第9話 橋作り

 ヒメカワの街からおよそ30分、計算通りに渓谷へと到着した。


「ここを渡すのか」

「この前ウルトで飛び越えた場所よりは少し狭いかしら?」


 ウルトから降りて崖へと近付いてみる。

 前回来た時はウルトに乗ったまま飛び越えたので底を見る余裕はなかった。

 なので崖の縁に立って下を覗き込んでみる。


「何も見えない……」


 幅も広く、太陽の光も差し込んでいるはずなのに底が見えない。

 一体どれだけの深さがあるのだろうか?


『深さはおよそ200メートルです』


 200メートル? それなら見えないとおかしくないか?


『深い場所には【吸光石】が敷き詰められていますね。光を全く反射しないのでここからでは見えないかと』


 光を吸い込む石……


「それって使い道あるの?」

『特に……完全な暗室を作りたい場合などにはおすすめです』


 作りません。


 話を聞いてみると、特別硬いわけでもなく武具に加工できるわけでも無い。

 ただただ黒いだけの石なんだそうな。


「ふーん……まぁいいか、じゃあリン、どうやって橋を架けるの?」

「そうね、まずはこの辺りの地面を固めて崩れないように……」


 収納魔法で初代ヒメカワ伯爵の使っていた杖を取り出して地面に突き立てる。


 膨大な量の魔力が杖を伝って地面へと流れていく様子が【魔力視】を通してはっきりと視認できた。


「ふぅ……これで崩れることは無いと思うわ。反対側も……」

「リン!」


 ふらりとリンが倒れそうになったので慌てて体を支える。魔力切れっぽいな。


「大丈夫か?」

「ごめんなさい、ちょっと魔力を使い過ぎたみたい」


 周囲100メートル近くの地面を硬化させたのだ、当然だろう。


「今日はもう戻ろうか」

「そうね、魔力はもう回復し始めてるけど、反対側もとなると今日はちょっと」


 代償を支払わなければ俺がやれば良かったんだけど……今の俺の魔力じゃ全然足りない。


「明日あっちの足場固めて、明後日から橋の建設か、どれくらいかかるかな?」

「2週間もあれば出来るとは思うけど……」


 2週間か、まぁしっかりした物を作るならそれくらいはかかるか。

 というか2週間でしっかりした橋が架かるならめちゃくちゃ早いか。


『マスター、提案があるのですが』

「なに?」


 ウルトの提案……なんだか聞くのが怖い。


『マスターの下賜された領土にあった一枚岩を覚えていらっしゃいますか?』

「一枚岩? あのめちゃくちゃでかいやつ?」

『はい。マスターが【エアーズロック】と言っていた岩です』


 あったな。

 高さ数百メートル、幅数キロにもなる超絶でかいやつ。


 小学校か中学校で授業で聞いた記憶があって思わず口から出たんだよな。

 ところでエアーズロックってどこにあるの? オーストラリアだっけ?


「あったね……もしかして?」

『その岩を回収してきますので、ここに設置してはいかがでしょうか?』


 こいつ……一体なにを……

 見ろ、リンなんか驚きすぎて無表情になってるぞ?


「回収ってどうやって?」

『【無限積載】で積み込み可能です』

「積み込み可能って……さすがに過積載だろ」

『【無限積載】は異空間への積み込みですので過積載にはなりません。実際の重量はゼロです』


 そうでしょうけども……


「それなら……この辺りの地面硬める必要無かったんじゃ……」

『安全のためには硬い方がいいかと』


 そうですけども……


「でもあの大岩だとデカすぎないか?」

『問題ありません。ある程度の大きさにカットして運びます。ここに設置してはみ出した部分を改めてカットすれば大丈夫です。余った部分はこの先整備する領地の石材として利用可能です』


 ああ、うん。はい。

 もういいです。


「なら……うん、お願いします」

『かしこまりました。それではマスターとリン様を街まで送り届けた後、回収に向かいます』

「はい」


 話が終わり、リンに顔を向けるとリンは無表情のまま頷いた。


 無言のままヒメカワの街まで戻り、俺たちが降りるとウルトはそのまま未開地へと向かって行ってしまった。


「行ったわね」

「行っちゃったね」


 時間はまだ昼前、領主屋敷に戻るには早いし、たまにはリンとデートでもしようかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る