一人の狩人②

「来る日も来る日も鉱脈探しに地図作り……中央の連中は本当に必要なものが分かっておらん!」

「ガツガツ…そっすね…ムシャムシャ…けしからんけしからん」


 ここ、ギルド《モノコリ》には、夕暮れ過ぎというのにロクに人がいない。

 この光景もいつものことだ。中心街から外れた地域にある弱小ギルドに《狩人》が立ち寄る理由も少ない。


 ギルドとは、狩人協会から《狩人》への依頼を仲介する施設だ。持ち込んだ神獣を調理する厨房もあり、宿泊施設も兼ねているため、《狩人》にとって狩りの拠点となっている。


「つまりだな、年々神獣の目撃例が減っているのは個体数の問題だけじゃない。環境の変化からの集団移動の影響も考えるのが妥当であって…そもそもが西部の一掃作戦の失敗がだな…おい、聞いているかぁメル坊? ひっく」

「ゴキュゴキュ……ぷはっ! はいはい、聞いてますよ先生」


 狩りからギルドに帰還してからの俺はといえば、酔っ払ったホーキンス先生の愚痴を肴に食事をとっていた。酔っ払いの言葉に適当に相槌を打ちながら、出された料理を乱暴に食らい、ナッツミルクで胃へと流し込む。慣れたものだ。


《狩人》にとって、食事はただの食事ではない。食事によって神獣の肉から神気を得ることで、世界に満ちる瘴気への耐性を得ることができる。


 食卓の上には、さきほど狩った獲物の肉を材料にした料理がところせましと並んでいる。周囲に散らばるのは、向かいの席に座るホーキンス先生が飲み終えた大量の空の樽ジョッキ。


 酒が入ってヒートアップする先生を、うっとうしそうに遠目で見ているのは《モノコリ》でギルド仲介人を務める女性、ユーリさんだ。ユーリさんは俺と同じく見習い時代にホーキンス先生にお世話になった元《狩人》で、俺が肉親以上にお世話になっている人でもある。


 ホーキンス先生は神獣の生態や地質学に関する専門家であり、《狩人》を総括する中央王家からの信頼も厚い。今回の鉱脈調査の依頼も、中央からの直接の依頼だった。とはいえ、依頼の内容は不本意なものだったらしい。


「中央商家、とくにウィグリッドの連中は銭を回すことばかりを考えとる! 神気が枯渇すればこの人間社会そのものが破滅するというのに…長期的な研究プランには財布の紐を締めやがって…」


 そう言う先生の目には、悔し涙がにじんでいる。自分の専門分野とかけ離れた使いっ走りのような業務を押し付けられることに、何か思うことがあるのだろう。気持ちは分からないでもないけれど、毎度その愚痴を聞く身にもなってほしい。


 そうして何十回と相手をした酔っ払いの講釈だ。イヤでもその法則性が見えてきた。どうやらこの泥酔には段階がある。

 第一段階は現状に対する愚痴。


「今こそ! 歴史の解明が必要なのだ…原初神話の謎に迫ることこそ、この世界を救うことに…」


 第二段階になると、物事の起源を語りだす。今回は神話にまで遡るようで、長くなる予感がする。


 かつて神、獣、人は等しい存在であり、天ツ國でともに暮らしていた。

 やがて世界が《災厄》によって地ノ國と天ツ國に分かたれると神、獣、人は本来の姿に分かたれた。

 そして、禁じられた神の宝に触れた人が、神の怒りを買う。

 人は地ノ國に堕とされ、天ツ國に近づけないように神は人の身体のみを蝕む瘴気を放った。

 神の従僕であり、人の友である獣たちは、天ツ國から地ノ國へ遣わされ、一部の人はその身体から神気を得て、瘴気に耐えられる身となった。

 獣はやがて神と同一視され、神獣と呼ばれるようになったという。


 要約するとそんな意味のことを、酔っぱらって途切れ途切れになりながらも先生は語り始めた。子どもでも知っている、いわゆる《原初神話》というものだ。


「この“神話”、注目すべき点はどこだ?」


 真剣な目をして、先生が俺に問う。こう問われたら、少し間をおいて、もったいぶるようにこう答えることになっている。


「天ツ國の存在、です」

「そうだ、その通り!」


 ですよね。なにせ、この問答をするのもこれで十数回目だもの。


「注目すべきは、瘴気に侵されたこの世界の外側に、まだ見ぬ世界が広がっている可能性だ。いいかメル坊、神話には必ずモデルになった出来事や、なんらかの意図がある。そのルーツを知ることこそ、神獣や神授ギフト、そしてこの世界の謎を解くことにつながるのだ」


 我が意を得たり、といった様子で先生は講義を続ける。

 講義はそのまま《狩人》に伝わる伝承やギルドの成り立ち、神獣の生態にまで及んでいく。


 しかし講義が三十分以上も続くと、やがて先生の目が輝きを失い、焦点が合わなくなってくる。ああ、こりゃそろそろだな。

 第三段階だ。


「ときにメル坊よぉ。お前さん、浮いた話のひとつもねえのかぁ? あぁ?」


 第三段階、下世話な話をしだす。


「お前が十一才でこのギルドに転がり込んでから八年だから…もう今は十九才だろう? 俺がその年のころはもう前の嫁さんとなぁ…」


 まずい。先生は別れた奥さんの話になると、高確率で泣き上戸になって話が長くなる。ここは話を逸らすことにしよう。


「いやぁ、そもそも《狩人》やってると出会いがなくてですねぇ…」

「何をいう。出会いなんてもんは…探すものじゃなくてだな、すでにあるものを見つけるものだ。ホラ、身近なところでユーリなんてどうだ。少々愛想は悪いし口も汚いが、何せツラがいい。年齢もそこまで離れては…まあ、女はあれくらいの年齢からが華ってもんだ!」

「いやぁ、はは…」


 やばいやばい、ユーリさんがこっち見てる。


「オッパイもでっけぇしな! ガハハッ」


 その辺にしとこうかオッサン? さっきからユーリさんがゴミを見る目でコッチを見てるから! というかその視線が俺に向いているの、ちょっと理不尽じゃないかなぁ!?


「ハハハ、ハ………ウッ」


 小さなうめき声を上げたかと思うと、先生はその場で一点を見つめた状態で動かなくなった。

 そしてそのまま、全身の力が抜けて倒れ込み、正面の机にその顔面を叩きつけた。倒れる瞬間、俺の手によって拾い上げられた皿は、辛うじて無事だ。


「グガァ、グガァ……」


 先生の大きないびきが周囲に響く。これもいつものこと。

 最終段階は、卒倒だ。

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