夢追う少女③
「世界を…救う?」
突拍子もない言葉に、思わず聞き返してしまった。
妙にスケールの大きい言葉を放った少女は、のけぞって胸を反らしながら、質問待ちの様子だ。
仮面のせいで顔は全く見えないが、仮面の下で尊大な表情をしているのはなぜか伝わる。
俺は質問を返すこともできずに固まり、しばらくその場に沈黙が続いた。
「お待ちくださいお嬢様」
見かねたのか、ゴンゾウと呼ばれたそのじいさんが口を挟む。じいさんは強打した顎をさすりながら、俺をにらみつけていた。
「その前に小僧、鞘を見せろ」
鞘、とは《狩人の宝刀》を納める鞘のことだ。鞘には等級や所属ギルドなど、その《狩人》の個人情報が刻まれている。
鞘は等級によって色分けがされており、D級は黄、C級は青、B級は赤、そしてA級は白を基調とした色になっている。
いわば鞘とは《狩人》にとっての身分証といっていい。「鞘を見せろ」とはつまり、「身分を明かせ」という意味だ。
「……どうぞ」
身分を明かすのに抵抗はあったが、この二人はキャンプを襲った連中とは関係なさそうだ。なら、不必要な誤解は与えないほうがいい。それに個人名まではバレないから、いくらでも誤魔化しようはある。
俺は、等級が見えるように鞘をゴンゾウじいさんに見せた。
「ふむ」
一言だけ漏らすと、じいさんは視線を鞘へと送る。視線が宝刀の鞘から柄へ向かうと、カッとその目を見開いた。
「このイッカクオオカミの家紋…キサマ、ウォルフ家のものか!」
げ、まずい。ウォルフの家紋を知っているということは、このじいさん、元は等級の高い《狩人》だったらしい。
「ウォルフ家?」
「《狩人》三大名家のひとつです。中央王家も関わる協議会への出席権を与えられた――とはいえ、その協議会にウォルフ家の人間が参加したという話は聞きませんが」
じいさんはこちらをギラリとにらみつけて話を続ける。古い世代の《狩人》からすれば、確かにウォルフ家は有名だろう。良くも悪くも。
「《原初の狩人》の系譜を継ぐともされる名家です。A級はもちろん、二つ名付きをも世代ごとに排出しているという…ウォルフ家であれば実力は間違いなく屈指のものでしょう。実力だけは」
どうやら思った通り、相当恨みも買っているらしい。
「ウォルフ家は、人よりも獣に近い」
ひっでえ言われよう。
「人の法や倫理など意にも介さず、自然の摂理のみに従って行動する。ひとたび狩りの邪魔だと思えば、同じギルド所属の《狩人》であっても容赦なく敵対する。ワシも何度獲物を横取りされたことか…」
「いやいや、そりゃ俺のじいさんの話でしょ? 風評被害ってやつですよ」
「どうだかな」
じいさんは、なおも訝し気にこちらをのぞき込むと、話を続けた。
「そのウォルフ家の小倅が、ここで何をしている」
「そりゃ《狩人》なんだから、任務に来ただけですよ。“救出”のね。ここらで行方不明になったジョルジュという《狩人》を探してて…」
「ジョルジュ?」
じいさんが、お嬢様に何かを確認するかのように目くばせをした。
「それは、私たちの依頼を受けた《狩人》の名前ですね」
「…なんだって?」
その言葉だけで、事の真相が見えてきた。
つまりジョルジュは、表向きは正式な依頼を受けながら、現地で別の任務に向かっていた。ヤミ任務だ。複数人の協力者を雇っていたのも、ギルド以外の報酬のアテがあったからだろう。
もちろん、ギルドを介さない個人間で依頼を受けることは、《狩人》の掟できつく禁じられている。
「まあいいでしょう。ではその行方不明の《狩人》の代役は、アナタが務めてくれるのですね?」
「いや、そんなこと言われても…」
仮面のお嬢様は、一人納得した様子でこちらを見た。
「その前に、私たちの目的……使命について話しておきましょう」
腕を組み、ひと呼吸整えながら続ける。
「それは《原初の獣》を見つけ、世界を救うことです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます