ルスカの彩来
鐘楼
ルスカの彩来
足を動かすたびに、冷たい石の床が機械的な足音を響かせる。囚人たちにとって、この靴音は恐怖の象徴だ。
怯えて顔を引き攣らせる軽犯罪者の横を通り過ぎて奥に進むたび、囚人たちの人相も雰囲気も……その罪状も変わっていく。気の弱そうな男から、堅気ではなさそうな者、さらに進めばおよそ正気ではない者へと。その罪状も、侵入、恫喝、窃盗、傷害、横領、詐欺、殺人と、奥に進むほど重く凶悪になっていく。
ここまで来ると、看守にただ怯えるだけの囚人は少数派だ。それどころか、私を女性看守と見るや檻に張り付き鼻息を漏らすような輩もいる。
けれど、今の私はそんな屑共のいずれにも用はない。放火魔や連続殺人鬼の前を通り過ぎ、さらに奥へ。
狭い廊下を進むたび、ふと胸が高鳴っている自分に気づく。その得体の知れない感情を頭を振って追い払うと、やがて収容する囚人の方が足りないことで名の知れた牢獄最深部へと辿り着く。ここに収容されている人間は、ただ一人。
「囚人番号9999。食事の時間だ」
即ち、王国貴族からは奸智術数に長けた悪略非道の魔性の女と忌み嫌われ、一部の民やテロリストから救世の女神や正義のカリスマと崇められている王国史上最悪の革命家、リオーレ・ラ・ジーネハロウォンツァー。
「会いたかったよ、サリーナ」
ここが牢獄であることも、私と彼女が看守と囚人という関係も忘れてしまいそうになる微笑みを私に向ける女性こそ、その王国最悪の犯罪者なのである。
そして、処刑までの間彼女を見張ることこそ、看守である私──サリーナの仕事なのだ。
──────────
ゼスト王国ディスポイア監獄の看守は、誇りある仕事だ。王国臣民の平穏を脅かす悪漢を監督し、永遠に続く王国の秩序に貢献する重大な役割を負っている。花形の軍人や警察に比べれば地味で人気もないし後ろ指を指されることもあるけれど、私はこの仕事を卑下したことはない。
そんな決して甘くない職場に慣れてきた頃、私は上司である先輩看守に呼び出されていた。
「私を9999番の担当に……?」
「あぁ……上からの指名だ。悪いが、お前に拒否権はない」
囚人番号9999番。通常順々に数えられる番号の法則から外れて特別に9999番を与えられたその女のことを私は当然知っていた。
知っていたと言っても、会ったことがあるわけでも個人的な因縁があるわけでもない。ただ一人の王国臣民として、世間を騒がすその名前を当然に聞いたことがあるだけだ。
革命家リオーレ。数年前、ジャレット辺境伯を殺害したことで頭角を現したテロ組織の首魁と噂される人物。かの組織は辺境伯の座を彼女のシンパと噂される人物に挿げ替えたことでその勢力を着々と拡げてきている王国の脅威であり、確証がない上に物理的な距離もあって現辺境伯の処罰も難しく上の人間は本気で焦りを感じていた。
そんな時、軍と警察は組織がサザール卿を暗殺した時に遂に組織の尻尾を掴み何人かの身柄を拘束したのだが、その中に大物中の大物であるリオーレが含まれていたのだ。必ず自分の手を汚さず、名が知れた後でも逃げおおせた彼女にしてはあまりに不自然であり、彼らは何かの罠を警戒している……という話だが、正直に言って犯罪者に対する漠然とした嫌悪感はあれど、私に関係のある話だとは思っていなかった。
「でも、9999番の担当はバルマン先輩が任されていたはずじゃ……」
「アイツはやめさせたよ」
「えっ……」
バルマン先輩。囚人には厳しくも、後輩の私やみんなには優しい気のいい先輩だった。今回の任務も栄誉だと笑っていたのを覚えている。最近目にしないのも9999番の収監されている場所が遠いせいだとばかり思っていたが、まさかもうここにいないとは。
「な、何故ですか……?」
「……スパイの真似事をしているのが見つかったんだ。未遂だったのが幸いしてとっ捕まえずに済んだんだが……まぁ退職で済んだのは恩情だな」
スパイ。あのバルマン先輩が。……聞いたことがある。9999番……革命家リオーレが何年も捕まらなかったのは、末端の実行犯が全員口を固く閉ざしていたことが大きいと。つまりはバルマン先輩も交流するうちにその女に洗脳されたということなのだろうか。
「……それで、何故私を……?
「あー……あんまり言いたくないんだが、バルマンがああなったのは9999番が女を使ったから……って上は考えてるみたいでな。それでお前に声がかかった」
「なる、ほど……」
「けど、俺はそんな生優しいもんじゃねぇと思ってる。……アレの信者は男ばっかじゃねぇ、お前も十分気をつけろ」
色々なことを飲み込めずにいる私に、先輩看守が私見を言ってから忠告をする。内心私に一任することに反対なんだろう、それは上へのささやかな反抗に聞こえた。もちろん、純粋に私を案じているのも事実だろうが。
「……はい。必ず任務を全うします」
─────────────
「初めまして、貴女が新しい看守さん? 名前は?」
任務初日、長い道のりを経てディスポイア監獄の最奥へとやってきた私は、その人の微笑に釘づけになっていた。薄暗くお世辞にも清潔とは言えない場所にも関わらず、その人の周りだけが輝いてみえたのだ。
「あ……私はサリーナ、です……」
「サリーナ。うん、覚えた。随分かわいい看守さんだ」
「かわ……っ! 9999番! 言葉に気をつけなさい……!」
看守と囚人の関係に自己紹介など必要ない。こんなにも自然に相手のペースに乗せられていたことに嫌な汗が流れる。
「……先に言っておきますが、私を洗脳するつもりなら意味はありませんよ。今の私は権限を大幅に縮小されて、あなたの牢を開けることすらできませんから」
もちろんそんな未来はありえませんが、と付け足す。権限を縮小、というのはこの任務についた私が万一裏切っても被害が最小限に済むようにという保険のような処置で、たとえ私が9999番の言いなりになっても致命的な事態にはならないというわけだ。信用がないようで複雑だが、それほど9999番が危険であり、妥当なリスク回避の判断だとも思う。
しかし、その旨を伝えても9999番の反応は思っていたものではなかった。
「酷いな、サリーナは。私は看守の君とじゃなくてただのサリーナと話がしてみたいだけなのに」
「……そんなことは職務に含まれていません。以降は余計な口を聞かないこと。では、食事です」
そうして、私は牢に背を向ける。今すぐに踵を返したい気分だったが、食器などを悪用しないよう回収するまで監視するよう命じられていた。
「あ、ルスカだ。これ好きなんだよね、捕まっても食べられるなんてラッキーだなぁ」
「……ルスカ粉は我が国の特産品ですから。本来ならあなたには勿体無いものです。陛下の慈悲に感謝することですね」
私に話しているのかも定かではない9999番の呟きに、つい口を挟んでしまう。今日彼女に会ってから、調子が狂いっぱなしだ。これが魔性たる所以なのだろうか。どうしても彼女が王国に名を轟かせた極悪人とは思えず、先輩の忠告も、つい忘れてしまいそうだった。
────────────
「……9999番。早くそれを渡してください」
「えー、今日はもっとサリーナと話したい気分なんだけど」
数日が経ち、ほとんど一方的に心的距離を詰められているというか、リオーレの口調はさらに気安いものに……いや舐め腐ったものに変わっていた。
今は、食べ終えた後に食器を返さないことでゴネているところだ。こうすれば私と長く話せると言って動かない。厄介なのが、実際こちらになす術がないということだ。牢の鍵も持っていないし、私が開けられるのは配膳用の小窓だけ。彼女が私に手を出せないように私も食器に手が出せない。この状況なら無視して引き返しても許されそうな気がするが……なぜだかそれはしたくなかった。いや、食器を溜め込まれては困るので、ここは引き下がれないのだ。
「全く……あなたという人は……」
本当に、調子が狂う。はやくこの任務を終わらせたいところだが、生憎彼女とは数日間の仲ではいられない。なんでも処刑の目処が立たないそうで、彼女の組織が辺境伯の領地を実質的な人質にしている影響で報復を警戒しているらしい。ともかく、否が応でも任務はまだまだ続く。
「それともどうする? サリーナがこっちに来て食器を取り上げる?」
「そんな見え見えの罠に乗るわけがないでしょう……そもそも、私はあなたの牢の鍵も持たされていないと言ったはずです」
「いやいや、サリーナの体格なら入れるんじゃない? ほら、そこの小窓から」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、リオーレは食事を受け渡すための小窓を指さした。言っている意味が飲み込めず、私は反応に詰まる。しかし、理解が追いついてくると、つい声を荒げてしまった。
「……〜っ! は、入るわけがないでしょう! バカにしているのですか!」
「じゃあお話しするしかないねぇ」
「……何を話すと言うのです」
「そうだな〜……じゃあさ、サリーナはなんでその仕事に就いたの?」
提案された話題に、私は微睡かけていた警戒心を呼び起こす。身の上話、当然私の情報の多くを開示することになる。その情報があれば……その、絆される可能性も上がってしまう。迂闊に話すわけにはいかない。
「……9999番。あなたに話すことなどありません」
「えー、気になるんだけどなぁ」
気を引き締めた私は、リオーレから背を向け、努めて口を閉ざす。そんな私の努力も意に介さず、リオーレは私に話をせがむ。
「でも、サリーナは私がこれを返さなきゃ困っちゃうんだよね?」
「む……」
「話してくれたら、すぐに返すよ。それでどうかな? サリーナもなるべく早く戻りたいでしょ?」
「しかし……」
「……お願い、サリーナ。本当は心細いんだ……いつ殺されるかも分からなくて……だから、少しでも気を紛らわせたくて……」
初めて聞いたリオーレの弱気な声に、思わず心が揺らぐ。獄中であることを感じさせない彼女の呑気な態度は、内にある恐怖を誤魔化すための虚勢だったのではないか、最期を過ごしている彼女に対して、これではあまりに無慈悲なのではないかと、そんな考えがよぎったのだ。彼女が極悪人であり、バルマン先輩も誑かされているという事実は頭の中にあるものの、今日まで接してきた彼女とどうしても結びつかない。
「……ねぇ、本当に私はサリーナを利用する気なんてないんだよ。そもそも、サリーナは自分で利用価値がないって言ってたでしょ?」
「そう、ですね……では、少しだけ」
肩をすくめ、私は自分の話を始めた。私などの話などなんの機密でもない、それを話すだけで仕事が済むなら話すべき──と、そう思い直して口を開く。
「まず……私は孤児だったんです」
自分でも過去を回想しながら私は身の上を語り始めた。
とは言うものの、私の人生はわざわざ語るほどの面白みはない。実の両親を知らず、物心つけば王国のカルブル孤児院で過ごしていた私は、運良く心優しい里親に恵まれ、ある一件で軍人に憧れたが叶わず、看守として流れてきた……という旨をリオーレに伝える。
こんななんでもない話で果たして満足なのか、と彼女の顔を覗くと、そこにいつもの微笑はなかった。評する者によっては人形のように美しい、と言うであろう彼女の顔が本当の人形のように見えるほどに、底知れない何かがそこにいた。しかし、驚いて瞬きをすればもう次の瞬間にその何かは居らず、ただ私の話に興味深そうにするリオーレがいるだけだった。
「……もしかして、サリーナって名前はそのご両親につけてもらったの?」
「え、えぇ……そうですが……よくわかりましたね」
「…………平民でも貴族でも、養子に新しい名前をつけるのはこの国では普通だからね」
少しの間を置いて、リオーレはそう答えた。今の彼女の笑顔からは昨日までの自由なそよ風のような気風が翳りを見せていて、やはり、先ほどの得体の知れない感覚は幻ではないのかと、そんな疑念がぼんやりと浮かび上がる。
「……ところで、孤児院でのこととか、覚えてる?」
「えぇ……もちろん。ですが、特段話すようなことは……」
なにもない、と言う前に、一つ孤児院時代に誇りに思っていたこと……いや、友達がいることを思い出した。
「あ……私のことではありませんが、自慢の友達がいました。王国屈指の天才なんて言われて、辺境伯の養子にとられたんです。すごいですよね……って」
音がしたかと思い、牢の方を見れば、先ほどの……得体の知れないものを宿したリオーレが、鉄格子に手をかけ私を見ていた。
「……っ!?」
「そうだったんだ……はい、これ食器。サリーナの話は面白いね」
やはり次の瞬間には元の彼女に戻っていて、すんなりと食器を渡されその日の交流は終わった。
この日から、私は彼女を警戒するようになったが──結局、リオーレが別の側面を見せたのはこの日だけで、数日のうちに私の警戒は溶かされていった。
──────────────
いつものように、今日も交流の仕事。いけないことだと分かっていても、私はもう純粋に彼女との交流を楽しんでいた。自分に利用価値がないことを言い訳にして、だ。これでは、先輩看守のその上の人間の判断が完全に正しかったことになるが、もうそれもどうでもよかった。
「……ルスカ、美味しいな」
「特産品ですから……ふふ、本当に好きなんですね」
なんの変哲もないルスカを褒めるリオーレに、私はいつかと同じ返しをした。ルスカは特産品の穀物を精製したルスカ粉から作る膨化食品で、貧しい平民でも必ずお世話になるものだ。かく言う私も、孤児院の頃から馴染みのある食べ物である。
「……サリーナ、知ってる? ルスカを作っている北の農奴はね、自分の土地も持てないんだよ」
「え……?」
今日のリオーレは、いつもと様子が違った。あの日の得体の知れない彼女とも違う。言うならば、子供のものを言い聞かせる大人のような、相手を子供にしてしまうような聡明さを感じさせるような。
「サリーナは、なんでこの国に忠誠を誓っているの?」
「それは……」
私が自分の中から答えを探す前に、リオーレは矢継ぎ早に言葉を投げかける。
「ねぇ、サリーナ。私のものになってよ」
リオーレから発せられたその言葉に、私は錆びついていた警戒心を呼び覚ます。間違いない、彼女は今、自分を手駒にしようとしている!
「っ〜! 9999番! 調子に乗らないでください! ……今日はもう、戻ります」
これ以上は、危ない。その誘いに頷いてしまいそうな自分が怖くなり、立ち上がって彼女に背を向ける。そんな私に、リオーレは今までで一番幼く聞こえる声色で、一言呟いた。
「イオタちゃん。カルブル孤児院はもう、ないんだよ?」
「は……?」
今、彼女はなんと言ったのか。私をなんと呼んだのか。処理しきれないほどに湧いてきた疑問を、けたたましい鐘の音が吹き飛ばした。これは、緊急事態の警報。
疑問を振り払うように、私は長い廊下を駆け出した。
「サリーナ、私は君の味方だよ」
そんなリオーレの声が、聞こえた気がした。
──────────────
「っ! 先輩っ!」
「ば……っ! 来んじゃねぇサリーナ!」
私が辿り着いた頃には、先輩を含めた看守や、ここを守っていた警備兵はみな制圧されていた。当然、私もなす術もなく拘束される。
そして、それをやったのは組織の武装勢力ではなく、有り合わせの武器を持った民衆だった。中には、街で見かけたことのあるうな顔もある。
「どこだ!? 救世主様は……!」
「あのお方さえいれば、この国は変わるんだ……!」
大声で交わされる会話から、彼らの目的がリオーレの救出であることを察する。そして、あれよあれよと監獄の関係者は捕らえられ、中でも私は『救世主をいたぶる任を請け負っていた看守』として、一人深い層に捕えられてしまうのだった。
こうして、私の看守人生は終わりを迎えた。
⭐️ ⭐️ ⭐️ ⭐️
革命への最後のピースは、既に茶番と化している。とっくにこの国の火種は爆破寸前であり、後は辺境伯となった義弟の手の者が手筈通りにやってくれる。私を助け出したその日に革命は為されるだろう。『リオーレ』は革命の象徴として、ここで時を待つだけでいい。死刑が宣告されているものの、潜り込んでいるこちら側の貴族がそれを良しとしないだろう。
だから、看守の心で遊ぶのも暇つぶしでしかない。最初の担当であった男看守は入れ込ませすぎて余計な真似をしたようだが、全くの余計なお世話である。
けれど、こうして革命が為され、それからはどうするのだろう。復讐が為されれば、生きる理由を失う。歩みを進める原動力が消えてしまうのだ。
新しい看守は、珍しい女看守だった。一目見て、彼女が好みそうな仮面を選んで接すれば、思惑通りに……いや少し心配になるほど簡単に心を開いた。
そんな女看守……サリーナがただの遊び道具でなくなったのは、過去を知ろうと彼女の素性を聞き出した時。
「まず……私は孤児だったんです」
カルブル孤児院。私の、最初で最後の人としての思い出。ジャレット辺境伯に買われ、義弟と共に辺境伯を殺すまでの地獄で、何度も漂白されそうになった私の宝。無惨にも焼き払われ、もう誰も残っていない本当の家族。
さらに聞けば、その口から辺境伯に拾われた天才。私のことが話題に出てきた。あまりに、遅すぎる確信。妄想じみた希望。私が買われてからあの惨劇の間に、逃れていた子がいた。しかもそれが、イオタちゃん。
なぜ気づかなかったのだろう……ある時から、人の顔を記号でしか見なくなったからだろうか。そうだとすれば悲しいが……もう、大丈夫だ。
彼女がいれば、彼女さえいれば私は人間を取り戻せる。
だから、どんな手を使ってでも、彼女を私の側に縫い止めよう。
「リオーレさま! あの女看守……どういたしましょう」
「…………許せない、気持ちもあります。ですが! 絶対に手を出さないでください! それをすれば、奴らと同じですから……だから……私の気持ちの整理がつくまで、牢においていてください。時がくれば、私が直接赴きます」
⭐️ ⭐️ ⭐️ ⭐️
あれから、どれくらいの時が経ったのだろうか。二日と経っていないような気もすれば、既に一週間が過ぎているような気もする。日も当たらず人も来ないのでは、感覚がおかしくなるのも無理はなかった。
監獄の深層は、こんなにも辛いのか。リオーレにとって、私との交流がどれだけ救いになっていたのかと、そんなことばかりを考えて時を過ごす。
彼女が私としか話していなかったのと同じように、任命されてからの私も彼女とばかり話していた。そのせいだろうか、先輩達は無事なのか、王国はどうなったのか、そういうことを考えるべきなのに、頭に浮かぶのは彼女のことばかりだった。
なぜ、私の孤児院時代の名前を知っていたのだろう、孤児院がもうないとはどういうことなのだろう。もしそれが不幸によるものなら、私は今までそれを知らずに。
「ぅ……」
『サリーナ、私は君の味方だよ』
渦のように疑問が廻るその中心で、あの言葉が頭の中で反響する。もしあの言葉が本当なら、私を助けに来てくれるのだろうか、なんで助けに来てくれないんだろうか、嗚呼、リオーレさん、リオーレさん、リオーレさん……
そして、その時は来た。
カチャリと音のする方を、ブレる視界で捉えると、そこにいたのはずっと思い浮かべていたその人で。
「ごめん、待たせちゃったね、イオタちゃん」
視界が歪んだせいなのか、それとも私が限界だったからなのか、その姿が記憶の中のある人と重なった。
「イータ、ちゃん……?」
「っ! 思い出して、くれたんだ……」
リオーレさんは、心からの喜色を滲ませて私を抱き上げる。叶わなかった彼女との触れ合いに酔いしれる暇もなく、ただ安心感に包まれる。
「そう、だったんですね……リオーレさん……」
なぜ気づかなかったのだろう。私は彼女とずっと昔に会っていたのだ。
「……サリーナ。お願いだ、私と共に来てくれないだろうか……?」
働かない頭で、私は反射的に肯定の言葉を口にしていた。
私の頬に優しく口付けが落とされたのが、この記憶の最後だ。
◇ ◇ ◇ ◇
「ゼスト共和国、ねぇ」
ディスポイア監獄の看守であった男は、そうぼやきながら空を見上げた。革命、とやらが為された後、案外あっさりと解放された彼は、新たに職探しをしなければならない身であった。けれども、彼にはどうにも集中できない理由があった。
「サリーナのやつ、大丈夫なのかよ……」
解放されたはずの彼の同僚の中で、サリーナという後輩の女性だけが見当たらなかったのだ。心配だったが、自分にどうこうできる問題ではないと気持ちを整理し、彼は街の中に消えていった。
次に彼がサリーナの姿を見たのは、『救世主』を取り扱った新聞の中であった。
ルスカの彩来 鐘楼 @syourou
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