンの顔を見る。


「そもそも貴族なんてそんなものよ? 2人きりで出掛けることなんてまずないもの」

「そうなの?」

「ええ。そもそも普通は護衛もつくし、パーティに誘われたとしてもすぐにほかの貴族に囲まれちゃうから2人の時間なんて無いわよ?」


 そっか……まぁ護衛とか俺たちには全く必要無いもんな。


「リンは今の生活に不満は無いのか?」

「特に無いわね。レオがあたしたちに気を使ってくれてるのも感じてるし、貴族の奥さんなんてあまり家から出ないものなのに色々連れて行ってくれるし、むしろ不満どころか満足ね」

「そうなんだ、それは良かったけど……ほかのみんなもそうなのかな?」

「そうだと思うわよ。よくみんなで話してるけど、レオは理想の旦那様よ? 平等に接してくれるし、夜はきちんと愛してくれるし……」


 リンは顔を赤く染めて視線を逸らす。

 なんだか昨夜からやけに可愛いんだけど……


「だ、だから! レオはもっと自信を持ちなさい! あなたはあたしたちの旦那様なんだから!」


 恥ずかしかったのか、リンは大声で捲し立てる。

 これは……ここまで言われてしょんぼりしてたら男じゃないか。


「分かった。ありがとう」

「いいのよ。それに……お、お礼なら言葉より態度で示して欲しいわね」


 そう言ってリンは両腕を軽く開く。

 これは抱きしめろということなのだろうか?


 そう思い軽く抱き寄せると、リンは俺の背中に腕を回して強く抱きついてきた。

 なんだろう、いつもと感じが違いすぎる……


 そんな俺たちを、ウルトは黙ったまま微動だにせず見つめていた。


「満足。じゃあ一度お父様に報告してから帰りましょうか」


 しばらく俺に抱きついていたリンだが、満足したようで何よりだ。


「いいのか? 2人きりで出掛ける機会なんて中々無いのに」

「ええ。帰れるのに帰らないのはみんなに悪いしね」

「それもそうか。分かったよ」


 再びウルトに乗ってヒメカワの街へ戻り伯爵に橋が完成した旨を伝える。


「もう?」

「ええ。だからまた人を送って確認しておいてね。じゃああたしたちは聖都に帰るから。またね」

「あ、ああ。気を付けてな……」


 未だに事態を呑み込めていないヒメカワ伯爵を置いてさっさと帰路に着くリン、慌てて追いかける。


 これでいいのだろうか?


 リンはこれでいいと言うのでまぁいいのだろう。

 三度ウルトに乗り込んで聖都へと戻ってきた。


 門の前でウルトから降りるが、小さくなる気配がない。どうしたのだろうか?


『マスター、私は領地開発に戻りますので。これで失礼します』

「え、ちょ……」


 ウルトは俺が止めるのも聞かず未開地方向へと走り去ってしまった。

 そんなに開発が楽しかったのかな? ハマったのか。


「レオの言うことを聞かないなんて珍しいわね」

「たね。初めてかもしれない」


 そんな話をしながら聖都の門を潜る。

 時間は丁度昼時、昼食はは2人で食べて帰ろうか。



「ただいま」

「おかえりなさい」


 適当な店で昼食を済ませて帰宅、するとサーシャが玄関で出迎えてくれた。


「レオ様」

「なに?」


 玄関の扉を閉めると、サーシャはなにやらモジモジしながらこちらを見つめている。


「レオ様は最高の旦那様です! 自信持ってください!」


 両手をグッと握りしめ小さなガッツポーズを作ってからサーシャは奥へと引っ込んでしまった。


「え、なに?」

「さぁ?」


 まぁいいかと一度リンと顔を見合せてから俺たちもサーシャに続いてリビングに足を踏み入れる。


「おかえりなさいませ。旦那様は理想の男性です。不安にならないで下さいな」

「レオ様、最高の夫」

「レオ殿は私のような女にも構ってくれる素敵な方ですよ」

「レオさん愛されてるッスね、もちろん自分もレオさんのこと大好きッスよ!」


 リビングにはよめーずが勢揃いしていて、俺が入ると口々に俺を褒める。


 なにこれ……


「え……」


 もしかして……ウルトが逃げるように未開地に向かったのって……


「レオ様、ウルト様からこのようなものが届きまして……」


 サーシャは慣れた手つきでスマホを操作する。

 メディアアプリを開いてとある動画を表示、再生して俺とリンに見せてくる。



 ◇◆


「リン、俺は大変なことに気付いてしまった……」

「大変なこと?」

「うん。俺……嫁と2人で全然出掛けてない……嫁を蔑ろにするクソ野郎だ……」


 ◇◆


「レオ様はクソ野郎なんかではありませんよ。自信を持ってください!」


 あ……あ……あの野郎、やりやがったな!?


「ウルトォォオオオ!! 【トラック召喚】!!」


 怒りに任せて【トラック召喚】を発動するが、ウルトは姿を現さない。


 何故!?

 もう一度【トラック召喚】を発動するが、うんともすんとも言わない。


「あの、レオ様……ウルト様からです」


 とても言いづらそうにサーシャはスマホを俺に差し出してきた。


『どうされましたかマスター』

「どうしたもこうしたもあるか! なんで召喚に応じない!?」

『申し訳ございません。今少々手が離せませんので』


 なん……だと!?


『3日ほどで戻ります。それでは失礼します』

「おい!」


 ウルトからの返答は無かった。


「あの野郎……」


 裏切ったか? ついに裏切りやがったのか?


「レオ様、落ち着いてください」

「サーシャ……でも……」


 サーシャは俺の両腕を掴んで続ける。


「おそらくウルト様はレオ様のことを心配していたのだと思います。私はこれを知れて良かったと思っていますよ?」

「サーシャ……」

「そうッスよ! レオさんが自信を失うとか一大事ッス!」

「ウルトさんはそれをわたくしたちに教えてくださったのです。怒らないであげてください」

「アンナ……ベラ……」


 そうか? そうなのか?


「そうですよ。私たちにはレオ殿を支える義務があります」

「うん。ウルトいい人」


「ソフィア……イリアーナ……」


 ウルトは人じゃない。


「あたしも恥ずかしいけど……許してあげたら?」

「リン……みんながそう言うのなら……」


 怒らない方がいいのだろうか……


「とりあえずお茶にしましょう!」


 サーシャのこの言葉で話は打ち切りとなった。


 その日からなんだかみんなが優しくなった気がする。

 今まで以上に俺に構ってくれるようになったことは正直嬉しい。

 嬉しいのだが……なんだかなぁ……


 それから……ウルトは本当に3日後に戻ってきた。


「お前……」

「私はマスターのためをぉぉぉぉぉぉぉ」


 とりあえず怒りの意思表示として、持っている身体能力強化系のスキルをフル活用して小さくなったウルトを全力でぶん投げておいた。


 なのに翌朝、普通に俺の部屋のベッドサイドテーブルの上に戻って来ていた。

 どうやって入ってきたんだよ……

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