神を狩る。

アキナカ

第一章:一人の狩人

一人の狩人①

「うぐぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「ギュルァァァァ!」


 森には、逃げ惑う中年男性の野太い悲鳴と、神獣の群れの咆哮が合わさるように響き渡っていた。


 男性のふところには、今回の調査の収穫である鉱石がギッシリと詰まった袋が抱えられている。男性を追う神獣は、縄張りを荒らされたからか怒り心頭の様子だ。


「メル坊ぉぉぉぉ! 助けろぉぉぉぉ!」


 悲鳴が俺を呼ぶ声に変わったということは、そろそろ頃合いか。それじゃあまあ、ひと働きしますかね。


「へぇへぇ、わっかりましたよっと」


 ひとあくびしたあと、樹上で寝転がった状態から起き上がって、手に持った鏑矢を弓に番える。矢を天に向けて放つと、ヒュルルという音が周囲に響く。音に反応して、男を追っている神獣の足元、進路上に鉄線を張り巡らせた罠が作動する。


「グルッ、ガ!」


 鉄線は、先に付いた鉄の塊が重りとなって、獲物の脚に当たると交差するように脚にまとわりつく。ほとんどの獲物は重りによって倒れこみ動かなくなったが、一頭のみ、罠にかかって重りをひきずりながらもかまわず突進していくものがいる。

 あれは、直接仕留めないとダメだな。


「やれやれ、まあ想定内ですかね」


 獲物の動きを見た俺は、弓を背中に背負い、樹上を飛び移って獲物と並走する。そして獲物を追い越したタイミングで地上に降りて、その姿を正面から見据えた。


「グルゥアアアア」


 神獣は、俺の姿を確認すると、大きく吸い込んだ息を、そのまま吐き出した。すると息は、鋭い風の刃へと変質する。この神獣の神綬ギフトだろう。ここまでは事前の偵察からズレはない。


 複数の風の刃は、しばらく滞空したあと、弧を描くような軌道でこちらに襲い来る。しかし、刃は俺には届かず、目前でふっと消え去った。何も問題はない。ここが射程距離だというのも、すでに調べてある。


 構わず矢を番え、獲物に向かって放つ。獲物は矢を風の刃で粉みじんにするが…もう遅い、本命は別だ。


 上空から落ちたもう一つの矢が、獲物の脳天に突き刺さる。同時に、凄まじいまでの断末魔が周囲に響き渡った。そして獲物の頭部の蒼い角が、ひときわ輝き始めた。


 神獣の死に際の最後の生命の輝き。神気が角に満ちている証だ。


 この神気に満ちた蒼い角こそ、《狩人》の狩りの目的であり、世に満ちる瘴気に対応するための宝物だ。しかしこの角は、この世に存在するあらゆる物質より堅く、決して折れず砕けない。ただひとつ、例外を除いては。


「ふぅ……」


 獲物を見据え、一呼吸して腰から下げた武具に手をかける。

 煌びやかな鞘に収まったこの武具は、《狩人の宝刀》と呼ばれる一振りの片刃の太刀。C級、つまりは一人前と認められた《狩人》のみが帯刀を許される、特別な狩猟武器だ。


 自身の身体の奥底を巡り流れる神気を、呼吸によって身体全体に流し、宝刀に回す。すると神獣の角と同様の蒼い光が宝刀の鞘から漏れ出した。


 そうして宝刀に流れ込む神気を感じた瞬間、鞘から抜刀する。抜かれた宝刀は一筋の蒼い光となり、そのまま神獣の角を両断した。

「グァ」とわずかなうめき声を上げながら、神獣がその場に倒れ込む。それを見て、俺は宝刀を鞘に納めながら片手で祈りの所作をとった。


 これにて、今回の狩りは無事終了だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る