夢追う少女②
「控えなさい、ゴンゾウ」
バドゥ車の中から出てきたのは、一人の少女だった。
「しかし…アゲハお嬢様」
「敵対の意志がないことくらい、見ればわかるでしょう」
アゲハと呼ばれたその少女は、東方風の豪奢な装束を着ている。見るからに裕福な階級の人間だ。物腰は大人びているが、背丈は小さい。おそらく十代前半といったところか。
だが何より目を引いたのは、顔をすっぽり覆うように被っている大仰な仮面だ。ゴーグル部分は曇っていて、中の表情をうがかうことはできない。
あの仮面には見覚えがある。非《狩人》が瘴気から身を守るための対瘴仮面だろう。
仮面に付いたフィルターには細かく砕かれた神獣の角が仕込まれており、そこから少しずつ神気の霧を放出する仕組みらしい。
まだ試作段階で、一般には出回らない恐ろしく高価なもののはずだ。それだけでも間違いなく、一般人ではない。
「あなたが依頼を受けた《狩人》なのでしょう?」
「いや…あの、まあハイ」
明らかに人違いだが、反射的に肯定してしまった。とりあえず今は話を合わせよう。頃合いを見て逃げればいい。
「道中は長くなると思いますが、どうかよろしくお願いいたします」
少女はていねいにお辞儀をしてから、右手を差し出して握手を求めてきた。俺もそれに応じるように、手を伸ばす。
「はは…いやまあ、よろしくお願いします」
「どうぞよろしく。私はアゲハ。そこの彼は我が家の使用人を務めるゴンゾウです。えっと、お名前をうかがっても?」
流石に身分を明かすのはまずいか。ここはてきとうに偽名を名乗っておこう。
「ああえっとC級《狩人》の……ジェファーソンです」
「……C級ぅ?」
〝C級〟という言葉を聞いたとたん、少女の様子が変わった。
先ほどまでの恭しい態度はどこへやら、差し出した手を引っ込めると俺から視線を逸らし、腰に手をやって老人の方を向く。
「ゴンゾウ! 私は最低でもA級の《狩人》を三人は雇えと言いましたよね!」
老人はしゃがみこんだまま、頭を上げてバツの悪そうな表情を見せる。それだけでも、二人の関係性が見て取れるようだ。
「はい…しかしお嬢様。正規の依頼ではない場合、高ランクの《狩人》を集めるのはやはり難しく。それにその小僧は、そもそも依頼を受けた《狩人》ではありません」
「はぁ!? まあいいわ。時間がないし、腕が立つ《狩人》でさえあればこの際、等級は問いません」
そういって振り向いたその少女は、俺を指さして、尊大な態度でこう言った。
「喜びなさい〝C級〟。あなたに世界を救う権利をあげましょう」
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