夢追う少女④

 《原初の獣》。

 それは〝原初神話〟に語られる、天ツ國から遣わされた獅子の姿を持つ最古の神獣。雷を放ち、あらゆるものを喰らう破壊の化身。神の怒りの象徴。

 その巨大な体躯は誰にも傷つけることはできず、その牙は命あるものすべてを嚙み砕く。


 果てなき渇望により、いっときは世界の半分を喰らったとされる。

 それを食い止めたのが《原初の狩人》だ。


 神から《始まりの宝刀》を賜った《原初の狩人》は、雷を斬り裂き、《原初の獣》の片方の角を折り、天ツ國へと退かせた。これが宝刀を扱う初めての《狩人》となったという。


 まあ要するに《原初の獣》というのは…おとぎ話だ。


「はあ…」


 その単語を聞いた俺は、つい興味なさげな返事をしてしまった。どうやら、ジョルジュが受けた任務というのは、お嬢様の道楽に付き合うことだったらしい。


「今、この世界の抱える問題とは何か。それは…減り続ける神獣の数です」


 俺のその態度には気づかなかったようで、仮面の少女は話を続ける。


「霧の塔に供給される神気の量は年々減っていっている。このままでは、遠くない未来に人間の生存圏は全て瘴気に飲まれることでしょう」


 その問題に関しては事実だ。ホーキンス先生も問題視していて、その話を延々とされたから知っている。


 口に出さないだけで、誰もが気づいている。

 この世界が緩やかに――でも確実に滅びに向かっていることを。


「では神気不足の解決法とは何か!」


 あらかじめ準備してきたのだろう。お嬢様は流暢に言葉を続ける。


「簡単なことです。圧倒的な神気を有する神獣を狩ればいい。それこそが《原初の獣》です」


 長命な神獣ほど、その身体に蓄える神気量は多くなる。確かに古代から生き続ける神獣であれば、その神気量は現代種とは比較にならないだろう。

 まあそれも、実在すればの話だ。いくら長命の獣といえど、数千年を生きるものなど聞いたことがない。


「《狩人》の名家出身ということは、アナタ狩りの実力は確かなのでしょう?」

「いえ、お嬢様。そもそも信用ができぬと…」

「でもゴンゾウよりは頼りになるでしょう? さっき一撃で倒されちゃったですし」

「ぐ、ぬぅ……」


 悪意のない様子でそう聞くお嬢様の言葉に、じいさんはくやしそうに口を結んで黙ってしまった。


「〝奇貨居くべし〟ですよゴンゾウ。ここはその実力を買いましょう」


 お嬢様は、何か納得した様子で話を続けようとする。


「私はアゲハ。アゲハ=ウィグリッド」

「ウィグリッド?」


 その少女は、名乗りと同時に首から下げたメダリオンを見せてきた。身体にいくつもの目玉と足が付いた巨大なクモが描かれている。ヒャクメグモの家紋。これは、ウィグリッド家の家紋だろう。


 ウィグリッドといえば、中央の物流や金融を牛耳る巨大商家だ。ホーキンス先生への鉱脈調査の依頼書にも、ウィグリッド家の署名が記されていた。


「あなたには、ある場所に到着するまでの護衛を務めてもらいます」


 そういうと、お嬢様はじいさんに何かを催促するような仕草を見せる。それを受けてじいさんは、バドゥ車から何かの地図を取り出し、彼女に渡した。

 ずいぶん古い地図だ。地図の端はすでに擦り切れているようで、一部の文字も読み取れない。


「この地図の端、古都イーディスが目的地です。ここに《原初の獣》がいる」


 古都イーディスとは、確かはるか昔に瘴気に沈んだ古代都市だ。いわば伝説上の都市であって、実在さえも怪しい。


 古地図が正しいとすれば、ここから徒歩にして一ヶ月以上はかかる距離だ。とはいえ、バドゥ車であれば一週間ほどで着くだろう。ただし、一番の問題は距離ではない。


「…いや、これ禁足地のど真ん中じゃないですか」

「ええ」


 禁足地というのは、中央王家の勅命によって立ち入りが厳に禁じられた地域のことだ。そこに立ち入れば、《狩人》資格の剥奪も含む最重度の罰が下る。

 何より誰も立ち入ったことがないということは、つまり調査が進んでいないということ。危険性は計り知れない。


「未知を探しに行くのです。誰も行ったことがない場所に行くのは当たり前でしょう?」


 さも当たり前のことのように、誇らしげにお嬢様は言葉を続ける。


「それに、これさえあれば多少のムチャは通ります」


 そういって、またもメダリオンを揺らす。

 単なるお嬢様の道楽であればいいが、どうにも、この依頼には厄介ごとの匂いがする。

 そもそも正規の依頼ですらない。できれば断るのが無難というものだが、素性がばれてる以上下手なウソはつけない。どうにかカドを立てずに断る理由は…。


「ええとですね。自分ほかの任務の最中でして。そちらを優先しないと…」

「報酬であれば、こちらで」


 そういって、何かをこちらに投げてくる。足元に落ちたそのコインは、金色に輝いていた。


「…金貨?」


 およそ銅貨百枚分の価値はある、まぎれもない金貨だ。つまりはこの一枚だけで、C級《狩人》の平均報酬の十倍に相当する。


「いやいや、しかしそれくらいでは…」

「それは手付金です」


 少女は、堂々たる態度でそういった。とてもハッタリで言っている様子はない。


「成功報酬は金貨五枚…得られたものによってはさらにもう五枚支払いましょう。いかがです?」


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