夢追う少女⑤

 金貨十一枚。返事はもちろんイエスだった。報酬に目がくらみ、依頼を受けることにした俺は――。


「ではこれは? これはなんです?」


 バドゥ車の中で揺られながら、アゲハお嬢様からの質問責めに合っていた。持ち込んだ狩猟道具一式を床に広げた状態で、その一個一個を解説させられている。


 このお嬢様、ゴンゾウじいさん以外の《狩人》を見るのは初めてのようで、見慣れない道具に興味津々のようだ。年相応といえばそうだが。


「あ~えっと、アゲハちゃん?」

「ちょっと」


 ちゃん付けで呼ぶと、アゲハはとたんに不機嫌になった。


「子ども扱いしないでください。私はアナタの雇い主で、ビジネスパートナー! もっと敬意を払いつつ、親しみを込めた呼称にしなさい」


 面倒な注文を…。


「じゃあ、アゲハさん」


 アゲハは首を横に振る。


「アゲハ様。お嬢様。アゲハ嬢。アゲハお嬢様」


 なおも、不服そうに首を振るアゲハ。


「それなら…姫サマ、とか」

「よろしい」


 よろしいんだ。冗談のつもりだったのに。なぜか納得いった様子で、アゲハ…もとい姫サマは道具の物色を続ける。


「ではこっちは?」

「それは神獣の皮や肉を剥ぐためのナイフで…そっちは獲物を縛るワイヤーロープ。そっちは即席の罠を作る用の鉄線ですね」


 弓、サイドバック、外套などなど、《狩人》の基本装備が車内に広げられていた。俺はそのひとつひとつに、姫サマ用の解説を加えていく。

 ただ一週間車内で揺られるだけの楽な仕事かと思いきや、意外な仕事が待っていたものだ。世間知らずのお嬢様の子守とは。


「へぇ~、へぇ~」


 姫サマは解説を聞きながら、道具を手にとって興味深そうに眺める。


「おい小僧、お嬢様にあまり近づくな。距離をとれ」


 バドゥ車の舵をとるゴンゾウじいさんが、車内をのぞき込んで文句をつけてくる。

 そのお嬢様のほうから近寄ってくる場合はどうしたらいいんですかね?


「お嬢様のほうを見るな。馴れ馴れしく話すな。目を合わせるな」


 仮面で目、見えないですけどね。ちょっと過保護すぎません?

 と、じいさんの方を見ていると、いつのまにか姫サマが間近に接近してきていた。


「これは…もしかして?」


 そう声を弾ませて、姫サマは俺の腰の宝刀に手をやる。

 俺がそれを避けるように宝刀を遠ざけると、なおも姫サマは宝刀に手を伸ばす。それを繰り返すこと三回。姫サマはついに不機嫌そうに首をかしげた。


「ちょっと、なぜ避けるんです?」

「いやいや、これはまずいんですって」

「何がまずいんです?」

「死にます」

「誰が?」

「両方」


 別におおげさに脅しているわけではない。《狩人》以外の人間が鞘から宝刀を抜けば即死するのは事実だし、不用意に宝刀を触らせた《狩人》が死罪になるのも事実だ。

 姫サマは、より不思議そうに首を傾けた。本来、《狩人》以外に宝刀の説明をするのは望ましくはないが、やむなしだろう。

 宝刀を鞘から抜かないままに、鞘を腰から抜いて前に掲げる。


「これは《狩人の宝刀》といって、純ミスリル鉱で作られた片刃の剣です」

「やっぱりこれが宝刀! 本で見たことある!」


 声を弾ませて姫サマが宝刀を見る。仮面の下は、きっとウキウキ顔だろう。


「そう。ひとたび抜けば斬れぬものはない、と言われている《狩人》の最強装備ですが…その分代償も大きくて、扱いをミスると死にます」

「代償?」

「鞘から抜いた宝刀は、持つものの神気を凄まじい勢いで…吸い取り続けます。神気が切れれば、今度は生命力を。神気の切れた《狩人》や神気のない一般人が抜けば、数秒と持たずに死にます」


 宝刀を扱う技術が発展する前は、宝刀は《狩人の妖刀》と呼ばれた時代もあったらしい。それほど危険で恐れられた武器だが、しかし《狩人》は宝刀を使い続けた。使わざるを得ない理由があったからだ。


「なんでそんな危ないものを…」

「これでしか、神獣の角を切断できないからですよ」


 死の直前、神気が高まり硬化した神獣の角は、宝刀以外のどんな武器でも切断・破壊はできない。今まであらゆる方法が試されたが、結局のところ古代から伝わる《狩人の宝刀》以外では、傷ひとつ付けることができなかったらしい。


 「触ったら死ぬ」とまで言われ、姫サマは流石にそれ以上宝刀に触ろうとはしなかったが、なおも興味は尽きない様子だ。俺もそれを見て説明を続ける。


「だから、宝刀は抜刀からの一撃のみで使います。一瞬だけ抜いて、最低限の神気を消費して角を切断する。それ以外の場面では…正直ただの重い鈍器スね」


 と、そこで遠くから聞こえる音に気付いた。これは蹄の音だ。獣に乗った複数人がこちらに向かってきている。

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